対 軍団統率権闘争

第162衝 被抜の鑑連

 立花山の麓にある戸次隊の本陣に、由布隊が帰還した。


「……備中か」

「由布様、新宮での戦い、ご苦労な事にございました」

「……そなたもいろいろな」

「はい。それで、立花様は……」

「……」

「……」

「……我らの手にかかるよりは、と最期は腹切って自害された」


 そう言って、首桶を示す由布だった。


「……はっ」


 立花殿の最後に関して、誤報や訂正は無い。それが確定して、備中は寂寥たる風が心を通り抜けるのを感じた。


「……殿は立花山城かな」

「はっ。吉弘様から城を受けとりに、ということです。立花様の死を知って、すぐに城へ立たれました」

「……城の残兵。特に安芸勢に対しては、どのような指示が出ているか」

「臼杵隊、志賀隊に海岸監視を指示されています。立花様を救援するための宗像の船団が向かっている、との情報がありましたので」

「……臼杵隊には内田がいるな。追撃は向うに任せよう。私は部隊の再編成を行う」

「はっ」



「おのれ!」


 由布が首桶を置いて本陣を出て行ってからややあって、緊迫した空気が張り詰めている。怒り狂った鑑連が帰って来たのだ。吉弘との折衝で衝突があったな、と備中は想像を逞しくするが、吉弘から事前に得ていた印象から、意見の不一致は確実に考えられた。大切なことは、どのような不一致か、である。


「吉弘め!明け渡しを拒否とは生意気な!」

「殿、お帰りなさいませ」

「立花は」

「あ、あちらに」


 首桶を向いた備中に構わず、首改を行う鑑連。勇者の標をむんずと掴むと、ズボと標を持ち上げる鑑連。思わず目を背ける備中だが、鑑連はすぐに首も桶も地面に置いた。桶から空気が出入りする音がしたから、間違いないところであった。


「由布、ご苦労だっ……いや、また出たか」

「はっ。部隊の再編成へ向かわれました」

「そうか。備中」


 鑑連に呼ばれて一歩二歩と近づく。


「貴様、吉弘から事前に何か聞いていたか」


 この問いには明確に返答せねばなるまい。


「立花様助命の強いご意志を」

「フン、戦場でそんなものは神仏ですら確約不可能だがな」


 それでも鑑連は納得したようで、悪鬼面のまま吼える。


「なるほど。それで吉弘隊のこの活躍か。あまりに攻勢を仕掛けたため、吉弘隊の犠牲も無視できないものになったようだがな」

「立花様のお命にはそれだけの価値があるとお考えだったのでしょう」

「なぜそう考える事が?裏切者を助命したところで、筑前統治には大した役にも立たん」


 主人からのこの質問に、吉弘との会話について、自身の解釈も交えて明かす備中。それは義鎮公の魂を救うための行いであり……。


「……という事を重視されたそうです。何しろ、吉弘様は義鎮公の御近習ですから」

「チッ、馬鹿馬鹿しい。付き合いきれん」


 悪鬼面から呆れ顔になり撥のような舌打ちをする鑑連に、備中が逆に質問を始める。


「しかし、明け渡しを拒否とは穏やかではありません。立花様の死と立花山城の行く末に関連があったとも思い難く。吉弘様はいかなる論法で……」

「立花山城の奪回が完了し、謀反人の立花が死んだ今、自身は義鎮公の指示に戻るとヌかした」


 鑑連が吉弘の顔面を激突した時の事を思い出した備中。


「と、殿はそれをお認めに」

「認めるワケがあるまい!安芸勢の残党もまだ筑前領内にいるのだぞ!これはワシがヤツの小さな小さな鼻っ柱を叩き潰してやった時の約束に違反する!そう通告してやったわ!」

