第2話 ユウ、跨ってみる

青年は説明を続ける。


「シングルスピードとは、変速のないスポーツサイクルです。」


「変速がないと、坂道とか辛くないですか?」


ユウはびっくりして尋ねた。壊れてしまったシテイサイクルにも、3段の変速がついていた。


「車体が軽いので、変速なしのシティサイクルよりずっと楽です。ダイレクトな乗り味とシンプルなスタイルが魅力なんです。変速がないので、調整や故障が少なくて済むのも長所です。」


最初は何気なく尋ねただけだったが、説明を聞いてユウはますます興味がわいてきた。


「私でも乗れますか?」


「あの自転車でしたら、 多分大丈夫だと思います。ちょっと、またがってみますか?」


青年は奥からアイボリーの自転車を引っ張り出してきて、ユウの前に置いた。


ユウは、スカートがめくれてパンツが見えないように気をつけながら、自転車にまたがってみた。


自転車のトップチューブの所に立つと、足がついて股間に少し隙間がある。サドルに乗ってみると、つま先立ちになるが、自転車屋の青年が足を乗せる台を持ってきてくれた。


「股下は問題ないですね、ハンドルを持ってみてください。」


ユウは、ドロップハンドルについているブレーキレバーを握ってみる。かなり前傾姿勢になるが辛いという程でもない。体を起こして、ユウは聞いた。


「これって、おいくらですか?」


意外なことに、自転車屋の青年はちょっと困った顔をした。


「実は、この自転車はキャンセルされてしまって、しばらく置いてあったものなんです。キャンセル料はいただいているので、その分はお安くしようかとは思うのですが。」


青年はカウンターの所にあるノートパソコンを操作しながら、ユウに尋ねる。


「スポーツサイクルに乗られるのは、初めてですよね?」


「はい」


「税込み8万円でどうでしょう、鍵や空気入れとか最初に必要なものもおつけします。」


ユウは、ちょっと考え込んだ。母からもらったのは、3万円だから、残りの5万円は自分の持ち出しになる。お年玉や大学入学のお祝いがまだ残っているから、買えないことはない。


ユウは、これまであまり欲しいものがない少女だった。家で本を読んで過ごすことが多く、休日に出かけることもあまりなかった。服や靴も両親と出かけた時に選んでもらっていた。


でも、この自転車は欲しい。久しぶりにそんな気がした。


いろんな考えがぐるぐる頭の中を回ったが、通学に自転車は必要である。それが、この自転車でもいいじゃないか。心は決まった。


自転車から降りて、ユウは言った。


「この自転車をください。今日乗って帰れますか?」

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