第444衝 優渥の鑑連

 佐嘉勢の派手な大敗北と龍造寺山城守の死からしばらく経ち、情報は増吟だけでなく博多からも数多く入り始める。


「まさに日向の悲劇の再現だな」

「佐嘉勢は肥後から撤退した。肥後国内の佐嘉派の連中は戦勝祝いを述べに、八代に急いでいるらしい」

「もはや肥後は、薩摩勢のものか。五州二島の太守の称号も束の間だったな」


 肥後には阿蘇勢を統率する甲斐相模守がおり、こちらからも情報が入ってくる。それによると、


「薩摩国守、領内の僧侶を大量にかき集め、島原へ送り一大供養を実施するということ」

「討ち取った龍造寺山城守の首の返還を持ちかけるが、佐嘉の重臣衆が拒否したとのこと。このことから、動揺はあるものの佐嘉勢は一枚岩であるらしいこと」

「首は肥後高瀬の寺に葬られたとのこと。尚、この寺は菊池川の右岸、佐嘉勢領内にあり、すでに薩摩勢筑後国境まで進出済みであること」


 かくも重要な情報を逐一送ってくれる甲斐相模守に感謝することしきりの備中である。もっとも、情報を得た鑑連の考えは戦略家としてのものである。


「僧侶を送り込むというのは、義鎮に対する対抗だろう」

「そ、そうなのですか」

「薩摩勢は南蛮人と幾らかの取引はあっても、吉利支丹宗門は受け入れていない。田舎者特有の頑迷さが、この際役に立つということだ」


 自分自身も吉利支丹を受け入れていないのによく言うよ、と笑顔かつ無言で独り言る備中。幸いにも鑑連には悟られなかった。


「仮に義鎮が勝利を得たら、吉利支丹風の大葬儀を開催するだろうよ。そして見識を疑われる、ということだ」


 鑑連、それは確かに、と頷く備中を睨め付けて曰く、


「これは国家大友への示威だ。ワカるな」

「は、はい」

「他方、首の返却打診は佐嘉勢への示威だ」

「す、すでに勝利を収めているのにですか」

「手を差し伸べて、攻め時を読んでいるのだ。結果、佐嘉勢はその手を振り払った」


 心から感心しているのか、鑑連は腕組みし唸って曰く、


「敗北後の対応の見本のようなものだ。人間死ねばそれまでだが、生きている人間には今日がある。これを手配したのが佐嘉の後継者なら、佐嘉勢は壊滅とまではいかんな」

「この話、博多からも聞こえており……それによると……ええと、鍋島飛騨守という重臣が、亡き龍造寺山城守の母と打ち合わせして決めたとあります」

「では倅は不満に思っているかもな。備中、貴様ならどうだ?」

「えっ」

「親父の首を返す、と手渡されたらさ」

「う、受け取ります」

「それを禁じられたのだ。甲斐相模守が一枚岩と書いている佐嘉勢だが、割れるかもしれん」


 大敗北まで国家大友ないし鑑連に敵対し続けた佐嘉勢は、鉄の結束を誇っていた。時に鑑連はこれを田舎者特有の純朴さ故、と嗤ってきたが、それが無くなれば、佐嘉勢恐るるに足らず、という気になるに違いない。


「他の情報は」

「あ、秋月種実の使者が佐嘉と八代を頻繁に往来しているそうです。これは極めて固い報告ですが……」

「クックックッ、ヤツとしては必死だろうよ。今や軍勢も僅か、盟胞を頼りに古処山に籠るしかできないのだからな」


 強気に嗤う鑑連だが、古処山を攻め落とすには常に兵力が足りない。ここまで可能な限りの対策はしてきているが、これは一種の共倒れかな、と思わないでもない備中であった。


 と、そこに報告が来る。


「申し上げます!筑紫勢、軍勢を集めて岩屋城へ向かっております!」

「こ、こんな時に?ほ、他に連携する動きは」

「ございません!筑紫勢のみの動きです」

「と、殿」

「秋月どん詰まり外交の支援にはなるだろうが、この二人、冬の一件でまだ切れていないのかな」

「あ、あるいは独立した動きかもしれません。薩摩勢に敗れたとはいえ、佐嘉勢は筑紫勢唯一の後ろ盾。ここで強気を見せておかねば、とでもいうような……」


 そう考えれば筑紫殿は尋常ではない勇気の持ち主ということになる。鑑連は侮っているが、かつてくれてやった無礼が、厄介な人物を敵に回すことになったとすれば、忸怩たる気分になる。