「そ、それでも義鎮公の指示にお戻りになると」

「安芸勢との戦いになった時に限り、戦術に従うとさ……クックックッ」


 確かに鑑連は激怒していた。が、困ってはいない様子だった。


「し、しかし殿。吉弘様が、お一人の力でこの立花山城を守り抜くことができるでしょうか。謀反勢のみならず、安芸勢も狙ってくるに違いないのでは……」

「ヤツがワシに対して腹を立てているのは理解できた。だがそれはワシも同様だということを思い知らせてやろう」

「と、おっしゃいますと」

「どういう自信があるのか理解できんが、ワシへ助力を乞うようにさせてやる」

「つ、つまり、殿は立花山城から手を引かれるという……」

「貴様にしては冴えているな」


と褒められて、ワカりやすいとは漏らさず苦笑いの森下備中。


「そうだ。この城から手を引く。とりあえずな」


 しかし、鑑連の独立心を知っている備中は嘆かわしく感じ、それを口にする。


「しかし殿。それは余りにも惜しいのではありませんか。この城があればこそ、博多の町も従うのでしょう。その税が殿の手に入れば、筑前の防衛に役立つはずではありませんか」

「ほほう、貴様。立花が死んで、他家へ懸想するのをおしまいにしたのか」

「い、いえ。そのような……」


 そう言えば、主人鑑連は備中が立花殿の最期に接触が合ったことを知っている風であった。物事が上手く行っている間は処罰したりはしないだろうが、と改めて恐ろしさを感じてしまう。


 そこに諸将からの使者が現れた。


「戸次様に申し上げます!北西の海岸に宗像勢の船団が現れました!城の残兵を収容し、離脱を開始しています!」

「チッ、志賀はともかく、もっとも現地に近い臼杵は何をしている」

「臼杵隊志賀隊ともに追撃はしています、一応は、ですが。内田殿の隊が最も追いすがっております」

「申し上げます!」


 さらに別の連絡兵がやって来た。内田隊の兵だった。


「臼杵隊、西へ転進を開始しました!」


 片手で軍配を握りつぶした反動で立ち上がった鑑連。憤慨して叫び、


「追撃はどうした!それに、ワシに挨拶も無しにか!」

「いえ、ここに書状を預かっております。志摩郡での騒動について猶予無く、書状での知らせをお詫びする、とのことです」

「見せてみろ」


 鑑連、臼杵弟の書状に目を走らせる


「向こうは切実だな。原田勢に城を奪われ、さらに佐嘉勢が横暴を極めているとのこと」

「こちらも城が落ち敵将討死により、もう殿の指揮下からは離れる、ということですか」

「そこまで露骨ではないが内田隊を追撃に当たらせる、と書いてある」

「……」


 つまり、形式はともかく、実質的には鑑連の指揮下から離脱する、という事の宣言に他ならない。


 この時、備中は心底主人鑑連が気の毒に思えた。吉弘は義鎮公の指揮下にあり、自身の指揮下にあるはずの臼杵弟も臼杵家担当領域の治安維持のため、こうも簡単に統率から外れてしまう。そしてそれを阻むどのような権限も、鑑連は手にしていないのだ。


 立花山城の奪還という大目標を実に渋い形で収穫する事になったのは、鑑連に甘さがあったためだろうか。吉弘にも、ある意味では臼杵弟にも出し抜かれた形になっている。立花殿を生きて確保できていれば、まだ違う結果になったのかもしれないが。


 そしてこれは、もはや老中筆頭吉岡の仕業でも無い。現行の老中制度と、義鎮公の影響力によるものだ。


 軍配を破壊した姿で立ったまま思考中の主人鑑連の言葉を待つ備中。決断の速い鑑連らしく、すぐさま新方針を決した。


「我が戸次隊は筑前を東に進み、豊前田川郡まで抜ける。安東隊が戻り次第、宗像領を進軍する。逆らう者を焼き払いながらな」

「はっ。内田は如何いたしますか」

「志賀率いる肥後勢は大した役にはたたん。内田単独では追撃にも限界がある。兵を引き、速やかに臼杵隊に合流するよう、ヤツに貴様から直接伝えろ」

「はっ、直ちに」

「内田には特に伝えておけ。お前は臼杵隊に打ち込んだワシのくさびなのだとな」

「承知しました、では!」


 逡巡せずに断固方針を明白にするのは鑑連の美徳である。これにより、戸次隊は高い士気を維持するに違いない、と陣を走り出て、馬に飛び乗りながら納得する備中であった。


「……」


 馬を駈けさせながら備中はぼにゃりと考える。直接内田に伝えろ、とは鑑連の他家で苦労している内田への気遣いに違いない。その優しさ、いつか自分にも向けられるのだろうか、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る