第158衝 選奪の鑑連

 備中の報告、それは言い訳じみていたし、虚構も織り交ぜられていて、聞く者たちをはらはらさせたが、とりあえず言葉は全て受けた鑑連。開口一番、


「取り立てて目新しい情報もなく、ワシは無駄な時間を過ごした気持ちになっている」

「ひっ」

「が、安芸勢の先発隊について、貴様の見解は掘り下げる価値はあるようだ」


 ホッとする備中の側に、小野甥が立って発言をする。


「立花山城に入った毛利方は遠い備中国の兵だという事がワカっています。何故遠い地の兵がわざわざ入ったか?理由は明快で、備中殿ご指摘の通り、立花様の謀反が計算と熟慮による行動ではないためなのでしょう」

「しかし、見過ごすには惜しい、という事か」

「はい。現在、土佐勢が伊予を攻めておりますが、安芸勢は伊予側に立って戦いを行っております。恐らく、こちらに参加していた勢力が、急遽立花山城へ送られたと見て間違いないでしょう」

「つまり雑魚ではない。しかし捨て駒で、安芸勢にとって都合の良い兵どもか」

「まあそうです。激しく攻め立てるよりも、兵糧攻めが最も効果的、という事になります」


 事実、現在の大友方はそのような戦略を選択している。


「立花山に援軍が来る気配はない。近隣で最も強い高橋勢だって、ワシの戦略のために城から出られないのだからな。宗像勢は薦野が押しに押しまくっているし、博多の西でも謀反勢は動けていない……となると、海だな」


 大きく頷く小野甥。それをぼにゃりと眺める備中。


「敵の次なる一手が海路となる可能性は大きいでしょうが、安芸の水軍衆は所詮海賊。利益をちらつかせれば、必ず我が方に与するはずです」

「小野、本国で暇こいている吉岡は、その事を承知しているかな」

「恐らくは、ご存知ないでしょう。ですが、安芸勢との交渉路は未だ健在のはずです」

「吉岡を海賊共に向けて動かせるか」

「はい」

「よし。この件について、貴様に全権を与える。結果を出してみろ……ワシのためにな」

「はっ」


 一切の淀みなく快諾した小野甥の性格はどうなっているのか、訝しみつつも、最近助けられてばかりなり、と小野甥へ頭を下げる備中。


「クックックッ」


 いきなり嗤いはじめた鑑連、


「諸君、立花の誤算はどこにあったと思うか」

「誤算?」

「そうとも。このまま行けば、この城は確実に落ちる。我が陣の大先生の解釈によれば、筑前の民を守るために立花は謀反を起こしたという事だが……」


 備中、いたたまれず首を下げる。


「どういうことか、安芸勢の増援がまるでない。この現象についてワシは、ワシ自身の快速のためだと確信している」


 珍しく由布が発言をする。


「……高橋勢と共同で主導権を握るつもりが、宝満山城は出撃の気配もありません。秋月勢も同様です。立花様にとってはこれも、大いなる誤算であったことでしょう」

「うむ、まあ……そうだ」


 次いで安東も、


「吉弘様からの情報では、田原常陸が去った豊前には田北勢が入ったとのこと。盤石とまでは言えないが、豊前の守備にも大きな穴は開かなかった。これも誤算なのでしょう」

「うむ……」


 戸次隊の主たる勇将二人が鑑連の快速を称賛すらしなかった事を、見逃す鑑連と備中ではなかった。主人の密かな不機嫌を自然に解消させることで、好漢度を稼ごうと備中は策して曰く、


「た、立花様も動きは速かったはずです。密かに安芸勢を手引きし、怒留湯様を襲い、瞬く間に門司から宝満山城までを一本の線で繋いだのですから。これを寸断した殿のお働きは、万人が知るところでしょう」

