第241衝 注入の鑑連

「先ほどのあれは激流だった。戦場ではまま起きること。臼杵如きに操ることができるものではない」

「できるのではないでしょうか。結果だけ見れば、夜須見山の時と同じです」

「臼杵が親貞を殺したのだ、と貴様は言うワケか」

「は、はい」


 面と向かって言われると、さすがに恐ろしきものを感じ、戦慄するしかない森下備中。


「動機は?」

「動機……」


 暗殺を行う理由はなにか。思い当たる節はある。


「義鎮の倅を助けるためか」

「は、はい」


 鑑連も同じ推測に至ったことにほっとする備中。大友家の歴史は他の名門とさほど違いはなく、一族同士の熾烈な権力闘争で彩られている。義鎮公は父と争い、先代義鑑公は弟と争っている。親貞公とて一族だ。台頭されては困る、と思った人がいたとしたら……。


「だが親貞の登用は義鎮の計画だぞ」


 臼杵弟は原則義鎮公に忠実である。佐伯紀伊守の復帰工作など、完全にその同意があるものだ。義鎮公の意に反することをするだろうか。


 備中の考えではするのである。


「かつて、と、殿が菊池の殿をどう遇したか、思い出してください」


 鑑連は笑った。


「う、臼杵様は義鎮公のこの人事に反対だったのではないでしょうか」

「忠誠心からか?」

「はい。そして国家大友の権威を損なわないよう親貞公を排除するとしたら、これより他に手が無いとお考えになられたのかも……」


 備中は、臼杵弟が激情の人であることを改めて感じていた。内通の疑い濃厚の秋月武士を殺害して夜須見山の戦いへの道を開いたのも彼の人物である。


「臼杵本人に聞けば済むことだ。ん?まてよ。とすると……」


 備中には鑑連の思考が読める。その通りなのだ。つまりそれは、


「臼杵は三年前の夜須見山で、ワシを殺すつもりだったのか?」

「いや……あの……」

「貴様の言う通りならば、そうなるぞ」

「……」

「どうなんだ」

「は、はい」

「貴様の意見だ。言え」

「と、と、殿を始末するおつもりだったと……」

「あの野郎」


 鑑連の全身から殺気が放たれていく。


「お、お待ちください。私の推論です」

「ワシには合点がいったがな」


 まずい。このまま戸次隊と臼杵隊が衝突でもすれば、鑑連の名声は失墜する。備中は近習としてそれは防がねばならない。と、名案が降りてきた。


「と、殿ならどうするも容易です。ですからこの件を利用して、臼杵様から譲歩を引き出してはいかがでしょうか」

「譲歩だと?」

「た、例えば老中を退いて頂くなど……」

「ワシに刃を向け突き出しているのだ。殺してしまったほうがいい」


 だめだ。鑑連自身老中の地位を保全できる確証がないのに、これでは足りない。備中はもう一歩踏み出す。


「う、臼杵様は義鎮公の覚えが良い方です。佐伯紀伊守もその与党では……その……影響力を搦め取る方が、ゆ、有益です」

「ほう」


 脈がある。さらに備中前進する。


「殿にとって、有益です」

「何を譲らせるのだ」

「ち、ひ、肥前筑前の担当権を、頂きましょう」


 鑑連は目を見開いた。沈黙は僅かであった。


「クックックッ、それは名案と言えるな」

「は、はい」

「貴様にしては気が利いている」

「あ、ありがとうございます」

「それにしても貴様いつもそんなことを考えているのか?クックックッ!」


 どうやら主人鑑連の方針が定まったようだ。と、気が付かぬ間に小野甥が主従の側に立っていた。


「お、小野様」


 顔は笑っていない。爽やかで無いと、こうも気配が違うのか。


「小野。こいつの推理を聞いていたか?」

「はい」

「どう思う?」

「合点がいきました。概ね、そういうことなのでしょう」


