第128衝 違算の鑑連
筑前国、宝満山城(現太宰府市)
吉弘隊の到着と同時に、戸次隊は城攻を開始した。城を囲み始めた武士たちは噂をし合う。
「岩屋城をあれほど速く攻め落とした戸次隊だ。きっとこの城もすぐ落としてしまうだろう」
「高橋殿の後釜には誰が就くのだろうな」
「誰がそうなるにせよ、戸次様の意向が大いに反映される結果になるだろうよ」
戦端が開かれた。山林の間を駆け上る将兵に対して、山の峰から出撃した守備側は弓矢弾丸を飛ばしながら果敢に剣戟を繰り出す。高橋勢は初戦を勝利で飾った戸次隊に対し、互角以上の抵抗を示した。由布が鑑連に戦況報告をする。備中は陣の隅っこでそれを無為に眺めている。
「……申し上げます。先陣の内田隊、安東隊、十時隊、いずれも敵と交戦状態に入っております」
「チッ、岩屋城に比べて敵兵の数が多いようだな。多少時間がかかるかも知れんか」
「御意」
戦況にいささかの不安を感じたらしい戸次叔父。由布と鑑連の会話に割り込む。
「殿、内田隊があまりに突出しすぎておりませんか」
「安東、十時にさらに前進するよう伝えましょう。そうすれば平らになります、というわけだ由布」
「御意」
由布と入れ替わりに、小野甥がやってきた。なんだ、まだいたのか、と冷たく言い放つ鑑連に相変わらずの笑顔を振りまく。
「吉弘様のご指示で、橋爪隊、朽網隊が東の麓から山登りを始めました」
「フン、義鎮のイヌ達が先鋒か。これだから吉弘は戦闘がワカっていない、とワシは常々言っているのだ」
「と言いますと?」
「包囲戦も始まったばかり。あのように急峻な場所は、敵も疲労する戦いの中盤以降に攻めるべきなのだ。まだ早すぎる。守りも堅い」
「なるほど。ところで、もはや高橋殿を詫びさせるには戦いの結果如何次第となったワケですが」
「次第となったワケではない。ワシがそうしたのだ」
鑑連のキツさに表情を変えずに小野甥は続ける。
「悪い知らせです。筑紫勢を攻めていた斎藤隊が、敗退しました。山林の中で挟撃を受けたそうです」
「おお、なんと!」
悲鳴を上げる戸次叔父に対し、あんまりな質問をする鑑連。
「斎藤は死んだか?」
「ご無事です。しかし傘下の筑後勢には死者多数の模様」
幹部連一同、鑑連の顔を眺める。どうやら筑紫勢が伏兵を持って斎藤隊を待ち伏せしていたようだが、事前の情報を得ていたからこその対応ではないか、だとすれば内田に命じた鑑連のせいで被った害ではないのか、と心中の声が顔に出ないようにして。無言で頷く鑑連、小野甥に曰く、
「それで、ワシに援軍の要請かね?」
「いえ、違います」
小野甥は身を正してなにやら発言しはじめた。
「戸次様。私は宗麟様の使者としてこの隊に参りましたが、そのためだけにいるワケではありません。仕える国家大友の勝利に貢献するためにおります」
「ならば、勇ましく戦場に出ればよいだろうに」
「貢献の方法は別にもあります。申し上げます。筑紫隊が斎藤隊の動きを事前に把握していたように、高橋勢も我らの動きをかなり把握しているのは間違いないところです」
「何を馬鹿な……」
否定にかかる戸次叔父を手で制した鑑連。
「内通者がいると?」
「はい」
「根拠は?」
「攻め登った橋爪隊、朽網勢も苦戦していますが、その要因は敵の絶妙に的確な兵力配置にあると考えています」
「たまたまだろう」
やはり頭から否定する戸次叔父。関係者の裏切りを信じたくないのだろう、とその心中を備中推し量る。
「戸次様と吉弘隊が個別に動いている事まで知っている印象です」
「……」
「ではあぶり出しをしよう」
鑑連は目を光らせて、膝を叩いた。
「どのような方法になりますか?」
「高橋がそいつを頼りに戦略を決めているのなら、内通者は下郎ではなかろう。臭うのは問注所、五条、そして秋月だ」
「豊後勢にはいないと?」
「そうだ」
