第167衝 抗議の鑑連

 戸次隊、筑前国夜須郡に到着した。昨年の秋に、秋月勢に追い出されて以来、一年振りのことであった。


 正面を見据えて進軍を続ける鑑連の姿を横目で観察する備中。主人の心にも、感慨深い思いが去来しているに違いない、と、戦場で倒れた仲間達のことを思う。その無念を晴らす時が、ようやくやってきた。


「……斎藤隊からの連絡です。夜須見山周辺の秋月の陣地は尽く焼き払った、とのことです」

「古処山城に属する村もか」

「……村もです。家を追われた百姓達は、古処山に避難しているとのこと」

「クックックッ、秋月次男坊が吉弘と臼杵の隊を使ってワシらにしでかしたこと、そっくりそのまま返してやらねばな」


 それはつまり、戸次叔父に戸次弟、十時が討ち死にしたあの悲劇と同じ事象を、古処山でも起こそうというものだろう。前回も嘉麻郡を焼き払い似たようなことをしているが、秋月領の戦後統治を考えて、地域の民衆には手を出さなかった。それが今回は全く異なり、鑑連は復讐者としてやってきた、ということだ。主人の笑いに怯えながら、備中も報告を入れる。


「殿、斎藤隊は千手の地にて小石原川を渡りました。我らと合流するため、彼らに一時停止の指示を出しますか」


 備中は鑑連が停止の指示をだすものと思っていたが、それが無い。ここでも、


「今回は吉岡の長い手も伸びて来ない。斎藤隊、というより筑後勢には好きなようにやらせてやるとしよう」

「……」

「なんだ」

「い、いえ。かしこまりました」


 やはり今回、鑑連は秋月の地を灰燼に帰するつもりである、との確信に至った森下備中。だが、備中自身にそれを阻止する動機もない。数多くの仲間を失った戦いであれば尚のこと。



 古処山城の包囲体制が敷かれてしばらく、鑑連の見立て通り筑後勢はなかなか健闘する。これを見て感心する備中。


「斎藤様は戦上手な方ですね」


 だが渋い鑑連。


「どこが上手なんだ」

「え、その、あの、て、敵を押し返しています」

「ふん、特段の戦術を駆使する余地などない。筑後勢に公平な戦闘機会を与える程度で十分なのだ。こんなことは誰だってできる」

「……はっ」


 とはいうものの、斎藤隊が担当している戦線には何の心配もないようであった。対する戸次隊の側は、当初から苛烈な攻撃となった。恨みがあるから当然であり、小手調べに、と出撃してきた敵勢を、戸次隊の損害は全くないままに、徹底的な迎撃に成功した。


「備中、戦上手とはこういうことを言うのだ」


 ワカったか、という表情で備中を見下す鑑連に、文系武士の下郎は感服するしかない。


 本陣にて鑑連は上機嫌に軍配を掲げて勝利を祝福する。陣に戻ってきた安東肩を弾ませて曰く、


「秋月勢、もはや精強ではありません。見れば兵ども飢えており、武具も更新されていない様子です」

「そうだな。昨年に比べると鉄砲の音もしないようだ。矢はどうか」

「はっ!飛び道具は減っている模様です。一年前のあの日から、夜須郡、上座郡の焦土化を続けてきた成果があったというものです!」


 満足げに頷く鑑連に、安東は一歩踏み込んで進言する。


「恐れながら申し上げます。力で攻めればこの城、存外簡単に陥とせると愚考します」


 鑑連は由布を見る。由布は無言で頷いた。そのための準備はできている、ということだ。


「よし、ではこの山城一気に抜くぞ。先鋒は安東だ」

「あ、ありがたき幸せにございます!親繁様、鑑方様、同僚十時に我が嫡男の仇打ち、成し遂げてご覧に入れます!」

「そうだな。備中、斎藤へ総攻撃を告げてこい」

「はっ!」

「ここがワシらの本懐を遂げる場所だ!思う存分暴れてこい!」


 総攻撃を前にして、大いに士気が高まる戸次隊であった。備中はすぐさま、斎藤隊へ向けて馬を走らせた。夜が更け、明ける前に戻って来なければならない。


 急ぎに急いで斎藤隊の陣に到着した備中だが、ここで思わぬ対応を受ける。


「ええっ!そんなバカな!」

「それはこちらの台詞だ。どうなっているのだ」

「し、しかし」

「戸次様からの指令はしかと承った。だが、こういう指令が別に来ている以上、我らが総攻撃を行うわけにはいかない」

「斎藤様、その儀を改めるのはまた後日にして頂き、ここは取り敢えず主人鑑連を助けていただく訳には参りませんか」

「お使者。それは無理だ」

「そんな」

「ああ、そうだ。私にこの指令を持ってきた宗麟様からの使者殿はすぐに戸次様の陣に向かうと言っていた。そなたも一度、戻って確認した方がよいのではないかな」

「……」

「どうかね」

「……はっ」


 急いで馬を奔らせる備中。一体どういうことだろうか。国家大友はまた直前で好機を見過ごすのだろうか。それを告げてきた、初めて面会した斎藤に悪い印象を持ちながら、備中はとにかく急いだ。それが主人鑑連の判断を助けることになるはず、より良い明日に繋がると信じて。


 本陣の前で馬から飛び降り、陣に駆け込んだ備中。そこでは鑑連と、斎藤殿が言及していた大友家のお使者が対峙していた。恐ろしい緊張感がほとばしっている。


 無口な由布は暗い表情をし、安東は怒りで顔を真っ赤にさせていた。そこに悪鬼面の鑑連が使者へ向かって抗議を叩きつけている。


「これは好機なのだぞ!」

「筑前平定の好機!」

「これを失って、どうして筑前を大友のものにできるというのか!」

「ワシら戸次家は秋月どもに大いなる恨みがある!」

「それを晴らさせないとは如何なる考えによってか!」

「一体全体、臼杵の城では何が起こっている!」

「この弱腰、天下が見るぞ!そうすれば安芸勢は今度こそ全軍をあげて筑前に侵入してくる!」

「高橋が裏切った!秋月が裏切った!立花が裏切った!ここでワシが軍配を振るだけで、裏切り者は残る一人だけになる!」

「それを義鎮は理解しているのか!」

「義鎮は何を考えている!」


 怒涛の異議を受けた使者はその都度、大きな笑声を上げた。


「はっはっはっ!」

「はっはっはっ!」

「ははっ、はっはっはっ!」


 それは実に不愉快で懐かしい、咒師石宗のものであった。

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