12月 (有馬記念)
(1) ステイヤーズ・ステークスの週
本来なら12月の1週目はチャンピオンズカップが、競馬界の話題の中止となる。GⅠだし、一応ダート版のジャパンカップという位置付けなのだから。
チャンピオンズカップの前身はジャパンカップダートというレース名で、東京競馬場で行われていた。それが、現在は中京での施行。中京はローカル開催の競馬場なので、なんとなくGⅠレースの中でも、格下という感じが漂ってしまう。秋競馬はGⅠレースが並ぶ中で、秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念を山として盛り上がりを見せるが、ジャパンカップ翌週の中京開催では、暮れのダート王決定戦とはいえ、ちょっと中休みのGⅠレース、といった体になる。
距離も1800メートルと、なんとなく中途半端。芝、ダート合わせ、1800メートルのGⅠレースは中央競馬でこれだけだ。
それに、元々芝のGⅠより下に見られがちなのだ。実際ダート重賞はGⅠレースも含めて、芝で勝ちきれない、あるいは衰えを見せたオープン馬が出走してくる。それでそこそこ人気を集めたり、上位入線したりする。天下り先のような位置づけなのだ。メディアの記載でも、芝からダートへは『路線変更』と書かれ、ダートから芝へは『挑戦』と書かれる。
また今年は、土曜のGⅡ戦に話題の馬が異例の参戦をしてきた。そして単なる参戦というだけに収まらず、3冠馬への挑戦者決定戦という意味合いも含まれた。大注目の一戦となってしまったのだ。
これに面白くないのは、チャンピオンズカップの1番人気が間違いないプルートーに騎乗する雉川だ。自分の馬に注目が集まっていいはずなのに、まるで話題になっていない。周囲に愚痴った。
「まぁ雉さん、しょうがないって。中央競馬はどうしても芝が中心だから」
同じ地方競馬出身ジョッキーの坂利昭がなぐさめる。それにしても珍しいもんだなと、坂は思う。どちらかというと雉川はメディアの注目など気にしない男なのだ。つまりはそれほどプルートーに、別格な能力を感じているのだろう。
もっとも坂としては、なぐさめるどころか愚痴を返したいくらいだ。アルフォンソが降りたシルバータスクに、雉川が乗るのだ。タスクは神戸新聞杯まで坂が乗っていたのだ。
12月の初日、フレアが単走で追われた。
ダートコースを、ポンポンと跳ねるように走る。馬也りで好タイムを出したが、スピード感があるようには感じられない。走りが滑らかすぎて、そう思わせないのだ。
取材陣に囲まれた松川はいつものように口数少なく答える。
「好調をキープしているように見えましたが……」
「そうですね。夏から、調子落ちの気配はありません」
松川は派手な言動と無縁の男だった。しかし、それは口がまわらないわけではなく、抑えているだけにすぎない。
今回くらいはちょっと扇動的な言葉でも吐いてみたらと、馬主の石本が言った。その場では、いやいやと断ったが、馬主さんがそう言っているのであれば、と気持ちが変わった。こんな名馬に巡りあえることなど滅多にないのだから、この状況を楽しまなければもったいない。
「おそらく1番人気を背負いますが、では期待に応えられる走りができると?」
取材記者が聞く。そこで松川は、
「期待以上の走りが見せられると思います」
と、表情を変えずに言った。
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