第5話 ユウ、因縁をつけられる

ユウは、恐る恐る振り返った。この大学に入学してから、いきなり声をかけられたことは一度もない。


ユウの後ろに立っている女性は、見覚えのない人だった。身長はユウと同じくらい、細面で黒髪のショートヘア、膝下までの長さのジーンズ、スウェットのパーカー、スリムだが身体は筋肉質なのが、服の上からでも分かる。


切れ長の目がユウを睨んでいる。


ユウは、震え上がった。


「ああああのその、私にななな何かご用でしょうか?」


ユウの怯えている様子を見て、女性は慌てて言った。


「ち、違うの、驚かせて、ごめんなさい。あなたの自転車、私のと同じねって。」


女性の右脇には、黒い自転車があった。パーツもほとんど黒で、メーカーのステッカーやヘッドバッジは剥がされている。同じ自転車と言われても、よくわからない。


「あなたは、新入生?」


ユウは、こくこくとうなづく。


「私は2年生よ。その自転車は最近から?」


「まだ2日目です。」ユウは答えた。


「そう、女子大でスチームローラーに乗っている人に会えるとは思わなかった。よかったら今度お話ししましょう。呼び止めて、ごめんなさい。」


女性は、にっこりと笑って自分の自転車にまたがり、ユウを追い越して行った。


ユウは脱力して、しばらくそのまま立ち竦んだ。






その後は何事もなく、ユウがスチームローラーに乗り始めてから、1週間がたった。


そうすると、いくつか気になるところが出てきた。


教科書が入ったリュックは重くて、肩にくい込み、背中が蒸れる。


ペダルは平地でも少々重く、大学に行く途中の坂道が登れず、押して歩いている。


購入の時にはそれ程気にならなかった前傾姿勢が、いざ道路を走るときつく感じる。前を見るのに、顔を上げなければいけないので、首が痛い。


スチームローラーを買った店に相談すれば、いくばくかのお金で解決する問題だとは思ったが、スチームローラーを買ったばかりで、少々懐が寂しい。



そういえば、あの先輩は同じような悩みはないのだろうか?


先輩と直接話すのは、ちょっと怖いが、先輩の自転車を見れば、何かヒントがあるかも知れない。


大学の帰り際、駐輪場で先輩の黒い自転車を探す。


先輩の自転車は、駐輪場の一番奥の柱に立てかけてあった。観察するが、違いがよくわからない。かろうじて、ハンドルがユウのドロップハンドルとは違い、クロスバイクなどに良く使われているフラットハンドルであることと、後ろにラック(荷台)がついているということは、わかった。荷物はラックの上に載せるか、吊るせば、リュックを背負わずに済みそうだ。


先輩の自転車の前で、悩んでいると、また後ろから声がかかった。


「私のマシンに何か用かしら?」




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