第123衝 仕置の鑑連
筑後平野に到達すると、先頭を進む由布から、秋月勢が支配する古所山城からの使者が、情報提供の為にと陣中を訪ねてきた、との報告が入る。
「……殿、いかがなさいますか」
「あの秋月の倅か」
あの、とは十余年前に鑑連に包囲され、嫡男とともに自害して果てた秋月殿のことである。その次男坊は逃走に成功し安芸勢に匿われ、門司を巡る戦いのどさくさに紛れて、旧領復帰を果たしている。無論、潜在的な反大友親毛利である。
「高橋の話では、秋月次男坊の器量は類まれなるものがあるらしい」
備中も、鑑連が高橋殿と会話をした時の事を思い出す。確かにそのような事が話題に上っていたが、改めて思えばそれはどのような意図があったのか。立ち振る舞いに優れているのか、それとも武者として逞しいのか。
「ひ、密かに高橋勢と繋がっているやもしれません。であればこの使者の動きは調略という事になります」
「だが挨拶に来ている者を無下にあしらうワケにも立場上いかん。会うとするか」
筑後川右岸の集落で秋月の使者を引見する鑑連。笑顔で挨拶を交わし合うが、情報提供の件については、
「その件については筆頭家老であるワシの叔父が承るであろう。どうぞよしなに」
と躱した。人当たりの良さそうなその使者は平伏して、鑑連の希望通りにした。それによると、
「秋月勢曰く、高橋殿が周辺の諸将へ、風雲急を告げる時には助力を乞うとしきりに掛け合っていること、筑後勢の間では高橋殿と距離を置くうごきが強まっていること、一方で宝満山の西の山間部で、筑紫勢が兵を結集しつつあること、以上です」
「どう思うか」
幹部連に諮問する鑑連。
「……どれも事実であっておかしくなさそうな情報ばかりですが、筑紫勢に関する物はいささか注視が必要でしょう。調査し、事実であれば手を打たねば、宝満山城包囲時に妨害されてしまいます」
「確かに、包囲中、背後を襲われるのは如何に無敵の我ら戸次隊と言えども危険です」
「確かに、確かに」
由布と戸次叔父、戸次弟の慎重な意見に対し、
「筑紫勢が宝満山の西隣の山に潜んでいるというのであれば、そちらへ兵を配置しておけば、対応は可能です」
「それよりこちらから山狩りを行えば、筑紫勢を叩くこともできますよ」
と安東と十時が積極策を提示する。幹部連が、お前の意見は?という目で備中を見やったが、とりあえずは黙っておく事にした備中。だが、
「備中、貴様も意見を述べよ」
と鑑連からのキツイ指摘が入ったため、おずおずと答えざるを得ないが、
「え、ええと。あの、その」
自分の意見を表明するべきか悩む備中。久々にシビレる雷声が飛んでくる。
「聞こえんぞ、はっきり言え」
「は、はっ!」
仕方なく答える備中の意見は、極めて論点が違う内容であった。
「た、た、高橋様を討つ事ばかりを考えていてよいのでしょうか」
「どういうことか」
「あの、つ、つまり。ほ、本当に高橋様が謀反を起こしたのかどうか、今しばらく確認する必要があるのではないでしょうか」
しばしの間の後、呆れた声を出す戸次叔父。
「おい備中、高橋攻めはもう決まったことだぞ。今更何を言っているんだ」
戸次叔父もこれに乗ってくるが、珍しくイジ悪な感じではなく、
「気が乗らぬのはワカるが、武士たるもの、ここは割り切らねばならんぞ」
「は、はっ」
本心では同族たる大友血筋の武士を攻めたく無いだろう説諭的な戸次一門衆に比べて、鑑連は実に手厳しく備中を扱う。
「備中、貴様はこの戦役の間、もう口を閉じていろ。二度とワシに話しかけるな」
余りに余りな鑑連の急な宣告に、凍りつく幹部連。誰もが無言の中、急いで平伏し、詫びる備中。
「お、お許しくだ」