「言い切れますか?」
「豊後発の間者がいるとすれば、ワシを憎む吉岡がその源だ。その妖怪ジジイが頼みにする吉弘が既に来ているのに、ヤツまで一緒に危険へ突き落とすとは考え難い。なら、筑後勢か秋月勢だろう」
戸次叔父、豊後勢の内通者はいないとの鑑連の解釈に対して確かに確かに、と頷き力を得て曰く、
「ならば筑後勢が疑わしいでしょう。開戦まで高橋殿は筑後勢と連絡を絶やさなかった」
「まあ、試してみてからですな、叔父上。それで方法だが、現在臼杵隊も豊後を出てこちらに向かっているらしい。こいつらを餌として使おう」
「餌、ですか」
「ワシら戸次隊は臼杵隊の到着と共に展開している兵を宝満宮のある北へ向ける。高橋勢を西から攻める形になる。よって、臼杵勢としては、今ワシらがいるここから攻める形になり、謀反勢はより多くの敵兵を相手にせねばならなくなり、負担が増す。だが、その時戸次隊が兵を下げたとしたらどうなるかね。そして敵兵がそれを事前に察知できれば、高橋勢は臼杵勢の攻撃を容易に跳ね返すことが出来る」
その悪辣さに声も無い小野甥も含めた一同。
「小野、吉弘の陣にいる秋月勢は僅かな数しかおらんが、例の次男坊の名代として来ているヤツにも伝わるように仕向けろ。臼杵勢到着とともに、戸次隊は兵を集結させるため、そちらからの攻撃は無いだろう、とな。極秘情報としてだ。それが貴様がこの戦場に居て国家大友に奉仕できる数少ない道だと思え」
小野甥は鑑連の性格をかなり正確に把握しているように、備中には見えた。ありがちなしばらくの思考や躊躇を一切見せずに、承知して除けたのである。
「かしこまりました」
「兄上、その、よろしいのでしょうか」
「臼杵勢を餌にすることか」
「はあ」
「これで間者が炙り出されれば、臼杵も泣いて喜ぶだろうよ。義鎮のために働いていようと、老中衆の権威の維持を第一に考えていようとな」
「な、なるほど。ですが、もしも臼杵家の事を第一に考えていたとしたら……」
「きっとワシを殺したくなるほど憎むだろうな。クックックッ、いや、露見した場合の話だがね!」
絶好調の鑑連節に沈黙の幹部連。傍で無言で聞いている備中は、辛辣ではあるが裏切者を炙り出す唯一の方策のかもしれない、と感心するしかなかった。
「殿、臼杵勢、到着しました!」
「よし、ワシらは宝満宮側へ移動する。内田、安東、十時にも合図しろ」
備中の見る所、鑑連の企画した謀略は単純なものであった。故に、絡み取られた人たちは、限られた選択肢の中で動かざるを得ない。
「兄上、兵の集結完了しました!」
「被害は」
「高橋勢は強硬に抵抗をしています。我が方も無傷とはいかず各隊に命を落とした者、何人もおります」
「宝満山に南から立ち入った臼杵隊の事を聞いている」
「はっ、撃退された模様」
「これで決まりだな。高橋はこちらの陣中に裏切者を送り込んでいた。それは秋月勢だった、というワケだ」
「殿のご慧眼、さすがですな!」
「クックックッ、では秋月勢をひっ捕らえにいくか」
「我が隊と吉弘隊の間に位置する臼杵隊の者共の気が立っている様子です。落ち着くまで今しばらくお待ちになられては」
「臼杵め、よほど手痛い攻撃を受けたようだな」
備中は不安を覚えた。決断と行動が速い鑑連にしては、珍しい怠慢のように感じたからだ。すると、小野甥がこれまた珍しく、急ぎ足で陣に入ってきた。
「戸次様、一大事です。臼杵様が手勢を用いて秋月勢を攻撃しました!」
「なんだと!」
「秋月勢数十名の武士ら、皆斬られ、殺された模様!」
さすがに小野甥の顔からいつもの笑顔が消えていた。鑑連は腕を振り上げたものの、体を戦慄かせるだけで、見込み違いを告げた報告によって火が付いた憤怒を持て余すのみであった。
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