第240衝 踏鳴の鑑連

 修羅の如く切り込んだ内田が刀を振るっている。血肉が飛び交う中、その背後に刀や槍の塊が烈風の如く迫る。


 内田もこれまでか、と備中が刮目していると、吉弘嫡男が刀を手に飛び出し武者の集塊に挑みかかる。一拍遅れて、斎藤殿も続く。


 では自分も、と備中が思った時、すでに鑑連が槍を手に、吉弘嫡男と斎藤の軌跡を泳ぐ様に動いていた。さながら稲妻のような突き遣りに、旗色詳らかでない武士たちは声を上げることなく除けられていく。主人の槍さばきを前に、備中は夜須見山での死闘を思い出していた。


「引っ張り出せ!」


 鑑連の太鼓のような強声にはっとした備中。その通りに動いた。他の武士らも続く。血塗れ人の折り重なりの中から、上等の脛当が見える。その足に取り付いた備中、全力で引っ張りだすと、親貞公の顔が見えた。驚愕の表情をしているが、瞬きをしていない。貴人は息絶えていた。


 そう見えても、処置をしないわけにもいかない。身体のあちこちから出血している。甲冑を外し止血を試みる森下備中。周囲の武士も治療に協力する。


 折り重なった武士の塊から、親貞公の側近たちが息も絶え絶えに脱出してきた。そして公を見て、悲鳴を上げる。


「親貞様!」


 治療に専念しながら、まずい、と思う備中。これで大将が討たれたことが敵に知れてしまう。だが、制止する暇もない。親貞公の首に開いた大きな傷の止血をする。すると、


「敵将ば討ち取った!大友ん大将ば討ち取った!」


 一人の武士が太く、強く響くキツイ方言でそう叫んだ。そこに斬りかかるのは集塊から脱した小野甥。しかし、刀が届く前に、陣に入り込んだ佐嘉勢の雄叫びが轟く。


「討ち取ったばい!」

「夜襲は成功ばい!討ち取った!」

「大将ば殺した!我らの勝利ばい!」


 敵の士気が高まっている。比例して急速にしぼんでいく大友方。心の冷え込みを文系武士の備中ですら感じる。これはまずいのではないか。


「クックックッ!」


 敵歓声を割って鑑連が笑う。瞬間発生した静寂を捉え、鑑連が声を一閃させた。


「あいにくワシは生きている。不埒な謀反勢を皆殺しにするぞ!」


 槍を振り回し三人の佐嘉武士を突き倒した。この演出でさらに回る戦場の空気。


「戸次鑑連や!」

「ありゃあ相手にすっな、敵将ば殺してやったばい!」

「引き上げ!引き上げ!」


 その声と共に陣幕の佐嘉武者が一斉に離脱を開始した。その時、ようやくほとんどの敵の区別がついた。


「追撃!皆殺しにせよ!」

「はっ!」


 何人斬ったのかワカらないほど返り血を受けている内田は奇声をあげ、刀を振り上げながら逃げる佐嘉勢を追いかけていった。追撃をすることで、将を討たれた無念を忘れようとしているのだろう。場の空気を読み、適切に行動した鑑連の成功だ、と備中は思う。


「私も行く!斎藤殿!」

「はい」


 吉弘嫡男と斎藤殿が追撃に加わるため、飛び出していった。多くの大友武士はこれに従った。備中は止血の処置をしながらも、吉弘嫡男は斎藤殿と仲が良いんだなあ、とおぼろげに思う。気がつけば、陣内は静寂としていた。

 

「臼杵め!」


 地を蹴って吐き捨てた鑑連。


「無能すぎる。これでは夜須見山の再現だ!」


 備中も三年前の悲劇を思い出す。暗闇に生じた乱戦の中、多くの戸次武士が犠牲になったのだ。あの生き地獄も、ちょうど今と同じような季節に起こったことだ。


 恐らく臼杵弟は親貞公の救援のために隊を動かしていたのだろう。だが、佐嘉勢の強襲により混乱し、親貞公の陣へ押し流されてしまった。


 だが鑑連にも悔恨はあるのだろう。内田を引き上げた瞬間を運命に衝かれたのだ。それも眼前で。親貞公への感情を差し引いても、衝撃は大きいはずだった。鑑連の生涯で、二度目となる大きな敗北である。


 敗北。鑑連ほどの器量の人物でも無縁では無いのだ。他者が拵えた桎梏のせいとは言え。


 その時、暗い発想が脳裏から沸き起こる様を、備中は確かに感じた。激発を堪えている主人鑑連に近づいて、思いもよらないほどに高まった毒気を伝える。


「殿」


 返事がない。


「殿」

「なんだ」


 鑑連は備中の目を見ない。が、続ける。


「臼杵隊の武者の死体もあります」


 篝火に照らされている。


「息がある者はいるか」

「この場には居ないようです」


 鑑連はまだ備中を見ない。警戒しつつ、他の誰にも聞こえないように備中は呟く。


「殿、これは臼杵様の謀だと、私は考えます」

「なに?」


 鑑連は流石に備中の目を見る。そして周囲を見渡す。親貞公の死体の他は、数人の親貞公の側近と吉弘が居るだけだ。そしてそのまま腕を組み、しばらく考え込む。その間、備中は黙っている。陣の外で、怒号や銃撃音が響いている。鑑連が口を開く。


「乱戦に持ち込み、そこで親貞を刺したと?」


 突飛な飛躍を、しかも中傷の恐れすらあることを口にしている自覚がある備中、頭は冴えわたっていた。そしてそれを聞く鑑連も、身分を弁えろ、とは言わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る