第126衝 押開の鑑連

「ああ、この戦役辛いなあ……」


 相変わらずな主人鑑連の徹底した無視により、心が軋み続けている森下備中。今は由布隊における斥候隊の客将といった扱いだが、部署柄故に、面白い情報も入ってくる。


「さっき噂のお使者が、凄い勢いで追い抜いていきましたよ」

「吉良という方だったな。身分貴い方らしいが」

「そう言えばお使者にお付きがいたよ」


 すぐに別の斥候が戻ってきて曰く、


「そのお付き、どうやらお吉岡様の手の者らしいですぜ」

「本当か。なら、しこたま急がせているのは」

「はい、他ならぬお吉岡様でしょう」


 斥候の中で特に端っこい男は嬉しそうに備中を向いて曰く、


「先生」

「は、はい。なんでしょう」

「先生は開戦を望んでいないと聞きましたが……もしかしたら、説得が上首尾に行くかもしれませんよ」

「うーん」

「先生、何をお考えで?」


 この男は何故自分を先生と呼ぶのか、馬鹿にしているか、由布の薫陶が行き届いてるか、どちらかなのだろう、と考えていた備中。信義に答えて回答する。


「えーと、いや、しかし宝満山城はもう目前だし、やはり難しいのかな……」

「では高橋様が開城すれば、万事解決ですな」

「うん、そうだけど……」

「不首尾になりますか?」

「……」


 自分が高橋殿であればどうするだろうか、を考える備中。噂通り、安芸勢が筑前豊前に調略を仕掛けているのであれば、その支援が期待でき、その軍事力を背景に国家大友に逆らうことができる。そう考えている土豪らが、仮に大勢いるのなら……


「だが、和睦成立後、豊前の騒動時には、安芸勢は動かなかった。何故だろう?」

「?」


 ハシハシしているその男は首をひねったが、その魔抜けた善良な顔を見ながら、備中は引き続き考える。その理由は、役者不足だったからではないか。


「豊前の小土豪程度では、安芸勢も幕府との誓いを破る気になれないのに違いない。しかし、高橋様が中心になって、筑紫勢、秋月勢、宗像勢、麻生勢……事によっては立花勢。つまり筑前全土が立ち上がったとしたら」

「さすが先生。おっかないこといいますね」

「はっ」


 どうやら独り言ちてしまっていたらしい。


「い、今のは内緒にしていてね」

「そりゃ構いませんが先生、良い出世話がありますよ」

「えっ?」

「さっき通過していった吉良様御一行を尾けて、宗麟様と高橋様の交渉がどう進むか、いち早く情報を仕入れるんです。それを戸次様にご提示すれば、先生も再びご寵愛されるのでは?」

