第166衝 接見の鑑連

 夏の暑さが体に堪え始める季節。大友方による立花山城の防衛は完全に成功した。


「みな、良くやってくれた」

「はっ!」


 由布、安東といった歴戦の将たちを賞賛する鑑連。


「この地への滞在は春から数えて四ヶ月目になるが、最重要拠点である立花山城周辺の平定、これはワシら戸次隊の活躍により成った」


 物凄い自信だが、今回それを否定できる者はさすがにいないだろう。


「これでようやく、秋月を攻め殺すことができる!」

「殿!」

「待ちかねておりました!」


 幹部達が一斉に喜びの声を上げる。安東に至っては、死んだ十時や息子を思ってか涙を流している。


「すでに斎藤隊が古処山までの道を掃除している。つまり、焼討ちと略奪だ。秋月の次男坊は飢えに怯えながら、ワシらと対峙せねばならん。片やワシらは英気を養いながら速度と覚悟を持って、つまり万全の体制で古処山城に突入する!」


 鑑連がそう高言し勢いよく立ち上がると、幹部衆一斉に身を正した。


「夜須見山で死んだ同胞の仇だ!秋月勢を皆殺しにするぞ!」




「そう言えば、小野様はお戻りにはならないのですか」


 立花山城を奪還してから、小野甥の姿は戸次隊には無い。


「ワシと吉弘の間を繋がせている。それこそヤツの使命のようなものだ」

「ですが、小野様は殿のなさりように批判的でもありますが……」


 つまり、小野甥を信じきることができたのですね、という祝福の言葉であったが、


「貴様はあれに何度か救われているはずだが、理解が足りていないな。あれはワシのためでもなく、吉弘のためでもなく、もっと言えば義鎮のためでもない。国家大友のために動く」


 だから安心だと言うのだろうか。国家大友と鑑連の利害が不一致の場合、小野甥はどうするのだろうか。だが、そんな仮定を戦の前に口にしても仕方がない。備中は口を閉ざすことにした。



 筑前国、有智山城表(現福岡県大宰府市)


 北から城に近づく戸次隊は、南から城を目指す隊を確認する。


「と、殿!ぐ、ぐ、軍勢です」

「馬鹿、慌てるな。あれは義鎮が送り込んできた援軍のようだが」

「えっ?では援軍ですね!

「 ……」

「よ、良かった。良かったですね」

「どこが良いんだ」

「い、いや、その」

「援軍の知らせを、ワシは何も聞いて良いないぞ」

「ええ!?」

「つまりワシを助けに来たわけでは無いということだ」

「そんな」

「吉弘が要請したのか?」

「ど、どうでしょうか。それなら吉弘様の元に居る小野様もご存知無かった、ということになりはしませんか」

「そうなるな」

「……」


 小野甥が援軍情報を知っていて、鑑連に知らせないとは、あの若武者のこれまでの行動からは考えられないことである。そこに由布が報告に来た。


「……申し上げます。あの隊は吉岡家と田原家の武士達のようです」

「田原?田原常陸が来ているのか?」

「……いえ、田原民部様による編成を、田原常陸様の御家来が率いているとのこと」

「ほう」


 意地の悪い笑みを浮かべる鑑連。


「……なお、吉岡隊は鑑興様ご統率です」

「妖怪ジジイの倅か」

「……はっ。差し当たって田原隊の隊長が面会を求めてきています」

「田原隊が上位なのか?」

「……いいえ、そういう取決めはないようです」

「ワカった。部隊には小休止を与える。だが高橋勢の篭る巣は目の前だ。警戒は怠るな」

「……御意」



「あっ、森下殿」


 それは豊前撤退戦を共に過ごした田原家の武士であった。懐かしい顔である。


「これは久しぶり。元気そうで何よりだ」


 備中も笑顔になるが、相手は他家の隊長だ。片膝ついてから喜びを伝える。


「はい、まさかこんな所で再会できるとは、思ってもみませんでした」


 田原武士は鑑連に向き直って曰く、


「戸次様。今回、宗麟様の命令により田原隊を率いて参りました」

「遠路ご苦労」

「はっ。此度の戦、戸次様の御武勲を豊後では知らぬ者、おりません」


 田原武士のその言葉に、素直に喜びの笑みを浮かべる鑑連。やはり、主人鑑連と田原常陸の相性は悪くないはず、と独り合点を付ける森下備中。


「質問がある」

「はっ」

「そなたは田原常陸殿、田原民部殿、どちらの代理人なのかね」

「……はっ。形の上では我が主人田原常陸介の代理人ですが、この度の隊の編成は田原民部様によるものです」

「では両方の代理人であるということか」

「そのようなことにございます」


 相変わらず聞きにくいことをスパッと聞いてしまう厚顔さには辟易する備中だが、真の情報収集とはこのように行うべきなのかも、とも思う。


「ではもう一つ。田原常陸殿と田原民部殿の利害が不一致の時は、どちらの代理人となるのかね」

「戸次様、そのような事はあろうはずがありません」

「そうかな」

「はい」

「本当に?」

「はい」

「……」

「……」

「クックックッ」


 田原武士は困惑を隠しつつ、同時に言葉を選んで口を開いている。それだけでワカる。彼は田原常陸を真の主人とみて、その立場を悪化させないよう配慮しているのだ。鑑連もそれ以上の質問は無意味と判断したようで、


「ワカった。この城、宝満山城に最も近い城だ。後日、吉弘も臼杵もやって来るだろう。主人の名誉のためにも大いに頑張ることだ」

「はっ!」


と、田原武士の勇気に一定の評価を与えるとでも言うような言葉で会談を締めた。



「次は妖怪の倅だな」

「はっ」

「……」

「……」

「来ないな」

「はい……」


 田原武士が戸次隊が簡易的に築いた陣を去ってからそれなりの時間が経ったのに、吉岡の息子はまだ訪ねて来ない。備中、鑑連の前でうっかり独り言ちる。


「これはもしや……」

「なんだ」

「あ、いえ、その」

「あちらからは挨拶に来ないつもりか」

「お、恐らくは」

「それならば会う必要もあるまい。進軍を開始しよう」

「よ、よろしいのですか」

「目下の者が挨拶に来ないというだけでも、大問題だがな。今は戦時中だから、ここでそれを指摘するのは避けてやろう」

「しかし何故、挨拶に来ないのでしょうか」

「田原の家臣は常陸介の意を汲んで、いの一番にやって来たのだろう。妖怪の倅もきっと同じだな」

「では、それが吉岡様の意、ということですか」

「いや、義鎮の意ではないかな。ワシも随分と嫌われたものだな。クックックッ」

「しかし、吉岡家にとって褒められるものではないように思いますが……」

「まあ妖怪の倅はイヌの一匹だった、ということだ」


 鑑連は論ずる必要なし、とそれで吉岡の息子に関する話題を打ち切った。


 こうして、戸次隊は秋月の地へ向けて進軍を開始した。備中は背後に遠ざかる有智山城を見て、意欲や野心を司るだろう人の器量の差を思い知るのであった。


「倅がこれでは、老境の吉岡様も憂鬱になるだろうなあ」


 備中は馬を繰りながら、老中筆頭吉岡の時代は終わりつつある、そう感じずにはいられずにいた。

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