第176衝 簡傲の鑑連

「殿、予定通りであれば三日後、義鎮公がこの城の前を通過する予定です」

「思ったより速かったな」

「万を越える大軍勢を持っての筑後入り。さすがは大友家督のご出陣ですね」


 鼻で嗤いはしないが、鑑連、真剣な顔で曰く、


「ワシらが懸命に盛り立てて来た名声の浪費にならなければよいのだがな。で、田原民部はでてきているかね」

「えー、本国豊後へ残留されているとのことです。残念ながら」

「何がだ」

「い、いえ……別に。た、田原隊それぞれのご家来が率いています」

「それぞれか」

「それぞれです」


 備中には小さく微笑んで視線を泳がせた鑑連の感情が読み取れなかった。


「ともかく小野の工作は実を結ばなかったようだ。仕方ない、挨拶に出向くとしよう」


 主従が相見えるのだ。備中うっかりと


「殿が義鎮公とお会いするのは筑前出兵以来ですから、二年ぶりですね」


と余計な事を口にしてしまい、発言直後にしまった、と戦慄する。案の定鑑連は冷たく、


「だからなんだ」

「い、いえ……別に」

「貴様が男子三日会わざれば、と言いたがっているのはワカった。が、義鎮に関して言えば、それはありえないことだな」

「……」


 義鎮公への主人鑑連の評価は極めて低い。が、具体的にはどう低いのか。備中確かめてみん、と一歩踏み込んでみる。


「お、恐れながら」


 無言の鑑連。


「と、殿にとって義鎮公とはどのようなお方でしょうか」


 意外にも、この質問を期待していたようにニヤリと笑った鑑連。曰く、


「まず生意気である。失敬で不遜かつ僭越極まることでも不遠慮にやらかす。が、図太く厚顔だから周囲の迷惑は気にしない。不躾けなのは生まれ持った性質だろう。思えば入田のヤツも手を焼いていたな。簡単に言えば、不埒で図々しいこしゃくな鉄面皮男だ」


 口が悪いなあ、と呆れ聴いていると、


「貴様も備えている悪徳だ。覚えておくように」


と、備中の心臓に悪いことをピシャリと言い放った。



 筑後国、問本城表。


「やあ伯耆守」

「大殿、お久し振りです」


 義鎮と鑑連の面会の為だけに拵えられた陣幕の中で、緊迫した主従の挨拶が交わされた。まずは一安心、と外で控える備中はホッとする。


「佐嘉勢退治にやって来たよ。儂が前線に出れば、皆勇気を絞り出すだろうからね」

「大殿が総指揮を?」

「そうだ。聞けば佐嘉勢は約束に違反して筑前の臼杵勢を追い詰めているという。調子に乗らせてはいかんからな、処罰してくれよう」

「大殿が軍配を?」

「不満かね」

「勝つことができれば何の不満もありません」

「……」


 義鎮公の言葉が止まってしまう。が、鑑連は気にしない様子だ。


「勝てますか」

「伯耆、夜須見山の件は残念だったな。書状ではともかく、直接述べていなかった。戦死者たちの冥福を祈る」


 お、義鎮公もやり返すか。自分と同じように陣外で控える義鎮公の近習と目が合った備中。なんとも気まずい。


「それはどうも。それで、吉弘も臼杵も呼び寄せて、佐嘉勢を攻めるのですか」

「豊後衆を率いて来たが、豊前、筑後の衆も集まって今やこの勢力。それもどうしようかと思ってな。これだけで勝てるとも思えるし」

「大殿、遠い臼杵はともかく吉弘隊は呼び寄せるべきでしょう」

「ああ、もう筑後へ向かっているよ」

「高良山で集合でしたな」

「高良山座主も共に戦ってくれるという、心強い」

「柳川衆はいかがですか」

「えっ」

「筑後川を超えて肥前に入るのであれば、彼らの参加は必須ですが」

「……」


 晴天でも寒さ厳しい冬の日。戦慣れしていない義鎮公なのに戦場へ向かおうとしている。貴人にしては泥臭い頑張りだ、と備中は思うが、鑑連は容赦ない。


「確か、参加を表明しているのではなかったかな」

「いえ、柳川からの回答は渋いと伺っています。なんでも病とか」

「では倅が来るのだろう」

「倅も病とか。ついでに筆頭家老も病のようですな」

「……」

「病だろうが、大友家督のご出陣。参陣しない者には罰を与えねばなりません。例えばこの山の中にいる不埒者とか」

「星野のことか。あれも病という話だが」

「現在、ワシの配下が星野領へ向かっています」

「え!」

「いやなに、お見舞いですよ」

「そ、そうか」


 驚いた義鎮公が汗を拭う仕草が伝わってくる。無論備中は、精鋭を率いた安東隊が星野勢を痛めつけに向かったことを知っている。攻めれば防戦に立つのだから、お見舞いと言えないこともない。


「今や佐嘉勢は肥前でも指折りの勢力。ご油断めさらぬよう」

「油断などしておらん」

「それならば、大殿が命令を隈なく下郎どもへ伝えるべき役目、必要でしょう」

「副将格ということか」

「御意」

「はっはっはっ、伯耆守」


 義鎮公が笑った。鑑連がよくやる嗤いとは非なるものだし、乾笑いのようにも聞こえる。


「儂を誰だと思っている。九州探題にして六カ国太守の大友家督だぞ……兵どもへの号令位副将の助けなくとも」


 もしかしたら、気分を害してしまっているのかもしれない。


「そう言えば田原民部殿をお連れにはならなかったようで」

「……吉岡の具合が優れないからな。その代理として残さざるを得なかったのだ」


 これにも気分を害している恐れあり。


「では誰が、大殿の側近くで補佐を?」

「必要ない」

「あの毛利元就も倅どもに任せて、自分自身が前線にでることはありませんでしたが」

「必要ない」

「かの武田信玄も、側近を置いていると聞きます」

「必要……ない」

「かく言うワシも、由布美作を我が隊不動の副将にして、二十年近くです」

「ひ、必要ない」

「左様ですか。ですが気が変わりましたら田原民部殿でも補佐に置かれるがよろしい。なんならワシでも結構ですが」

「……考えておこう」

「では集結地点でまた」


 もはや明らかに気分を害していた義鎮公。踵を返し退出した。備中も府内で目にして以来、久々に国家大友の指導者を見る。色々問題はあるようだが、極め付けの貴人らしい風格を備えた人物であった。


 陣に入った備中へ、鑑連曰く、


「準備が出来次第、高良山へ向かうぞ」

「はっ!」


 鑑連も義鎮公に従って出陣するのは間違いないようで、備中、何よりと安心するのであった。

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