第443衝 寂寥の鑑連

 大宮司妹の葬儀の手配をする備中。切り替えが速い鑑連の性質が性根に宿ったのか、実務は手際良く処理されていく。その指示に従う宗像の侍女達。女らにとって主人である大宮司妹がこの世を去った以上、いずれは皆、宗像郡に戻るのだろうと、諸行無常を感じずにはいられない。


 喫緊の問題もあった。大宮司妹は化粧田として西郷の地を所有していたが、持ち主の他界と共に実家へ返還されるのが世の慣いである。しかし、戸次家と宗像家は戦争中であり、鑑連としても、宗像郡の入口にあたる要地を返還するわけにはいかない。


 これらの事情から、内田が宗像郡に入っていることも、闇の実務を処理する為ではないか、と考え始める備中。そう考えれば納得が行く。そして、鑑連がこのような実務を自分では無く、内田へ命じた理由についても。


「まさか……」


 故人を思う鑑連の姿が、宗像郡を手中に保持するための擬態なのではないか、という疑念だ。


「いやしかし……」


 だが、鑑連は亡き妻の側に寄り添い続けている。屋敷に居続けている以上、変わらず、鑑連に話しかけることが出来るのは、自分か侍女らのみである。その姿に偽りがあるとは、思いたくなかった。


 考えても仕方の無いことではある。疑念を押し潰して、実務に当たる備中。常より精力的になるのであった。



 深夜。用を足した後、月を眺める備中。鑑連の真意が気になって、なかなか寝付けないでいた。かつて記憶に焼きついた入田の方の後姿が、再び脳裏に現れては消えていく。ため息を吐こうとして、一度周囲に誰も居ないことを確認して、ため息を吐く。


 すると、屋敷の外で馬の音がする。急な使者か、と思い外に出ると、見知った顔が篝火に照らされていた。


「増吟殿」

「森下様!」


 大きな声を上げる増吟。見れば全身汗でびしょびしょである。破戒僧のらしく無い振る舞いを訝しむ備中、


「あんた、佐嘉に居たのではないんですか」

「そうですとも。そしてとんでもないことが起こったので、戸次様に伝えるため、馬を走らせ乗り換えさらに走らせて来ました!」

「と、とんでもないこと」


 こちらでも不幸があったが、それを言わずに尋ねる。


「な、何が起こったのです」


 一瞬口を開いた増吟だが、ハッとして曰く、


「この変事、お伝えするのは戸次様でなければなりません。どうぞお取り次ぎ下さい」

「し、深夜ですよ。夜明けを待って……」

「それでも、今伝えねばならんのです。取り次がんと、森下様なら絶対に後悔することになりますよ」

「ええっ」


 相変わらずの増吟、何が起こったか自分には明かさない様子だし、これなら鑑連に取り次ぐのが正解だろう、と承知する備中。


「す、すぐに用意しますから、屋敷の中に入っていてください」

「ああ、戸次様は別邸にいらっしゃるので」

「……」


 自分の口の軽佻浮薄を公開し口籠る備中。だが、増吟は心配するな、と言わんばかりに笑って曰く、


「後で、この馬にかかる銀を頂戴しますからね」



「増吟。どうしたのだ」

「戸次様、急報を得たので、とにかく参りました」

「ほう」


 どっしりと腰を下ろす鑑連。


「聞こう。佐嘉勢と薩摩勢の事だろうが」

「龍造寺山城守が討ち死いたしました」

「ええっ!」


 驚愕の声を発した備中を、今は深夜ですよ、と目で諫める増吟。鑑連に向き直り、増吟は続ける。


「島原は雲仙の東に沖田畷という地があります。その名の通り細い路で、そこを進軍中に弓鉄砲を撃ちかけられた佐嘉勢は身動きがとれなくなり、さらに攻められて龍造寺山城守、首を打たれたとのこと」