「……」

「……」


 このおべんちゃら、通るか?緊張の瞬間。


「クックックッ!その通りだ、備中」


 おお、通った!吉弘が国家大友のために抱く希望を先般知った備中。これを好機と、その話題を鑑連に振ってみる。すなわち、主敵は安芸勢であり、立花殿はもはや駒でしかない、ということだ。


「十数年に及ぶ戦乱、安芸勢との決着を付けねばならないでしょう」

「当然だな」


 機嫌よく頷いた鑑連。


「今回、安芸勢から和睦を破っている。それも、将軍家斡旋の和睦をだ。大義名分はこちらにこそあるはずだな」

「毛利元就は和睦を守る気など端からなかったはずです。どの時点で和睦を破るのが一番有効で、効果的か、それを見極めようとしていた……」

「それが、今だったということだな?」

「和睦が破られれば、和睦を推進した人たちは力を失います」

「つまり毛利元就は、ウチの妖怪ジジイにトドメを刺すつもりか」

「そうすれば誰かが代わって指揮を執ることになるでしょう。その役目、決して、田原民部様に渡してはなりません。国家大友のためにも」

「クックックッ。貴様はワシを買っているということか。とりあえずその目は正しいとだけ言っておく」


 ここだ。腕の良い狙撃手の気分で、言葉を発する備中。


「殿ならば無闇な殺生は控えるだろう、という噂もあるようです」

「どういうことだ?」

「あの……ええと、その」

「平定為った後の筑前の在り方についてということか」

「御」

「備中」

「意っ?」


 言葉を割られた備中、自身のしくじりを確信した。


「ワシが当ててやる。そう噂をしているのは、吉弘だろう。自身も老中である臼杵ではありえん。吉弘だな?」

「はっ……はぁ」


 勢いに押されて肯定してしまった。しかし何故ワカったのだろうか。


「吉弘はやはり義鎮めの事を優先しているな。近習精神ここに極まれりだが、それでは国家大友の運命も窮まることになる」


 旧来の統治方法では筑前は安定しない、と鑑連は言っているのだろうが、備中はその話題ではなく、吉弘が立花殿を救おうとしている事をさらに強調する。


「や、やはり吉弘様は義鎮公の親衛隊なのだと思います」

「あれがワシに背くと?」

「い、いえ!殿との約束は守るでしょうが、義鎮公との約束もまた全力で遂げるはずです」

「ワシの命令とそれが対立した時は?」

「それはワカりません」


 次の瞬間、その場で宙を舞う備中。鑑連の足払いにより、地面を失ったためで、したたか背中を打ち付けた。


「あいた!」


 上から鑑連の厳しい声が降ってくる。


「入田、一万田兄弟、菊池殿、小原遠江と背いた連中はみな命を失った。それであれば、立花はもとより高橋も同じ運命を辿るだろう。宿命というヤツだ。吉弘にはご愁傷様だがね。クックックッ!」


 それは善意を泥に沈める、悪意に満ちた嘲笑であった。義憤を覚えた備中は、すかさず反論する。


「佐伯紀伊守様はいかがでしょうか」

「やかましい!他国で居候の身、死んだも同然!」

「皆、生きていれば国家大友のために貢献できた方々ではありませんか!」


 ピタ、と鑑連の動きが止まる。しまった。もう鑑連と諍いを起こしたくない一心の備中、


「と、吉弘様はお考えなのではないかと、はい……」

「……」

「……えへへ」


 阿り、諂い、媚び溢れる精一杯の愛想笑いを示して見せる備中。その効果があったのか、鑑連はそれ以上備中を非難論駁することはなかった。そして、かつてのように露骨に無視されることも無かった。


 これは奇跡だ、と思った備中。由布、安東、小野甥からも無事である事を讃えられた。だが、鑑連の包囲戦略にも一切の変更は見られなかったことから、その提言は無駄だったか、と鑑連不在の場所でため息をつくしかない。



 季節は夏に移った。鑑連によって、小競り合いと兵糧攻めが戦略の中核とされた立花山城包囲戦は三か月目に突入しようとしていた。

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