第21話 ユウ、ひいひい言わされる

駅前で待ち合わせたユウとリンは、さっそく自転車をばらし始める。手順は練習していたのでスムーズだったが、周りの人がみんなユウとリンを見ながら通り過ぎるのが恥ずかしい。自転車を輪行袋に収納して、ショルダーベルトで担いで、ホームに向かう。


大きな袋を持った2人を、やはり周りの人は気になるようで見ている。自転車が入った輪行袋は、けっこう重かった。ユウの柔らかい肩にベルトが食い込む。リンは平然と担いで、すたすたと歩いている。電車の先頭車両に乗るべく、ホームの端まで移動する。着いた時点で、ユウはもうくたくただった。肩で息をしている。


リンが自動販売機で、ユウの分も飲み物を買ってきてくれた。電車が来たので、再び輪行袋を担いで乗り込む。車両の運転席と客室を仕切る壁に、輪行袋を立てかけて倒れないように、手すりにショルダーベルトをくくりつけた。


2人は近くの空いている席に並んで座る。買ってきたお茶を飲みながら、第一の関門を越えて、ほっとするとユウはそのまま寝てしまった。



「ユウちゃん、起きて。」


リンに肩を揺すられて、ユウは目が覚めた。ユウはリンの肩にもたれて、ずっと寝ていたらしい。謝るユウにリンは、


「ユウちゃんの寝顔、とても可愛かった。」


満足気に言うのだった。


ユウが目覚めてから、五分ほどで目的地の正丸しょうまる駅に着いた。自転車を組み立てて、乗り出す。鉄道と並行して通っている国道299号線に出て、秩父ちちぶ方面に向かうと、しばらくして正丸しょうまるトンネルが見えた。


「リン先輩、お猿さん。」


ユウが大声を出した。トンネルの上にニホンザルが2匹いる。リンが慌てて写真を撮ろうとしたが、逃げられてしまった。


トンネルの右側に、正丸しょうまる峠への旧道があった。ユウとリンは、ゆっくりと登り出す。ユウ達のシングルスピードは軽いギア比のため、登れないことはないが、結構きつい。それでも、この辺りの峠では、ゆるやかな方なのでロードバイクでトレーニングをしている人は、あまり来ないそうだ。


ゆっくり走る2人を時折自動車が追い抜いて行く。リンは力強く登って行くが、ユウは、ぜいぜい言いながらなんとかリンについて行く。1時間ほど走っただろうか、ユウがもう限界と思った頃に、峠の茶屋らしき建物が見えた。最後の力を振り絞って、坂を登る。


峠の茶屋に着いて、汗まみれになったユウはめったに飲まないポカリスエットのペットボトルを買って、一気に飲み干す。リンは笑いながら、


「ゴメンね。こんなにきついと思わなかった。頑張ったね。」と言った。そして


「ほら!」指さした。


リンの指した方向は、都心の方の景色。所沢ところざわ、池袋、新宿のビルが見える。


ユウは、感激で声が出ない。やっとの事で


「すごい。」とだけ言った。そして、ここまで自分の力で登って来たんだと思った。







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