(19) ジャパンカップ、スタート

 

 そして時計は進み、この日の最終レース、ジャパンカップを迎えた。

 

 中央競馬の大レースの中で、ジャパンカップほどレース環境が変わってきたレースもない。創設以来、コロコロと環境が変わってきた。ダービーや天皇賞、有馬記念などにはないことだ。その意味では、ジャパンカップというものは中央競馬のレースの中で異色といえる。

 

 現在ジャパンカップは最終レースに組まれている。最終レースに組まれるようになったのは2012年、第32回からだ。他のGⅠレースで最終レースに組まれているものはない。どのGⅠも必ず、そのあとに最終レースが組まれている。最終レースとなっているGⅠはジャパンカップだけなのだ。

 

 雰囲気としては、1年の総決算とよく言われる暮の有馬記念など最終レースに組まれるに相応しいかと思うが、しかし有馬は昔から現在まで、条件戦の最終レースが組まれている。しかも現在では12月28日に競馬が行われているので、有馬がその年の最終日ではなくなってしまった。

 

 ジャパンカップの日に、その一つ前の準メインもGⅠレースにしてしまったことがあるし、前日の土曜にGⅠレースを組んだこともある。とにかく、国際レースとして特別な感じを出すように試行錯誤を繰り返したのだろう。

 

 この年のジャパンカップは海外から多数の参加があり、また目玉となる実績馬が含まれているため、話題の1戦となった。人気は、その目玉の外国馬モンダッタが1番人気となった。ジョッキーはアルフォンソ。続く2番人気はイアン騎乗のリュウスター。3番人気はワイドレナ。ジョッキーは南條。4番人気に外国馬のミュージカルボックス。そして5番人気にマルク騎乗のトーユーリリーと一馬騎乗のキヨマサが並んでいた。有力馬が揃っていたので、1番人気の単勝オッズは3倍と、抜けた人気にはならなかった。

 

 西日の降り注ぐ東京競馬場の芝コースに、出走各馬が輪乗りを行っている。マルクはいつものように、儀式に入る。じっと心を研ぎ澄まし、個々のジョッキーの頭の中を読むのだ。

 

 しかし、今日はそれがうまくできなかった。私怨が大きすぎて、気持ちが鎮まらなかったからだ。

 

 とにかく、アルフォンソだった。アルフォンソにだけは負けたくない。その気持ちが強すぎるのだ。他のジョッキーの心を読もうと目を向けても、アルフォンソがそばを通ると気持ちが乱れた。

 

 ―― 日本は自分の第2の故郷だ。ここでは、なにがなんでも負けたくない!

 

 凱旋門賞で負けてもよかった。ドバイで負けてもよかった。とにかくここでだけは負けたくなかった。

 

 ファンファーレが鳴った。もう儀式なんて関係なかった。今の自分に全方位すべてに感覚を研ぎ澄ますことなど無理だと、彼一流の感覚で分かった。そして、無理なら諦めようと、これもまた一流の感覚で思った。ヘタに固執しないのだ。

 

 ―― そう、全部に意識を向けるのが無理なら、自分が今こだわっているものだけに集中する方がいい。その方が、結果が付いてくる。アルフォンソだ。アルフォンソだけに意識を向けよう。イアンに負けたって慶に負けたって構うものか!

 

 この、瞬時に自分の感覚を信じてスパッとわりきってしまう性格が、マルクの武器でもあった。彼は他の馬とジョッキーへの意識を消した。

 

 各馬がゲートに入り、スタートが切られた。マルクは自分の4頭外側でゲートを出た1番人気の外国馬に、目と意識を向けた。

 

 ―― 行くか!? 抑えるか!?

 

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