第163衝 練進の鑑連

 奪回成った立花山城を吉弘に預けざるを得ない鑑連は、筑前志摩郡の騒乱の収拾を臼杵弟に委ねざるを得ない鑑連でもある。自身は野心を豊前へ向け、進軍を開始した。


 進軍といっても、豊前方面に主敵がいるわけではない。謀反などというふざけた真似をこれ以上許さないための示威行動である。当然、宗像領を通るが、


「宗像勢は合戦には応じないでしょう。奇襲と離脱を繰り返し、侵入者の士気を挫く作戦です」


 そう進言するのはこの方面における戸次家の尖兵である薦野だ。小野甥と同じくまだ若い武者だが、溌剌としており、優秀な武士である。鑑連は楽しそうに指示を出す。


「薦野増時、ワシらはどうするのが良いと思うかね」

「焼討ちの繰り返し。宗像大宮司に加担すればどうなるか、思い知らせるのが有効です」

「よろしい。徹底的にやるように」

「はっ」

「対宗像勢に関すること、残念ながら海の事については手がだせん。船がないからな。だからせめて陸では盛大にやるべきだ。そなたの作戦を全て認める。責任はワシにのみ負うということでな」

「はっ、ありがたき幸せ!では!」


 鑑連と小野甥は微妙に馬が合わないようだが、筑前田舎土豪の一人でしかない薦野とはバッチリのようである。今や古参の一人である備中は、ちょっぴり妬ましい気持ちを抱く。


 が、薦野の作戦を見るや、そんな小さな感情は吹き飛んでしまう。その焼討ち略奪は徹底しており、田畑を焼かれた民草衆らが嘆き声、家を焼かれた女子供の泣き叫びがこだまする。この容赦無さは、進軍する側の武士たちを感心させ、文系武士の備中を震え上がらせた。


 この有様故に宗像勢の襲撃も無く、筑前鞍手郡を易々と横断して豊前田川郡に入った戸次隊。この辺りは両国の境だ。


「クックックッ!」


 大友軍中では吉弘との衝突が煩わしいが、地方の土豪らは、立花山城の戦いの真の勝利者が戸次鑑連であることを噂で聞き、よく承知していた。戸次隊が威圧するまでもなく、彼らは鑑連の下へ馳せ参じ、勝利を祝って兵糧物資の提供を買って出てきた。さらに、彼らはまだ鑑連と吉弘の確執も知らず、ならば当然、鑑連の機嫌が悪いはずがない。比較的柔らかく、地元の名士の対応をする大将鑑連である。


「香春岳城を破却して三年、いや四年かな。民百姓は不安に思っているかね」


 その坊主は答える。


「この辺りは無敗将軍である戸次様の威光が轟いていますので、安心です」

「そうかそうか」

「秋月勢に大敗した吉弘様が立花山城に入られたとのこと、つまりは戸次様がこちらを見てくださると、当興国寺の荘民一同頼もしい気持ちで喜んでいます」


 なるほど。夜須見山の大敗を吉弘のせいにすれば、鑑連は確かに無敗でいられるな、と妙に納得しニヤニヤする備中。


「田北大和守はそなたらに迷惑をかけていないかね」

「はい。それどころか寺の塀の修繕のための資金を頂戴するなど、申し訳ないことです」

「ほう」


 田原常陸に代わって豊前の守備に入り、この時は豊前海岸を見回っていたという田北大和守の評判は上々の様子である。鑑連が席を外した時、下郎の備中からも坊主に質問してみても、


「他の郡について、何か噂などありますか」

「そうですね。正直、田原常陸様が豊後にお戻りになられて心配もあったのですが、あの宇佐宮も京都郡の武者らも騒動を起こさなかったので、逆の意味でおやと思ったものです。豊前はついに平和になり、田原常陸様もご本国でのんびりなさることができるのでしょう」


 どうやら人の良い様子の坊主は正直な市井の意見を述べているようであった。備中は戻ってきた鑑連にそれを伝えると、


「腐っても鯛ということか」


 これを、さすがは前の老中筆頭の息子だな、という意味にとった備中、大友領内の重臣間の感情の行き来に嬉しくなった。


「どうやら今の豊前でワシがやることは巡回以外には無い様だ」

「田北様とお会いになりますか」

「その時間は無かろう。書状を送る」


 急ぎの案件が他にあったかなと備中が首を捻っていると、そこに早馬が飛び込んできた。臼杵隊所属の内田からの使者で、狼狽しきりに曰く、


「申し上げます!立花山城に敵残党が迫り、攻城を始めています!恐らく城の再奪取を狙ったもので、内田様は急ぎ総大将にお伝えせよ、と私を送り出しました!」

「残党の数は」

「さほどは多くないようにございます」

「ワカった。ワシらはすぐに立花山城へ取って返すと内田に伝えろ」

「はっ、では!」


 使者が弾丸のように出て行くとともに、鑑連も指示を出し始めた。


「さあ休暇は終わりだ、立花山城主吉弘殿の迎撃の手腕をとくと拝見するとしようか!」


 豊前行は休暇だったのか、と驚く備中だが、戦場の中心から離れて穏やかな数日であったのも間違いないところ。休暇に別れを告げた戸次隊一同は、来た道を引き返し始めた。

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