「さ、佐嘉勢も相当数の鉄砲隊を連れていたのにですか」

「伏兵だな」

「はい。今回、有馬勢が薩摩勢と共同しておりました。佐嘉勢も敵に地の利があることを考えていた筈ですが、それでも術中に落ちてしまったということでしょう」

「ち、ちなみに薩摩勢の数などは……佐嘉勢は三万もの大軍だったはずですが」

「およそ五千だそうです。それも、有馬勢と合わせての数でして……」

「ろ、六倍にも及ぶ敵を撃ち破ったのですか!」


 勢いよく立ち上がった鑑連、


「敵の指揮官は誰だ」


 鑑連が敵、と言ったことを備中は聞き逃さなかった。信じ難いことだが佐嘉勢が大敗を喫した以上、もはや最大の敵は薩摩勢に絞られる、ということであろう。


「島津中務殿、現当主の何番目かの御舎弟でまだ三十半の方です」

「島津……中務……もしや……」

「日向高城の時の将だ」

「あ、あの」


 増吟が居る為、言葉を押し留めたが、鑑連はニヤリと嗤って曰く、


「そうだったな。十年前、始末し損ねたあの島津の公子だよ」


 島津なだけに、と独り言ちた備中。


「ほう、そのようなことがあったのですか」

「筑後の関所を破った。その罪でな」


 話して良いのですか、と目を伏せる備中に、増吟曰く、


「森下様、ご安心を。私の口は岩より固いのです。それに関所破りは古来より重罪。戸次様に正義があります」

「お、お伊勢参りと称して筑後を不法通過する際に、そ、その」

「あの時、秋月のガキの横槍が無ければ、始末できていたんだがなあ」


 島津なだけに、と再び独り言ちた備中。空耳が届いたのか、鑑連は呆れ顔である。増吟が話を戻す。


「薩摩勢は龍造寺山城守の首を奪い持ち去ったそうです」

「話だけ聞くと、日向高城の時と同じような、あるいはそれ以上に悲惨な始末だな。突出した先陣が壊滅したことで、士気に勝る側が攻め手となり、逃げるイヌと化した武士どもを獣の如く殺していく。そうして奈多のガキは耳川まで数多の死体を晒す結果となった。で、死者の数は」

「数千人に及ぶ、ともっぱらの話です」

「数千……」

「正確な数はこれからでしょうが、それよりも龍造寺山城守だけでなく、累代の重臣達も命を落としました。龍造寺四天王と称されていた方々です」

「聞いたことあるな」


 興味なさそうにそれだけ述べ、腕を組み押し黙った鑑連。その目はギラギラと輝いていた。


「家督を倅へ譲っていたとは言え、事実上の頭領が討たれたのだ。天正六年当時のワシらよりも酷い状況になるな」

「はい。佐嘉勢は肥後から引き上げざるを得ないでしょうし、筑後も保持できるかどうか、怪しいものです。何せ、筑前には戸次様がいらっしゃるのですから」


 つまり、増吟は失地回復の好機、と佐嘉勢との戦を勧めているのだろう。それに対する主人の答えはないが、備中が思うに佐嘉勢の完敗は、誰にとっても予想外であったはずで、それは鑑連だって例外ではあるまい。佐嘉勢だけでなく、鑑連にとっても一つの負けなのかもしれない。


 佐嘉勢を中心に反大友で動いていた秋月、筑紫、宗像などがどう動くかワカらないし、状況の変化に備えて豊前田川郡に送り込んだ統虎を帰還させることになるだろう。


 もっと単純に考えれば、国家大友にとって、佐嘉勢の脅威がそのまま薩摩勢の脅威となるだけではないか、考えるほどに明るい未来が遠ざかっていく。沸き上がる不安を払うため、主人の顔を見上げた備中。視線が交差すると、鑑連は視線を外して曰く、


「佐嘉の頭領も呆気なかったな。哀れなものだ」


 その言葉に意外なほどに心が篭っている、と備中は感じるのであった。

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