第165衝 甘心の鑑連
残党と勝軍では士気の質も異なるはず。それに、恐らくは責任感で戦場へ戻ってきた敵勢に比べ、野心むき出しの鑑連の側が決断、目的、意志の面においても優っていたのは当然のことなのだろう。
立花山城を巡る第二戦目は、鑑連の計画通りに万事進んだ。
籠城側主力である城東側を攻め、敵備中勢と激突した安東隊は、勢いそのままに敵中に切り込むのではなく、敵を半包囲する。
「よし!広がれ!」
立花山城の東は犬鳴の山が迫ってきており隘路になっている。安東がこじ開けたこの道を、由布隊が全速で進み、その後に鑑連本隊も続く。主人に付き馬を繰る備中の目は嬉々とした表情で敵を圧倒する安東の姿を確認していたが、すぐに見えなくなった。それほどの疾さで進軍している。
隘路を抜けると、城の南側に出る。ここには立花殿籠城前に高橋鑑種が斡旋し送り込んだ筑前衆の残兵が布陣しているが、数は少ない。隊を二分し数に勝る由布隊の攻めは正攻法で十分だった。瞬く間に敵を撃破した由布隊は、見事に敵将の首を打ち取る功績をあげる。
「申し上げます!由布様、敵将衛藤尾張守を討ち取りました!」
「よーし、よくやった。では、予定通りここに陣を張るぞ」
陣を中心に索敵迎撃を行うということだ。手際よく張られた陣には、杏葉紋の陣旗が威勢良く掲げられる。
「おお……」
文系武士の備中にはこの種の手際の良さを感心する癖がある。
「おい、邪魔だぞ。どいていろ」
非力な備中は速度と熟練が求められる設営に際してやることがない。だが、喜びで心が満たされていた。自分の提言がこの攻撃の一助になっていることもあり、鑑連への忠誠が高まっていく。必要とされるということは、こうも胸高まるのだ。
由布が戻り、鑑連へ報告する。
「……安東隊より報告です。敵の陣の破壊に成功、敵備中勢は逃走を開始。残念ながら、敵将の行方は不明です」
「上々だ。今度こそ、この連中は祖国の備中へ逃げ帰るだろうよ」
「殿、全てご計画の通りにすすみましたね!」
鑑連の成功におべんちゃらを言いたくて仕方がない森下備中。主人鑑連、珍しく一瞬笑顔で反応しようとしたが、
「まだ油断するな」
と表情固く言い直した。だが、戦争の帰趨が決したのは明らかなようだ。時と共に戦場故に張り詰めた空気の陣内に安心感が広まって行く。
だから、そこに臼杵隊からの早馬が飛び込んできたので、みなうんざりしたが、
「申し上げます!当方が攻める原田勢、城攻めを諦めました!ですが」
「苦戦しているのだろう」
と鑑連は鋭い一言にて、使者から一瞬で言葉を奪い去った。原田勢の健闘と言うより臼杵勢の苦戦の報に険しい顔をする幹部連を余所に、鑑連ただ一人は楽しげである。小さな間の後、使者は声を絞り出して曰く、
「は、原田勢撃破にご助力を賜りたく!」
「いいだろう」
この呆気ない快諾に声を失う一同。
「すぐに駆けつけると臼杵に伝えろ」
「はっ!」
使者が喜び足で去った後、鑑連は由布との打ち合わせに入った。横で聞いている備中は、鑑連が支援のために兵の八割をも動かすと聞き、その鷹揚さに驚いた。鑑連の他罰的な精神からは考えられない。が、そんな鑑連も由布にはうっかりとか、真意を伝える。
「夜須見山に加えて、ここでも吉弘や臼杵に恩を着せることが出来れば、と考えている」
「……承知いたしました。必ずや、ご期待に応えます」
「ああ、頼んだぞ」
「……では。備中、後は任せた」
由布が何を自分に任せたのか、良くワカらなかった備中だが、
「さて、右筆業の時間だ」
と鑑連から次の仕事が与えられた。
「立花山城についてはこれでケリが付くだろう。吉弘も、城を譲らんとは言うまい」
「はっ」
「つまりは、高橋勢、秋月勢を再攻撃する好機の到来というワケだ」
「ワ、ワカります。反大友勢が敗れた今、秋月次男坊も落ち込んで、降伏するかもしれない、ということですね」
「そうだ。よって、南に展開中の斎藤隊へ指示を出す。間に合えば、橋爪、朽網にもな。ヤツらに古処山に至るまでの露払いをさせるのだ。今なら、この筑前筑後において、ワシの命令に逆らうものはいないだろうからな。クックックッ!」
「そ、それは秋月が、でしょうか。さ、斎藤様らが、で」
「たわけ!両方に決まっているだろうが!クックックッ!」
笑いが止まらぬ様子の鑑連。まだ臼杵隊と原田勢の戦いの決着も付いていないのに、勝った気になっていていいのだろうか。しかし、由布が戸次隊の大半を持って向かった以上、勝利は間違いないのだろう。
「だが斎藤を動かすにしても保証が欲しい」
「保証ですか」
「貴様の頭で理解しやすく言い直せば、脅迫のネタだ、ワカるか?」
「は、はっ」
「ワシはその情報を掴んでいる。よって、それを斎藤に伝える。すなわち」
すなわちそれは、先般斎藤自身が打倒した筑紫勢の生き残りを、同情を示してか密かに保護していることをワシは知っている。また、それに娘を娶せようとしていることも知っている。万事上手く取り計らってやるから、ワシの指示に従い、秋月の地へ直ちに襲いかかれ、とのことで、口述内容の余りの酷さに眩暈を起こした備中であった。
「で、で、出来上がりました」
鑑連に書状を渡し、検認を受ける。
「文章が固い。その割に冗長だ。それにおい、貴様字が汚くなったぞ」
「も、申し訳……」
「まあ今回は時間が無いからこれで勘弁してやろう。橋爪、朽網へも文章を送るぞ。こちらは脅迫の必要は無い」
「よ、よろしいのですか?殿の期待通り動いてくれない場合は……」
「この二人は戦下手だからな。こんな時で無ければ声を掛けたりはせん。斎藤がしくじった時の保険だよ」
「な、なるほど」
「クックックッ!」
筆を走らせながら備中、由布はこれを見通していたのか。とすれば、鑑連と由布は一心同体に限りなく近い間柄なのか、とこれまた僅かに胸に痛む嫉みを自覚するとともに、自身もまた主人鑑連ほどではないが、褒められた人格の持ち主では無い、と独り苦笑するのであった。
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