第462衝 心折の鑑連

「薩摩勢に、逆提案をしろだと?」

「はい」


 すらすらと謀略を提示する小野甥だが、


「共に協力して佐嘉勢を討とう、と持ちかけるのです。筑後は山分け。もちろん陽動ですが」

「薩摩勢が受け入れる筈が無いだろうが」

「そうお考えですか」

「当たり前だ。すでに、佐嘉勢は薩摩の軍門に降ったのだぞ」


 鑑連は懐疑的である。厳しい顔つきでここ数日渋い顔が決まっているのは良案が思いつかないためだろうから、鑑連も一度は検討はしたのかもしれない。


「島津家当主に送るのなら、無意味でしょう。拒否されるに決まってます。しかし、高瀬にいる島津兵庫頭へ送ればどうでしょうか」

「強気な弟なら、誘いに乗って来ると?」

「いいえ」

「おい」


 早速イライラし始めている様子の鑑連。


「そういうことではありません」

「何を目的としているのか、ちゃんと説明しろ」

「共同で佐嘉勢を討てば、筑後分割の運びとなりましょう。しかし、共同案を持ちかけられて、それを拒否をした後、先に殿が筑後を平らげるかも、という不安に駆られたらどうでしょうか。島津兵庫頭は焦るに違いありません」

「下らん策だな」


 小野甥を説得した張本人である備中も、その提案の詳細は承知していない。二人のやり取りを前に息を呑み、刮目する。


「このままいけば、薩摩勢は肥後国内の平定を続けるだけ。残るは阿蘇勢に、肥後北郡に点在する佐嘉方、全て風前の灯です。といって殿が率いる軍勢だけでは、高瀬に攻め込んでも薩摩勢を倒すことは不可能です。兵も将も足りません」

「……」


 備中は鑑連の反論が無いことに、おや、と思った。


「ここで数の問題を解決できたとしても、困難があります。特に、豊後勢の士気が低いこと。今や常勝となった薩摩勢と戦い、勝利を得るには、向こうから攻めてもらわねばならないというのに。これはかつて日向で我々がしくじったとおりですね」

「何が言いたい。高瀬の島津兵庫頭を焦らせたとしても、本国の当主が許さねば動かん。陽動にならんだろう。無意味だ、無策と言っていい」

「そう、策を弄して薩摩勢の突出を待つ、という考えは無策そのもの。島津家当主にその気はないためです。大友方が一発逆転を考えていることに、敵は必ず気が付いています。だから敢えて慎重にもなる。殿はすでに、敵の術中に落ちています」

「なんだと」


 誇り高い鑑連にとって、誰かの策に絡め捕られているという表現は耐えがたいはず。しかし、小野甥は続ける。


「このまま敵の攻勢を待つだけでは無策。殿だってお気付きなのでは?島津家の当主は、先般輝かしい勝利を飾った弟に対する人事からも見える通り、絶対に情実では動かない人物です。薩摩勢の国家としての利益を優先させるに違いありません。国家大友とは大違いですが」


 ああ、いつもの小野甥の皮肉が始まったと天を仰ぐ備中だが、そこが国家大友の良い点でもあるはず、と心中で反論を試みた。それはともかく、今日の小野甥には粘りを期待したい備中、目を逸らすわけにはいかなかった。鑑連は極めて真剣に小野甥を睨みつけている。


「話を変えます。そんな中、佐嘉勢も、薩摩勢も、ついでに言えば豊後勢も、誰もが殿を警戒しているのです。ただ、殿一人を」

「……」

「そのことを知らぬ者はおりません。今や、殿の名声は絶大です。永禄の戦を勝ち抜き、日向以後の混乱も生き抜いてきました。あの毛利元就にも、龍造寺山城守にも、秋月種実のような相手にすら負けなかった。そして九州最高の町を管理し、悪名高き豪商らに額づかれているのです」


 小野甥が心にあるのかないのか怪しい言葉を弄すると、鑑連の鼻の穴がやや膨らんだ気がした備中。小野甥の賛辞が続き、


「今は亡き田北大和守様が追い詰められた末に頼ったのは殿でした。義鎮公の忠実な家来である朽網様ですら、今、殿に友誼を求めている。吉利支丹宗門に失望した義統公最後の切り札が、殿との関係です。豊後勢からも絶大な信頼を得ている」


 やはりまた鼻孔が膨らんだ。三回かな、と数える備中。


「さりとて諸国は殿を取り巻く諸事情など知らぬでしょうから、過大評価されていると言ってもよい」

「おい」

「だからこそ、島津家当主は肥後が平定されない限り、何があろうとも開戦を認めないということです。絶対に」


 小野甥が言い切った。ということ鑑連の見通しを否定したということだが、


「言い切れるか貴様」

「絶対に。何度でも言いましょう。絶対に認めません。大きな勝利を得た後でも慎重でいるということは、ある意味で普通の反応なのです。島津兵庫頭は殿と戦いたいでしょうが、勝ちに乗っている現状で、当主の命令に逆らってまで敢えて戦おうとも思わないでしょう。肥後を平定すれば、それはそれで大きな成果になるからです。難治の肥後を治めるには戦争が一番効果的です。平定後、早々に肥後勢を筑後へ送り込むことになるのは見えている話です。よって、兵庫頭はそれを待てば良い、ということです」


 小野甥を凝視したまま鑑連は顎を撫でた。備中は、刀を取り落とした鑑連の腕は大丈夫だろうか、などと考えてみる。


「これが考えられる薩摩勢の基本戦略です。気質なのか、彼らは事業を興すに際して手堅いのです」

「日向でも島原でも勝った島津の公子は、そうではないではないか」

「さぞ妬まれていることでしょう。豊後の諸将が殿を妬む感情とはまた違ったものでしょうけれど」

「そうだろうが。だからこそ、ワシは兄の兵庫頭は相当焦っていると考えている。備中、兵庫頭の年齢は?」

「じょ、情報によるとそろそろ五十路に入る頃だと……小野様によると」


 鑑連が、貴様、という顔で備中を目で叱る。


「殿が同じ齢の頃はいかがでしたか?」

「小野貴様、何様のつもりだ」

「競争相手は多かったはずです。小原遠江守様、佐伯紀伊守様、吉弘伊予守様、臼杵越中守様……」

「そうだとも、みなワシが屈服させてやったぞ!だからこそだ!兵庫頭も突出を願っているに違いないのだ!」

「殿、それは危険な思い込みです。自分がそうだからと言って、相手もそうだとは限りません」


 正鵠を撃ち抜かれたのか、言葉に詰まる鑑連であった。

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