シングルスピード

沙魚人

第1話 ユウ

ユウは、大学からの帰り道、自転車を漕いでいた。


おっとりした感じの顔つきに、少しぽっちゃり目の体つき。肩まで伸びた茶色い天然パーマの髪が揺れている。頬は、カスタードクリームの入ったお菓子のように柔らかそうだった。


その時、いきなりガツンと衝撃が来て、ユウは「きゃあっ」と声をあげた。自転車を止めて道路を見ると、5センチくらい陥没していて、前輪がそこに落ちてしまっている。


あわてて自転車を持ち上げて、乗ろうとしたが車体のパイプが折れてしまっている。中学生の頃から乗っていたシティサイクルだった。


「ああ~」ユウは、もう一度声をあげた。





「ただいま~」幸い自宅から、そう遠くない場所だったので15分ほど自転車を押しながら歩いて戻った。飼い猫がお迎えにやってくる。


「キラにゃーん、ただいま~。」ユウは、猫を抱き上げて、そのままリビングに向かう。リビングのソファーで、母がテレビを見ながら、雑誌を読んでいたが、ユウの方を振り返って言った。


「お帰り、ユウちゃん。」


「お母さん、自転車こわれちゃった。」


「あら、じゃあ自転車屋さんに修理に出さないと。」


「ちがうよ、パイプが折れたの。」意味がよくわからなかったらしく、母は玄関から出て、自転車を確認して戻ってきた。


「これは、買い替えね。でも、もう通学は電車にしたら?」


「大学まで、電車にバスだと遠回りでよけいに時間がかかるし、お金もかかる。」ユウは言ったが、実のところ、ユウは電車やバスに乗るのが、好きではなかった。


「夕飯まで、まだ時間があるから、ちょっとお店見てくる。」ユウは、猫を下ろした。


「お釣りは返してね。」母は財布から3万円を出して、ユウに渡してくれた。


ユウは徒歩10分ほどの電車の駅まで来て、スマホで調べた駅周辺の自転車屋を何軒か、回り始めた。もらった3万円は、安いシティサイクルの予算としては充分だが、お釣りを返さなければいけないのなら、なるべく高いのを買いたい。そんなことを考えていると、次の自転車屋が見えた。


その自転車屋は小さい店構えで、店先に商品の自転車を並べていなかった。とりあえず入ってみると、店員らしき青年が1人でスポーツサイクルの整備をしている。


「いらっしゃいませ。」

「こんにちは。」


その青年はユウを見て言った。


「すみません、うちはスポーツサイクル専門でシティサイクルは取り扱ってないんですよ。」


ユウがスポーツサイクルに乗るようには、見えなかったのだろう。


「あ、そうなんですか?」


別に気を悪くするわけでもなく、ユウは答えた。


狭い店内には、ロードバイクといわれるスポーツサイクルが何台も置かれていたが、商品ではなく修理や整備で預かっている物のようだった。


そのとき、ふと一番奥の自転車に目がとまった。色はアイボリーで細いスチールフレームの、ほかのロードバイクとはちょっと違う、シンプルで少しクラシックな雰囲気の自転車。その自転車は新品で、主を待って店の角に佇んでいるように見えた。


「すみません、奥のアイボリーの自転車なんですけど。」


店の青年はちょっとびっくりしたようだったが、丁寧に答えてくれた。


「あれは、サーリーのスチームローラーというシングルスピードの自転車です。」

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