第461衝 併為の鑑連

「備中殿」

「小野様……あの草の者は」

「大丈夫、足は折れていませんでしたよ」

「よかった」

「もっとも、足が折れている態で治療をエサに尋問したので、全てを吐いてくれました」

「お、お見事で。しかし、何を言っているか、ワカりましたか?」

「謎言語は喋らせたら負けです。ああいう手合いは我々の言葉も理解できるように訓練されていますからね」


 確かにその通り。自分も鑑連も謎言語に殊更構えて一体何をしていたのか、と恥を知った備中、照れながら、話を続ける。


「や、やはり薩摩勢は……こ、この筑後に」

「無論その恐れはありますが、まだ、決まったわけでは無いようですね」

「さ、佐嘉勢より先に殿と戦いたくないという……」

「それが第一でしょうが、薩摩勢にも強硬派と穏健派があるのですよ。あの草の者は、強硬派、もとい今、高瀬に来ている島津兵庫頭の手の者でした」

「で、では左衛門が辺春で追い散らした者!」

「まさに。今、肥後の薩摩方を統率しているのが、その島津兵庫頭ですが、本国が手綱を引いているようですね」

「本国……島津家の当主ですか」

「当主と兵庫頭は兄弟ですが、この綱引き、どちらが勝るか、です。備中殿はどちらだと?」

「わ、私は……」


 先程、刀を扱い損なった鑑連の顔が備中の脳裏に思い浮かぶ。あの見慣れぬ光景から予想する未来は明るいものでは無いと感じる。


「……殿は強硬派が勝つ事を期待、いえ、そうでなくてはならないと考えているはずです。何故かと言えば、敵の勇足を討つ以外、有効な打開策が無いからです」


 小野甥は深く頷いた。


「これまでの動きや情報から見える島津家当主の姿ですが、まず決断力がある。そしてかなり慎重であり、同時に冷静沈着です。きっと、殿と同じ結論に至っていることでしょう」

「同じ結論……」

「薩摩勢は破竹の勢いのように見えますが、急速に拡大した領域を戦に次ぐ戦で押さえています。内実は脆いのです。特に肥後や日向など、国家大友を裏切った土豪らを味方にせざるをえませんが、彼らがまた裏切らないとは限らない」

「はい……」

「日向でも、島原でも、その大勝利は思わぬ成果だったはず。よって、今の当主はその領域の整理に奔走していると聞きます。先が心配なのでしょう」

「で、では殿にとって、弟の兵庫頭こそ御しやすいということですね」

「例の島津の公子、彼は四男だそうですが、日向でも島原でもその大勝利に貢献してます。島津兵庫頭も心穏やかではないでしょう」


 そう言うことならば、島津兵庫頭と強引に開戦に持ち込めば、鑑連の戦略通りになるが、


「お、小野様」

「はい」

「しかし小野殿は、そうはならないとお考えなのですね」


 ニコッと笑った小野甥は頷いた。


「な、何故ですか」

「何故?何故って、そう」


 爽やか侍はまた笑ったが、それは寂しく見えた。


「殿の戦略が殿の考え通りに進んだことが、これまでどれくらいあったのか、ということですかな」

「……」

「良し悪し共に凡人と一線を画すのが殿ですから」


 そう言って後を向いた去り際のその背中もまた、寂しげである。刹那、弾かれたようになった備中、小野甥の行く手にて膝をついた。


「小野様。どうぞ、殿に良案をお授けください」

「備中殿」


 備中を立たせようとする小野甥の優しい手を、備中は敢えて振り解いた。


「お願いにございます小野様。殿をお助けできる方は小野様以外にはおりません」

「そんなことは無いはずです。さ、手を」

「いいえ。殿は小野様には何かと辛く当たることもありますが、それはそのお力を認めているからです。無頼の殿としては、素直に頷くことができないだけです」

「……」

「今、殿は苦しんでいるはずです。佐嘉勢と薩摩勢の狭間で、団結できない国家大友を守る最後の武器として独り立っているのです。性格に難があるから、というのもそうでしょう。しかし、あの強気が、殿をここまでに押し上げてきたのです。今、殿に必要なものは、周囲の者の献身ではないでしょうか」

「献身が足りていないと?」

「はい」

「私はそう思いません」

「今、殿はその限界を突破しようとしているのです。これまでと同じ献身では足りません」

「それは、譜代の者でない私にはワカらない感情でしょうか」

「そうかもしれません。しかしどう足掻いても、譜代の者の力には限りがあります。殿がさらなる飛躍を遂げるには、外の人物の支援が欠かせません」

「さらなる飛躍……中々、微妙な言葉ですね」


 両膝つく備中の視線に合わせて、小野甥は片膝をついた。


「飛躍を遂げた者とは、例えば誰でしょうか」

「龍造寺山城守、島津家当主。毛利陸奥守もそうかもしれませんし、織田右府や羽柴筑前守も当たるでしょう」

「不意に滅んだ者もいますが、外の支援が欠けていたからでしょうか」

「ある時点まではあったのではないでしょうか」

「彼らのことを、それほど承知しているわけではないでしょう、備中殿」

「小野様は」


 備中、息を呑む。


「飛躍を望まれていた方だと思っています」

「……」

「か、かつてまでは」

「今はそうでないと」

「はい」

「……」

「……」

「続けて下さい」

「で、ですが、小野様が大望を掴むには、失ったものを取り戻さねばならないはず。これから先の大望を掴む為にも」


 備中の考えでは、小野甥の鑑連に対する態度の悪さは、ある時点で鑑連に失望したことから生じているはずだった。元々義鎮公の近習であった身を、賭けに勝って引き取ったのは鑑連であるが、小野甥もそれを受けたのである。見込みを持っていたに違いないのである。


 鑑連に対する失望も十年に渡る結果である。備中の言葉一つでそれが翻るとは思わない。しかし、鑑連軍団には鎮理がいる。統虎がいるのだ。小野甥が大望をまだ完全に捨ててないとしたら、将来を視ているはずである。


 主人鑑連を哀れに思う備中が賢明の説得であった。そして、小野甥の回答はいつも通り早く、明快であった。


「ワカりました」

「お、小野様」


 小野甥の表情は心無しか明るい。爽やか侍そのものだった。


「備中殿にそこまで言われれば、断ることなど出来ないじゃあありませんか。私は備中殿のことが好きなのですから」

「ホ、ホントですか」

「決まってるでしょう。私の備中殿への振る舞いでワカりませんか?殿の家来の中で、誰よりも価値があると思っていますよ」

「えへへ」

「その分、哀れにも思っております」


 小野甥の言いたいことが良くワカった備中は、


「わ、私は殿に用いられなければ無でしかありません。なので、意見を聞いて頂き、ちょっとお褒めの言葉が飛んでくれば、それで十分なのです」

「あの戸次伯耆守鑑連相手に、それって無欲ではありませんけどね」

「き、気が合いますね。お、小野様も随分欲が深いようですから」


 二人は笑い合った。そして小野甥は鑑連へ、備中を連れ立って、献策のための面会を申し込んだ。

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