(21) 3コーナーからレースが動く
逃げていたプロチェが抵抗することなくあっさり下げた。もう手応えがなかったのだ。9月のドイツGⅠ、バーデン大賞を5馬身差で圧勝したプロチェだが、しかしそこをピークに持っていったために余力がなかった。凱旋門賞を回避したのもそのためだ。
調教師のロバート氏は35年前にジョッキーとしてジャパンカップを勝っている。当時は日本馬が入着(5着内)することすらむずかしく、外国馬と歴然の差があった。その記憶を持つロバート氏だったので、バーデン大賞優勝馬は優先出走権があることと合わせて今回の出走を決めたのだが、日本馬のレベルはその当時から格段に上がり、本調子でない外国GⅠ馬はまるで歯が立たなかった。
外国勢で2番目に人気のある馬が一気に沈んだことで、レースがあわただしく動いた。イアンのリュウスターと一馬のキヨマサが3コーナーに差し掛かる辺りでハナ争いを演じる。それに加わろうと、1番人気アルフォンソのモンダッタが極端に外に出して上がっていく。それにつられて各馬もペースを上げる。
キヨマサ騎乗の一馬は不利な立場に追いやられたと歯噛みして追っていた。ペースが一気に上がりすぎた。ここは抑えたい。しかし今抑えれば馬群に飲み込まれて捌けなくなる。馬の闘争心も消えてしまう。ここから追い出してしまってはゴールまでもたないのは承知なのだが、しかし行くしかない。
ほとんど鼻面を合わせて、リュウスターとキヨマサが3コーナーから4コーナーへと進む。コーナーなので、外側のキヨマサが不利だ。長い距離を追わなければならない。
すでに付いていけない外国馬が馬群からはじかれている。外国馬で勝ち負けの圏内はモンダッタのみ。現在4番手。前では残りづらく後方では届きにくいレース展開。絶好のポジションと言えた。
リュウスターとキヨマサが並んだまま直線へ。ワイドレナ、モンダッタ、エターナルランと続く。
各ジョッキーそれぞれに思いがちがう。リュウスターのイアンにとっては、並ぶキヨマサ以上にワイドレナが気にかかる。捨てた馬に負けるほど悔しいものはない。自身の乗った秋の天皇賞での彼女の末脚が否が応でも思い出される。耐えろ、交わされるなよ、リュウ! と馬の首に念じる。
キヨマサに乗る一馬も念じていた。二の足だ、二の足だと。アルゼンチン共和国杯のあの直線で突き放した二の足を再現してくれ! 馬の首に念じながら追っていた。
ワイドレナに並びかけるモンダッタのアルフォンソも念じていた。馬場に苦しむなよ、と。
モンダッタが本当に日本の馬場に合っているかは、この最後の直線を全速力で走ってみないと分からないことだ。それまでは、誰にも分からない。一応見当をつけることくらいはできるが、真にGⅠレースを勝てるほどに適性があるかまでは、分からないのだ。
―― 伸びては、いる。
アルフォンソは思う。しかし、跳ねるように、とまではいかない。この伸びなら、前の3頭は交わせるだろう。しかし、なにか爆発的な脚で外から伸びてきたら分からない。その程度の反応だ。
そう思いながらも、ワイドレナは交わした。とりあえず前はあと2頭。その2頭がびっしり併せてしまっているだけにバテにくい流れだが、しかしこれは交わせる。反応がちがうのだ。
キヨマサの脚がガクンと鈍った。イアンのリュウスターが半馬身、1馬身と前に出る。
完全に先頭に立ったイアンだが、しかしそれを苦く思う。
―― 早すぎる。
馬は1頭になると伸びを欠いてしまう。もう少し長く併せていたかった。東京の直線は長いのだ。ゴール前までデッドヒートが理想だが、GⅡ馬にそれは無理だろう。リュウは超GⅠ馬候補生だ。だけど、せめてあと1ハロンというところまでは欲しかった。併せている間は、リュウスターもしっかり伸びてくれるのだ。
―― これではゴール前、後続に差されてしまう……。
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