 自身の推理が受け入れられて、照れる備中だが、


「これを義鎮に報告するか?」


 小野甥は悲しげに首を振る。


「証拠はありません」

「ほう、なのに貴様は当家の下郎の考えを是とするのか」

「私は宗麟様の命で親貞公付きとなりました。責任は取らねばなりません」


 武士の責任の取り方は幾つかあるが、心配になる備中。


「は、早まられては……」

「小野」


 厳しい表情のままの小野甥へ、鑑連は上回る厳しい言葉を投げる。


「親貞の死は貴様の責任だ」


 罪人に鞭を打つ鑑連に言い方に、さすがの備中も不快感を覚えた。自身も含めた幹部どもの責任が第一ではないのか。


「だから親貞隊を統率し、解散までやり通せ。上手くやれば、貴様の助命嘆願をワシがやってやらんでもない」


 その言葉に備中の感情は手のひら返った。一方の小野甥は沈痛な表情となる。この優れた若武者にとって今回の失敗は、あまりに痛烈な出来事なのだろう。


「貴様顔を上げろ」


 鑑連が冷酷に言い放つ。小野甥がそれに従うと、若武者の顔を手の甲で素早く打つ鑑連であった。鋭い音が響く。びっくりした備中。しかし、これは罰を望む小野甥の心に応えたものなのかもしれない。


「悔やんだところで還らん」


 陣幕の端では、親貞公の亡骸を前に、その側近たちが茫然としている。涙を流す者が居ないのは、付き合いが短いためだろうか。


「しばらくは貴様の野心も頭打ち。精進することだ」


 小野甥にとっては禊になったのだろうか。鑑連へ一礼すると、親貞公の側へ向かった。


 次いで、吉弘が近づいてくる。備中は、吉弘がいることをすっかり忘れていた。先の話、聞かれただろうか。


「戸次殿……」

「なんだ、居たのか」


 手厳しい鑑連だった。


「小野のガキが罪を問われるときは鑑理、貴様も同じだぞ」

「戸次殿も。そして……臼杵殿も」

「臼杵はどうかな。ヤツの行いを快挙とみる連中は、全力で擁護するだろうさ」

「吉岡様ですか」

「あと奈多のガキもそうではないか?」


 これは田原民部のことだろう。


「あるいは田原民部殿の差し金ですか」

「戦役前に釘を刺しておいたのだがな。背後で余計な事をするな、とな。しかし動かないにせよ、目に見えた陰謀の存在を見過ごすくらいのことはするかもしれん」

「では吉岡様によるものか」

「なんにせよ、ワシは臼杵を許すつもりはない。鑑理、貴様はワシと臼杵、どちらにつくか?」


 鑑連は悪鬼面を歪ませて嗤う。一方の鑑理の顔は苦しみに歪む。


「私は国家大友の角逐については存じているつもりでした。しかしそれが、ここまで熾烈なものとは思わなかった」

「ほほう、で、知った今、どうするのかね?」

「臼杵殿は息子鎮信の義理の親父でもある。敵対はできません」

「なら、眺めていればいい」

「戸次殿、内戦はいけない」

「内戦。内戦と言ったか。だが当家の下郎の言う通りならば、すでに内戦状態にあるとも言える。臼杵は義鎮の意向に反したのだから。討伐の大義名分は十分だ」

「小野が言っていたように、証拠はありません」

「どうでも良いことを抜かすな。では、一方に加担してワシと事を構えるか?」

「私がそのようなことを、するはずがないでしょう」

「貴様が立つ側は弱すぎて、第三極にもならないからな」

「そうではありません。我ら、宗麟様を盛り立ててきた戦友ではありませんか。今一度、腹を割って話し合う必要があるのでは?」

「クックックッ!」


 鑑連は吠えるように嗤った後、吉弘から視線を外し、小野甥を見た。傷心の若武者ができうる限りの命令を発し、後始末に心を沈めている姿を見て、小さく笑うのであった。

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