(20) ジャパンカップ、向こう正面
東京2400メートルに、逃げ残りのイメージはない。実際、過去のジャパンカップにおいても、逃げて勝った馬はいない。
だから、逃げ脚質のいない今回は、だれもが抑える展開となった。とりあえずハナに立ったのは外国馬のプロチェ。ハナを奪ったというのではなく、押し出されたという感じだ。他に行くやつはいないのかと、ジョッキーが2度ほどうしろを見る。
スタンド前のスタートで、歓声がすごい。マルクと並んでいる馬がそれを気にして首を振っている。その仕草が気になり、マルクはグッと手綱を引いて下がった。そこで並んだのがエターナルラン。マルクはその横顔が視線に入り、がんばってほしいと願った。もちろん自分の着順を越さない程度に。
イアンが、2番手に固まる外国勢3頭のすぐうしろに付ける。ペースが遅いと見越してのものだ。もっともリュウスターは、元々先行脚質だ。
そのイアンにぴったり付くのがキヨマサの一馬。東京2400メートルでのスローペースでは好ポジションだ。一馬はてっきりマルクもこの位置にいると予想していた。それが、どうも最後方近くまで下げてしまっている。この流れでは信じられないことだ。後方待機が吉と出るか凶と出るか分からないが、と一馬は思う。
―― いずれにしても、自分が思っていたことのウラを、いつもかかれる。
と、それだけは思った。あるときはセオリーどおり、あるときはセオリー無視と、彼が目標とする天才ジョッキーはとにかく動きがつかめない。そしてまた、結果を出しているのだ。
アルフォンソは中団8番手ほど。南條に並んでいた。先頭との距離は大体10馬身。
モニター観戦している弥生は、しぜんと身体に力が入っていた。
通常なら、自分の出ていないレースでは一馬に勝ってもらいたいと願うところだ。もちろん今回だって一馬が勝つことを願っていた。しかしタイムシーフから、マルクとアルフォンソの確執を聞かされていたことで、いつもとはちょっとちがった思いがあった。
―― マルク、負けないで!
その思いが強かった。マルクは自分が目標とするスタープレイヤー。しかもその確執の内容が、マルクに感情移入してしまうものだった。もっと言うと、今年の弥生はマルクに痛い目にあわされていない。むしろマルクの方が、弥生にいいようにやられていると感じているほどだ。だから素直に応援できた。
プロチェ先頭で向こう正面へ。ペースは一向に上がらない。ダンゴ状態。
馬群が固まれば、ジョッキー間のやり合いが激しくなる。もちろん手足を振り回したり馬をぶつけたりというわけではない。しかし、プロ同士の微妙な牽制と邪魔のし合いが繰り広げられている。
マルクはモンダッタの2馬身後方。ダンゴ状態だけに、その間に何頭も馬がいる。現時点、アルフォンソが直接マルクになにかすることは不可能だ。
とにかく、向こう正面ではアルフォンソとやりあいたくはない。馬群での水面下の動きに関しては世界一だ。どの国のジョッキーもかなわない。マルクは相手のその実力を冷静に評価していた。
馬群に包まれることを嫌い、イアンがスッと出る。それに一馬が付いていく。プロチェが上がってくる2頭に競り合うことなく、なんと下げてしまった。
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