第3話 ユウ、乗ってみる

「では、すぐ取り掛かります。30分くらい待ってもらえますか?」


「銀行でお金下ろしてきますね。」ユウは一旦店を出た。スマホで時刻を確認すると、夕飯までに間に合いそうにない。自宅に電話をかけた。


「お母さん? 自転車を買いました。乗って帰るけど、もう少し時間がかかります。」


「了解、気をつけてね。」


店に戻ると、カウンターの上に、チェーンロックと猫のロゴが入ったライト、赤いリフレクター、小さなオイルのプラスチックボトル、タイヤに空気を入れるフロアポンプ、防犯登録のシールが置いてあった。


会計が済んで、2人で自転車の前に立つ。


自転車屋の青年は、まずユウを自転車に跨がらせた。サドルはさっきより少し下げられている。爪先立ちではあるが、指の付け根まで地面に届くので、安定感がある。


「最初なので、足つきを優先しましょう。慣れたら、もう少しサドルが高い方が乗りやすいと思います。」


次にフロアポンプを持って来る。


「この自転車のチューブは、フレンチバルブといってシティサイクルとは違うものです。まずキャップを外してバルブのネジを緩めます。緩めたら、バルブをタイヤに向かって押します。スムーズに動くのを確認したら、ポンプヘッドを差してレバーで固定します。そうしたらポンプのハンドルを押して、空気を入れます。この自転車のタイヤはけっこう太いので、空気圧は3〜5barくらいがいいでしょう。

ポンプのメーターを見て、好みの空気圧に調整してください。」


実演しながら、説明してくれた。


オイルのボトルを開けて、チェーンとブレーキのピボット、ブレーキレバーのピボットに注油する。


「普段は、この箇所に注油するだけで充分です。動きが悪くなったり、音が出るようになったら注油してください。」


ユウは少し疲れてきた。


防犯登録の黄色いシールが、フレームのあまり目立たない所に貼られ、ライトがハンドルに、リフレクターがフレームのシートステーに取り付けられる。


「ライトは盗まれやすいので、駐輪する時は外した方がいいです。」


最後にチェーンロックを手に取る。


「チェーンロックはどちらかの車輪とフレームを通して、ガードレールなどの固定物につないでください。軽いので、つないでおかないとすぐ盗まれちゃいます。」


自転車を店の外に出して、ようやく帰れるかと思ったが、説明はまだ続く。


「漕ぎ出す時は、まずトップチューブの所に跨がって、右足をペダルに載せます。そうしたらペダルの上に立ち上がって、左足もペダルに載せます。体重を利用してペダルを回すようにします。止まる時は、サドルからトップチューブの方に降りるようにした方が安全です。」


店の前で何回か発進・停止を練習させられ、その後、ブレーキレバーの握り方など説明を受けて、納車となった。すっかり暗くなって、ユウは、もうくたくたである。


チェーンロックとフロアポンプ、オイルは袋に入れて、背中に背負えるようにヒモをつけてくれた。


自転車屋の青年に見送られて、ユウと自転車は、夜の湖を進むヨットのように街に滑り出していった。









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