第164衝 頭捻の鑑連
立花山城の北東辺りから戦場を臨む鑑連。戦場を見て呟く。
「ほうこれは……敵は西と東から城を囲んでいるのか。敗残兵の割には気の利いたことをするな」
感心する鑑連に、情報収集をしていた備中が驚いたように報告する。
「とと殿、城の南にも敵兵が陣を張っているそうで、合わせて数千の規模です。西から攻める隊には原田勢もいるようです」
「原田勢。なら確実に西から来たな。チッ、臼杵は何をやっている」
不愉快満点で舌打ちの鑑連でなくとも、臼杵弟の動きと勘の悪さには残念になる。肥筑の名門原田家といっても、大した勢力を持ち得ないのに、敵の転進をみすみす見逃すばかり。色々と後手に回ってしまっているのは疑いようがない。
鑑連、さらに戦場観察を進める。
「東から攻めるあの三つ巴の旗指物の隊、あれは噂の備中勢だな。大した勇気だ。関門海峡を渡って逃げ帰ればよかったものを」
「……敵に勢いがあるとはいえ、我が方の兵力で半包囲すれば、勝負は容易に決します」
立花殿に対する勝利の後に再編成を行った由布自慢の戸次隊が、真価を発揮したがっているようであったが、鑑連はまだ観察中。そんな主人の周到さを備中は観察する。
「志賀隊は戻らんな」
「恐らくは、もう筑後国内に」
「吉弘自身はどこだ」
「報告によれば立花山城内で防衛の指揮を」
「ふん、城主気取りが」
果敢に毒づく主人の声の階調が上がった気がしたのは備中だけだったか。
「城外の吉弘勢がまともに動かねば、さすがに包囲の包囲は難しいな」
総合的な力、つまり兵力や兵糧、といった者では優位に立つが、確実に優勢とはまだ言い難い状況にあると鑑連は判断しているようだった。
「申し上げます!臼杵隊が博多の方角から急ぎ戻ってきております!」
「マヌケの兵数は」
「内田様の情報によれば、半数ほどということです!」
「クックックッ、戦下手め。今この時に兵を割るとは、志摩郡一つまともに抑えることもできんようだ」
「……」
無言で鑑連の悪鬼笑いを聞き、命令に備えている戸次武士達。
「クックックッ」
「殿、お下知あれば直ぐにでも、あの三つ巴の隊を蹴散らしてご覧に入れます。相手が備中の兵という事ならば、倒せば戸次隊の有名、天下に響きます」
一向に進軍を命じない鑑連。勇敢な安東が積極性を示すが、それでも鑑連は下知をしない。
「まあ待て……おい備中、来い」
「え、あ、は、はっ!」
戦さ前に備中に諮問をする鑑連を幹部達は感心を持って見つめる。備中が隣まで馬を進めると、鑑連はやや低声に話し始めた。
「この敵勢の目標が何か、思いつくか?」
「ええと……原田勢主導の、時間稼ぎでしょうか。臼杵勢に攻められ、さらに佐嘉勢に攻められている。どちらかを遠ざけねば、と」
「それも考えた」
ということは、納得できない何かがあるということだろう。鑑連にしては珍しく、幹部連からもう一歩離れて小声で曰く、
「秋月の偽情報、例えばそんなものに踊らされているのでは、とワシは考えている」
「は、原田勢がですか」
「場合によっては、安芸勢もだ」
その仮説を頭の中で組み立ててみる備中。その是非について、自分の情報量でワカるはずがない。鑑連が求めているのは、よって仮設への賛否ではなく、その上での意見だ。そんなことを考えていると、一つの筋が通った次の仮説が備中脳裏に浮かんだ。
「それであれば、この城攻めは、彼ら生き残った残党たちにとって、残酷な悲劇になるに違いありません」
「何故そう思う」
「反大友家の援軍は来ないのでは。あるいは間に合わないというか」
備中の意見に対してニヤリと笑った鑑連。続けて曰く、
「もう一つ。このまま行けばワシはここで吉弘を助けることになりそうだが、奴の権勢上昇に余計な力を貸しすぎることにはなりはしないか」
備中は主人のこの疑念を即座に否定してみせる。
「殿、吉弘様は良い方です。ま、前にも何度か申し上げましたが、それでもきっと吉弘様は殿の利益になる働きをなさってくれるに違いない、と、か、考えます」
「吉弘がねえ」
この件で何度か主人から脅されている備中、それを思い出し吃ってしまう。
「立花山城を明け渡さん、と大見得切った時のヤツの顔、それは痛々しかった。相変わらず感情は出さんが、怒りや恐れの色が混ざっていて、不安定なヤツの心を写しだしていた」
「殿と義鎮公の間でお苦しみなのでしょう」
「貴様、立花が死んだあとは吉弘に懸想するのか?」
鑑連の批判がビリっと内臓に来た備中。そんな気が全くないとは言えず、勢いでそれをごまかす。
「と、という理由から、ここは攻めるべきです。敵を攻めて攻めて、立花山城の吉弘様をお救いしましょう。そうして、吉弘様を殿の与力にしてしまうのです……田原常陸様を慕う橋爪様のように」
「ふん」
鑑連は背後で命令を待つ幹部連を振り返って、
「吉弘を橋爪化できるかはともかく、それしか選択はないな」
と芯が通った大声で聞こえるように、
「吉弘を救援する」
「はっ!」
由布、安東に代表される戸次武士達が待ちかねたように返事を返した。
「隊を二つに分ける」
「えっ、げふんげふん」
「ほう備中、ワシの戦術に補足があるのかね」
「い、いいえ。ちょっとむせまして……」
さっき臼杵勢が軍を分けていたことを批判していたのに、と主人はもしかしたらちゃらんぽらんなのかもしれない、とうっかり声が漏れた備中。必死にごまかす。
「由布、安東、二人がそれぞれを指揮する。由布は城の南へ、安東は東へ。安東」
「はっ」
一歩前に出て片膝つく勇将は、自信に満ちた表情だ。嫡男の死を乗り越えたように、備中には見える。
「ワシの考えていることがワカるか?」
「はい!早々に、備中勢を戦場から追い払ってご覧に入れます」
「うむ」
満足そうに頷く鑑連。備中には戦術のことはさっぱりだったから、隊を二つに分けることも、きっと鑑連なりの確信があってのことなのだ、とどんな時も主人を信じてついて行くよう努めよう、と心を改める文系武士。
それでも主人を信じきることには常に不安を感じる備中。そもそも吉弘との関係が上手くいっていれば、こんな救出作戦をする必要もなかったのではないか、との考えが消えないからだ。だが、こうなることを予期していた節もある。
「色々なものを獲ようとして、殿は様々なものを犠牲にしているのだろうが……」
そんなことを考えている間に、戸次隊は進軍を開始。立花山城を包囲する敵に向かっていった。
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