(27) 主役としての取材

 

 この日は取材が入った。有馬記念に向けてという企画で、ファン投票上位の馬の関係者へのものだった。これは競馬雑誌の取材で付け焼刃の雑誌企画でないことから、岡平師が受託したのだ。

 

 暮れの大一番有馬記念は、ファン投票で出走馬が決められる。もちろん全馬が投票で、というわけではなく、上位10頭だが、しかしファンの意思で出走馬が決められるということにはちがいない。これは数ある中央競馬のレースの中で6月の宝塚記念と有馬記念だけだ。

 

 この投票は毎年11月中頃に始まり、2回の中間発表を経て、12月2週目に最終結果が発表される。ジャパンカップが行われたちょっと前、第1回の中間発表があった。

 

1位 タイムシーフ 牡3  100,875

2位 ワイドレナ  牡3   65,493

3位 フレア    牝3   63,229

4位 トーユーリリー牝3   51,010

5位 エターナルラン牡3   48,728

6位 リュウスター 牡3   43,201

7位 チャプターテン牝3   42,066

8位 トレミー   牡4   41,009

9位 ロモノソフ  牡4   38,848

10位シルバーソード牡3   37,444

 

 異常な年だった。ずらりと3歳馬が並んでいる。そしてまた第1回目の中間発表で10万票を超えた馬が出たのだが、それも3歳馬とくる。

 

 こういう状況では、もはやタイムシーフを抜きに有馬特集など考えられなかった。とにかく有馬までは、タイムシーフを中心に競馬サークルが動くことになる。

 

 弥生はしかし、どうにも騒がれることが気恥ずかしかった。元々の性格もあるが、この騒ぎに成績が追いついていない。同じく取材を受けるフレアの南條がリーディング7位、イアンが2位、マルクが1位。それに比べて弥生は37位。話題先行と言われても仕方のない成績だ。なにしろ短期免許で秋競馬から乗ったアルフォンソにすら抜かれている始末。もうちょっと話題の人として胸を張れる成績でいたかった。

 

 取材陣は、しかしネタが多いのでポンポン質問してくる。競馬雑誌だけに、通り一遍でない内容のものだ。

 

「タイムシーフは成績以上にあの脚質も人気を集めていると思いますが、やはり有馬も最後方から?」

 

 弥生は困る。あまりにおとなしい、優等生的な回答はするなと、岡平師からもフォックストロットからも言われている。おとうさんだって、そう思っていることだろう。しかし受けを狙って派手な答をしちゃっていいものかどうか。

 

 悩んだ末に、

 

「レースは生き物ですから、その場にならにとなんとも言えません」

 

 と、優等生の答をした。やはり、こう答えるよりない。

 

 しかし取材陣は予期していたみたいで、

 

「そうですよね。相手はあのフレアですからね。状況によっては2番手もあり得ますでしょうか?」

 

 と、聞いてくる。まともに返答すれば、フレアだけがライバルだと捉えられかねない。

 

「相手は、出走する全馬なので、その動きによって位置取りを決めていくと思います」

 

 と、フレアだけを考えているわけではないんだぞと予防線を張る。結局そうなると、しぜん、優等生的な発言へと流れていってしまう。

 

「シトリンエクレールもファン投票15位ですね」

 

 と、毛色の変わった質問もくる。これは答えやすい。

 

「彼女の良さが出れば、実力馬が揃う大舞台でもチャンスはあると思います」

 

 有馬には向かわないと馬主サイドから知らされていたが、それは伏せておく。なにしろ情報の元が杭山さんではなくフォックストロットなのだ。

 

「師匠の岡平先生は有馬を3勝していますよね。なにかアドバイスは?」

 

「いえ、特には。いつも、アドバイスをしない先生ですので」

 

「おとうさんの御崎矢紘さんは2勝していますね。それについては?」

 

 その不意の言葉に、弥生は目が潤む。そのおとうさんと走るのだ。そしてそれが、最後のレースなのだ。

 

「一つでも追いつこうという気持ちなのでしょうか?」

 

 黙ってしまった弥生に、記者が質問をかぶせる。

 

 しっかり答えないと、と弥生は目と頬に力を入れて涙腺を抑える。泣いてなんかいられない。

 

「一緒に走る、というような気持ちです」

 

 弥生ははっきりした口調で答えた。ちょっと抽象的な回答に、記者は困ったような表情になった。

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