対 高橋鑑種
第127衝 無構の鑑連
高橋殿が拠点にしていた岩屋城に襲いかかった戸次隊は、瞬く間にこの要衝の城を陥落させた。この速攻を戸次隊に参加しはじめていた他国の武者達は、口々に褒めそやす。
「何という勁さ。山登りを苦にもしていないぜ」
「さすがは無敵の戸次鑑連だな」
「こりゃ高橋殿の運命も決まったかな」
そんな賞賛を背中に感じながら、とは備中の感想だが、士気高き武士たちをさらに鼓舞する鑑連。機嫌良く軍議に臨む。
「岩屋城を落としたが高橋からの降伏は告げられていない。引き続き、宝満山城を攻める!今度はより攻め難い山だが……必ず踏破しろ!」
順調に推移している。陣に居るだけの備中だが、懸念すべき内容を耳にしてしまう。宝満山に進み始める直前に、由布が鑑連に語る。
「……包囲戦に強いとは言えない岩屋城の守りですが、余りにも軽微でした。宝満山城に兵力を結集させる高橋様の作戦かもしれません。残念ながら仔細は不明です」
「仮にそうだとして、戦線を長く維持するためか」
「……まず間違いなく。その狙いは短期的には援軍の到着を期待してのこと。秋月勢が知らせてきた西の筑紫勢については、概ね情報通りでした。これを放置しては、確かに宝満山城を攻める我々の脅威になる恐れがありますが……」
「筑紫勢を待つためだけの籠城とはとても思えん。長期的には安芸勢だな。豊前の動きはどうか。田原常陸からの連絡は?」
「……今のところは何も。門司城からの連絡も異常無しです」
「降伏もせず、堅牢な山城に兵力を集中させている。何かを狙っているに違いないが、ワシらの後背を突く事以外有り得るか、裏切りの気配は?」
「……内田からの連絡では、筑後の諸将にも不穏な点はありません。この戦場に、続々と到着しています」
「では、筑後勢で別働隊を為そう。内田もそろそろ到着する頃かな」
「……先ほど到着したようです。すぐにこちらに来るでしょうが、内田にしては遅いですね」
「よし、筑紫攻めは内田にやらせるぞ。あいつも裏方の仕事が長かったから、たまには軍勢を率いさせてやらんと、すぐ拗ねるからな、クックッ」
鑑連は諸将らには全て順調と示しているだけで、やはり高橋殿の作戦や反撃を警戒している。そんな主人は当然ご機嫌だが、側近くに仕える備中は高橋殿と戦火を交えてしまった事にやり切れなさを感じていた。
ところがそう易々と行かない事態が発生する。鑑連はその話を聞き、噴飯して叫んだ。
「貴様、何をしていたか!」
「申し訳ありません!」
怒りの爆発が止まらない鑑連に、杭を打つように土下座を繰り返す内田。
「貴様に任せていた筑後勢の半数以上を、吉弘の陣へ持って行かれただと!」
「い、いやあ、私も主張したのです!常勝無敗の戸次鑑連様が筑後の諸将をまとめて謀反討伐に行くのだ、と。し、しかし、どうも吉岡様のお使者が周り始めるに至って、みな次々と吉弘様の陣へ行ってしまい……」
「言い訳などよいわ!ワシへの報告が遅れたのは、言い訳をこさえるためか貴様!」
「申し訳ありません!」
見かねた戸次叔父が間に入る。
「そ、それで内田。吉弘隊がまとめた筑後勢はまだ到着していないようだが」
「は、ははっ、吉弘様は斎藤左馬頭様に筑後勢を任せて、筑紫勢攻撃を行う模様……で……す……です」
その刹那、鑑連久々の悪鬼面が現れた。居並ぶ幹部連、みな背筋が凍りつく。
「斎……藤……?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
戸次叔父、戸次弟、由布、安東、十時、内田と皆が沈黙する瞬間を備中は見た。さらに、この場に小野甥がいれば、何と言うかな、とも思う。すると、
「おい備中」