「ちょ、ちょちょ寵愛って!お稚児じゃあるまいし」

「まあ何でもいいですが、我らは斥候という兵種である以上、そういう役目の果たし方もあるのです。行きませんか?」

「……」



 筑前、宝満山城。


「……」

「先生、どうしました?」

「高橋様が居るのは本当にあちらの岩屋城ではないんですね」

「間違いありません。吉良様御一行も、宝満山城に入っていかれたそうです」

「そうか……」

「どうかしましたか?」

「高橋様は、もう覚悟を決めてしまわれたのかもしれない」

「……それはより深い山の中の城に入った、すなわち籠城の構え、という事ですか」

「多分。前に高橋様が殿を迎えられたのはあちらの城だったし」

「なら決まりでしょうか。高橋様御謀反の確定を出して、鑑連様にご報告すれば、復帰は約束されたようなものですぜ」


 悪い斥候だなあ、と訝しむ森下備中。しかし、見張りに見つからないよう、城門が見える位置にまで歩みを進めているのだから、備中にとっては頼りにできる兵士ではあった。


「あ、お使者が出で来ましたよ」

「ほ、本当だ」

「何か急いでいるようですね。良い事でもあったのでしょうか」

「いや、あの表情は逆じゃないかな」

「何か言い争ってますよ。お使者とお付きが」

「き、聞こえます?私には全く」

「……」

「……」

「お使者は、急いで臼杵へ戻りましょう、と。お付きは、諦めないで下さい、と」

「……」

「……」

「決まりですね」

「……」

「城の連中もなにやら騒がしくなってきましたよ。これは籠城の準備に入るのかな」

「……」

「先生?」

「……うん」

「急ぎ本隊へ戻りましょう。宗麟様のお使者は退出され、宝満山城は籠城の支度に入った。これだけで十分でしょう」

「……そうだね」

「先生、無口ですね」

「あ、ああ、すみません。これで戦役が確定するな、と思って」

「我々の活躍の場が増えますな」

「うん……そうだけど。高橋様はどうなるのかな、とね」

「感慨深いようですな」

「国家大友はどうなってしまうんだろう」

「今回は、高橋様と筑紫勢を撃破して、帰国ではないでしょうか」


 相手は、鑑連も認める人物である。それだけで済むだろうか?


「君が……君が相手だから言うけれど、多分それだけでは終わらないよ」


 備中は自分でも驚くほど感情が籠らない声で、そう述べていた。その姿に不気味な気配を感じたのか、


「先生、それはともかく本陣へ戻りましょう。先生が寛恕を得られるか否かはともかく、我らにとってもこれは重大な情報ですから」

「は、はい、そうだね」


 忍びの足運びは真似できないが、素人が歩いてもバレないよう、配慮してくれる。さすがは由布様、足の良い斥候を抱えている、と備中は感心しながら、それでもドキドキ宝満山城前から離脱した。



 斥候隊が得た情報は直属の由布にあげられるが、


「今回は先生も一緒に報告に行きましょうか」


とどうやら気を使ってくれている。いやもしかしたら同質性を重んじる斥候隊として、部外者をとっとと追い払いたいだけなのかもしれないが、それでも備中は感謝をする気になる。


 報告を受けた由布は、


「……重大な情報、ご苦労。これよりすぐ鑑連様へお伝えしよう。備中」

「はっ」

「ご苦労だったな。これから説明に上がるから、一緒に来てくれ」

「か、かしこまりました」


 これが鑑連の元へたどり着く起点になる。備中は端っこい斥候に感謝を伝えようと振り返ると、彼は既に片膝ついて距離を置き、向こうから何かを発言する気配は失せていた。元の身分差を考えてのことだろうか。備中だって大して立派な出自ではないはずだが、この男はさらに低いのだろう。


 やはり追い払いたい気もあったのだろうが、このやり方は実に素敵なもの、と一層感激する備中。その気遣いは大切にしなければ、と謝礼の言葉ではなく感謝の気を送った……こればかりは恐怖の波動を発する鑑連を真似て。



 由布の陣を出て鑑連の陣へ向かう二人。途中、無言な由布が、言葉少なく述べる。


「……殿は高橋攻撃の口実をこれで得た事になる」

「……はい」

「……より厳しい戦いが続く事になるかもしれず、そうなれば備中が殿に対して果たす役割もより大きくなる。頑張れよ」

「はい、ありがとうございます!」



 由布から報告を受けた鑑連は、すくっと立ち上がり、その顔に喜悦を浮かべた。その場に集まっていた幹部連の心中にあまねく浸透するような発声力をもって、由布に命じた。


「全軍前進だ。宝満山城は置いておき、まずは岩屋城を全力を持って攻め落とす。繰り返す!同族たる高橋の身を慮れば、切っ先鈍り味方を殺す事になる!ここにいる皆、常勝無敗の戸次武士だ!常勝は戦場で一切の情けをかけないためだ!無敗は敵への慈悲は確実な死を与える事と承知しているためだ!そのことを決して忘れるな!」

「はい!」

「では行け!」


 一斉に持ち場に戻る幹部連。鑑連の鼓舞を聞き、恐れ慄く備中だが、鑑連の陣に留まっている。前のように追い払われる事がなかったためだが、それでも一歩前進かな、と近習仲間の間で幹部連への連絡活動を行い始めた。


 こうして戸次隊は進撃を開始、筑後の北の国境を超え、怒涛の勢いで筑前高橋担当区域へ突入していった。

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