「二度とワシにも話しかけるな、と言ったはずだ。次、破れば、斬る」
「っい!」
「以後、軍議への参加も不要だ。近習の地位も解く。斥候隊の中にでもいればいい。では配置に戻って沙汰を待て」
「……」
「……」
「……」
「はて、この場に居てはならん者がいるようだな。十時」
「は、ははっ」
「その資格の無い者を陣幕から追い払え」
「……はっ」
十時は備中の肩に柔らかく手を置き、目で退出を促した。呆然と、従うしかない備中であった。その間、鑑連の表情は備中には残念ながらいつも通りの顔でしかなく、特別な感情に任せて処断を下したわけでもない無残な事実に、備中の心は激しく消耗した。退出する間、誰もが気の毒そうに眺めつつも、一言も発しなかった。弁護する者も現れない。これこそが、戸次鑑連が家臣に行使している専制権力の姿であった。
寂しく陣幕を出た備中の肩を、十時は今度は強く掴んだ。精鋭歴戦たるその武士の顔は苦渋に満ちては居たが、
「今日は運が悪かったがきっと潮の変化があるはず。今は耐え忍んで、いつかそれを掴むんだ」
と、間違いなく目で力づけてくれたのがせめてもの慰めになった。文系武士でしか無い備中でも、戦場で極めて勇敢な武者である十時との付き合いも長いのだ。他の幹部連もきっと同じ気持ちで居てくれるはずである。そしてその事への確信こそが、備中を心衝撃による卒倒から救っていた。
備中まさに久々の悪鬼振りに当てられ、呆然としてしまう。由布直下の斥候隊に行こうとも、自分から降格になってここに来ました、などとはさすがの備中も言えず、敬礼してくれる斥候兵を力づけてしまう始末。居場所を失ったことが何よりも苦痛となって備中の心を蝕んでいくかのようであった。
陣の端へ行き、ポツンと一人、彦山を眺めるしか無く、
「殿はかつてあれ程褒めた事もある高橋様を本当に始末するつもりなのだろうか」
と独り言ちる。鑑連が褒めるということは、それなりの人物なのだろう。果たして敵として楽な相手なのだろうか。その筈はなく、まず手強い相手になる。
「相手に情けをかければ切っ先が鈍り、攻める我らが害を受ける。それを、私を処断することで示した、に違いない……よね」
であれば、十時の言う通り、潮の変わり目はきっとある。あると信じるしかなかった。遠くに、しかしハッキリと臨める彦山に願掛けをする森下備中であった。
手を合わせ拝んでいると、北の彦山と南の釈迦岳のちょうど間ほどの方角から騎馬が単騎近づいてきた。敵兵ではなく、どうやら伝令のようであった。その騎馬は備中を認めると、凄まじい勢いで馬を駈り近づいてきた。備中の目の前まで至ると、馬を降りて話しかけてくる。その声から備中は、柔らかく心地良い印象を持った。
「いやあ間に合った、日田からは一気に追いかけてきましたよ」
「ぼんやりと騎馬武者を見つめる備中の精気の欠けたる表情を気にすることもなく、その人物はある意味無遠慮に近づいてきた」
「何を言ってるんです、あなたは」
「い、いえ……別に」
「あなたは戸次様の御側近の森下備中殿でしょう?」
目をパチパチさせる備中に、その人物は名乗った。
「小野と言います。宗麟様、そして吉岡様からの指令を授かって、戸次様を追いかけて参りました。備中殿、戸次様の陣まで、ご案内ください」
「は、はい」
若く清涼な表情と声を前にして、思わず頷いてしまった備中。鑑連の怒りへの恐怖に悩みながら、小野と名乗るその若い使者を案内するのであった。つい先ほど、側近を解雇された、とは言いだせないままに。
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