「!」
「斎藤はワシの隊に所属する、という話をワシはしたよな」
久々に話しかけられ嬉しい備中。満面の笑みで応える。
「は、はい!よく覚えております!」
「それが何故だ」
「……」
「何故だ、言え」
「よ、吉岡様が手を回したのでは……」
「何故だ」
「恐らく、意趣返しかと」
「前の寄合でのか」
「は、はい」
「……」
「……」
「おのれ!」
鑑連が懐に手を突っ込んだ瞬間、備中はいの一番に地に伏せる。刹那、幹部連のすぐ横を突風が吹き抜けたようであった。
「うわっ」
「うわっ」
「!」
「ひえっ」
「うおっ」
「ぎゃあ!」
放たれた鉄の扇は幹部連の頬のすぐ近くを、豪速回転で通過していき、また戻り、内田の後頭部から頭を見事に刈り上げて鑑連の手に収まった。
「内田。筑紫勢に斎藤隊の接近をしかと伝えてこい。必ずだぞ!」
「ええ!」
「あ、兄上!いくらなんでもそれは」
戸次弟が食い下がる。利敵行為ではないか、ということだが、
「たわけ!宝満山城包囲の背後を危険に晒すつもりか!斎藤が出るというのなら、筑紫勢と確実にぶつからせてくれよう」
「な、なるほど。しかし斎藤殿は……」
「ワシを裏切ったのだ。自力でなんとかするしかあるまい」
「と、殿。斎藤殿も、う、裏切ったわけでは」
「挨拶一つないではないか!」
と、そこに小野甥が現れた。
「戸次様、吉弘隊がご到着です」
「それで」
一気に不機嫌になった鑑連、義鎮公の手の者には実に手厳しくなった。が小野甥はニッコリと微笑み、爽やかに返す。
「はい。恐らく吉弘様は軍議に臨むおつもりでしょう」
「鑑方、用件を聞いてこい」
「えっ!」
大将が行かなければ、という顔をする戸次弟だが、鑑連は有無を言わさぬ悪鬼面。
「聞こえなかったのか」
「いえ、その……はっ」
苦渋に塗れた表情で、退出する戸次弟。陣の空気は最悪でみな固く口を閉ざしているが、戸次叔父が年長者の責任を果たす気になったよう。
「殿、斎藤隊だけでなく、橋爪、朽網といった諸将も吉弘様の指揮下に入るとすれば、我が陣の兵力は宝満山城を落とすだけの規模を維持できないかもしれません」
これはもっともな意見であったが、
「志賀が斡旋した肥後勢、田原常陸が送り込んでくる豊前勢を充てます」
「しかし、まだこの戦場には姿が見えません。いつ到着するか……」
「由布急がせろ。おい内田、貴様の指揮下に残った筑後勢はどれほどいる」
葬式のような顔をしていた内田、出産報告を聞いた表情に変わり元気よく吼える。
「はい!問註所殿、五条殿は!その他は各本家と不仲の庶流の方々が」
「よし、その連中は見所がある。決して粗略に扱うな。思う存分功績をたてさせてやれ。貴様が統括するのだ」
「はっ!」
「いいか、全員に伝えておく!」
腕をふるって鉄扇を広げた鑑連。恐ろしげな擦音が雷鳴の如く轟いた。平伏する幹部連、備中も己の毛という毛が逆立つ様子を感じた。
「妬み、嫉みは武士の習いとはいえ、この先生きのこるために知力の限りを尽くさねばならないのは、ワシも高橋も同じだ。一同ワシの手足としての働きを示すのだ!ワカったか!」
「はっ!」
返事をするしかない幹部連。
「では宝満山城を攻める!速攻だ!吉岡ジジイの肝引き抜いてやるわ!」
吉岡の謀略で当初の計画が大きく異なってしまったが、それをものともせず高い士気を維持したまま、鑑連は高橋殿の本拠地攻略に取り掛かり始めた。
「……」
そして鑑連は戦闘準備に掛り切りになり、備中に対する諮問会話の復活も一時の奇跡で終わった。人知れず悲しむ森下備中であった。
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