「ヤケクソではないと?」

「も、もしかするとですが」

「では、ワシらの健在振りを示しに行くぞ。備中、馬を引け」

「御自らご、ご出陣なさいますか」

「貴様の考えている通り、筑紫のガキが一皮剥けて大人になったというのなら、躾けてやらねばな。知ってるか。このガキは、ワシの息子の伯母の夫、つまり伯父にあたるのだぞ」


 複雑な婚姻関係を風景に色々こんがらがってきた備中の脳裏に浮かぶ言葉は、修羅が修羅を育むとはこういうことだろうか、ということだ。


「よーし、出撃するぞ」

「む、統虎様が戻らない今、城の守りが……」

「数百もいれば十分だろうが、行くぞ!」

「は、ははっ!」


 薩摩勢の勝利にあてられたのか、鑑連の顔はなんとなく紅潮しているようだった。



 筑前国、武蔵寺。


 当地に来るのはもう何度目か、と温泉が放つあらたかなる霊験に、備中思いを馳せていると、


「とっとと終わらせて湯にでも浸かろう」


と家来衆を和ませる鑑連。士気の高まりに家来衆、拳を突き上げて曰く、


「筑紫勢など、どうせ少し叩けば逃げ出すのだ」

「天満宮を火にかけた罪を贖わせよう!」

「もう佐嘉の援軍など期待できるはずもなし」


 と戦場に向かっていった。が、なかなか帰ってこない。剣戟の音もやかましく、叫び声も高いのに。


「と、殿。私、見て参ります」


 そうして馬を走らせ着いた戦場では凄まじい肉弾戦が繰り広げられていた。筑紫勢は密集し、粘り強く戦っており、これまでの陽動や一撃離脱式が見えない。対する戸次武士も、怯む事なく死に立ち向かっている。薩摩勢の勝利にあてられたのは、鑑連だけではないということだろうか。


 その時、鉄砲の音が響き、唖然の気から抜けた備中、急いで鑑連に報告する。


「と、殿!敵の士気高く、お、お、応援が必要かと!」

「ワカっておる。見ろ、来たぞ」


 鑑連が指差した方を見ると、鎮理の騎兵集団が駆け抜けていく。岩屋城が担当する敵の領域は広く、他の場所の安全を確認した部隊が戦場に到着したのだ。どことなく彼らもまた、熱くなっているように見える。筑紫勢は迎撃された。


「戸次様」

「これで貴様を助けるのは何度目かな」

「はい、ありがたき幸」

「と言いたいところだが、今回は筑紫の判断が優れていた。良い参謀でも付いているのだろうか」

「今、筑紫勢は過激穏健の差はあれど、当主広門の統制下にあり、その他の誰かの名は聞いた事がありません」

「そうか……筑紫のガキも成長したんだなあ」

「もう二十を越えてそれなりに経ちますから」

「貴様も三十を越えて大分経つしな」

「はっ」


 鑑連の前に跪いた鎮理は、書状を取り出した。


「つい今し方、豊後より使者が参り、書状を受け取りました。戸次様にも書状を、という事で待たせております」

「義統からだろ」

「はい」

「すると、使者は……」

「いえ、柴田殿です」

「チッ」


 ドン、と響いた鑑連の舌砲に、野鳥が木から落ちたようだ。鎮理は気にせず続ける。


「こちら私宛の書状です」

「構わんか」

「どうぞ。おそらく戸次様宛の物と、同じ内容だと思いますので」


 書状を受け取った鑑連、いつもの如く凄まじい速さで目を走らせると一笑し、文書を備中へ放り渡した。慌てて何とか受け取れた備中、無言の命令に従って読み進めてみる。


「え、ええと龍造寺山城守一類滅却之儀……ええっ!」


 そこには義統公主導による筑後奪還に向けた強い決意が記されていた。

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