第54衝 軍配の鑑連

 戦いが始まった。門司城を正面に、右から戸次隊、田北隊、田原隊が門司城を包囲し、攻城に着手し始めた。攻め手の総大将は戸次鑑連その人である。


 西から臼杵隊がまだ未到着だが、鑑連は戦端を開いた。


「臼杵隊の到着を待たれた方が良いのでは」

「仮に安芸勢が西に向けて出撃したら、挟み撃ちにできる」

「はっ」

「この城は北東の田野浦側から攻めねばならん。南側が急峻だからだが……その為には壇ノ浦の制海権を握らなければ話にならない。田原常陸を陸から海へ回したのは、その為だ」


 鑑連の計画では、東から豊前水軍が進水してくる……はずであったが、いつまでたっても現れない。


「まだか……」


 鑑連のイライラが募り始めているのがワカる。だが、ここは戦場。落雷こそが似つかわしい。


「殿!」


 内田が意気揚々と前線から戻ってきて陣に駆け込んで来た。


「我が方の士気が高まっています。是非、周りこんで城に攻めのぼるご許可を!」

「しかしまだ、水軍が到着しておりません。危険ではありませんか」

「なんの、水軍が無くても三の丸に取り付いてご覧に入れます!」

「計画は」

「何よりも三の丸を奪うか、増援の入り口を塞ぎ、我が方を有利にする目的です」


 それは計画ではなく目標だろう、とツッこみたかった森下備中。だが、軍務に長けていない自分が口を挟むわけにはいかない。鑑連の判定を待つ。


「いいだろう、三の丸を落としてこい」

「御意!」


 この場に由布が入れば、計画について仔細を述べなかった内田をまず止めたのだろうが……これを後に悔やむ事にならなければ良いな、と独り言ちた備中の言葉だが、鑑連に聞かれた。さすがに落雷の直撃を気にするが、意外な目論見が返ってきた。


「確かに内田が布陣した上に水軍が来れば、城の登り口は盤石となる」


 あくまでも強気一本な鑑連である。とりあえず門司の城を奪うことができればそれで良いのだろう。本陣からも、内田隊が攻勢を強め、山の裏側に回った様子が見て取れる。


「よし……」


 鑑連のそんな呟きを、備中は耳にした。そこに早馬が駆け込んできた。田原家の武士だ。


「申し上げます!豊前水軍、安芸勢の水軍衆に襲われ壇ノ浦までの到着が遅れております!」

「なんだと!」


 聞いた鑑連は羅刹の如く立ち上がり軍配をブチ折った。唖然とする幹部連。


「田原常陸め!口だけか!」


 数拍の後、正気に返った戸次叔父が、焦り唾を撒き散らしながら進言する。


「もしも田原常陸殿が敗退し、海から敵が攻め上ってくれば、挟み撃ちになります!急ぎ内田を撤退させねばなりません!」

「まだ決まったわけでは無い。内田に伝令を送れ。三の丸に急ぎ取り付け、と」

「はっ!」


 これは伝令将校である備中の手配で処理されるが、最も嫌な続報が入ってしまう。


「……豊前水軍、安芸の水軍衆により敗退……と、殿。もう、猶予はありませんぞ」


 戸次叔父を向いて、激情型の質問を叩きつける主人鑑連。


「叔父上、ではどうやって城を落とすと言うのです!この山、正面からでは勝ち目は無いのですぞ!」

「水軍の支援がなければ、討死するものが増えるだけです!兵をお引きください!」


 激昂する主人鑑連に、戸次弟も勇気を振りしぼり絶叫せんばかりに願う。


「お願いにございます!引けの合図を!」

「……」

「兄上!お願いにございます!」


 いきなりクルッと駒のように回転した鑑連、鬼の形相で備中を指差すや、


「備中!何か言ってみろ!」


と叫んだ。


 こ、これは何か。田北臼杵両老中の責任を追求する戦略を口にした事への批判なのだろうか。一瞬そう思ってしまった備中だが、どうやらそうではなく、妙案あるいは意見を捻り出せ、と言っているのだと気がついた。


「……」

「……えっ!?」


 まさか自分が指名されるとは思わなかった備中は、素頓狂な声を上げるしかない。幹部連の視線が自分に集中する。痛いほどの緊張と恐怖が備中の体内で湧き上がってきた。逃げ出したい……隠れたい……傍観したい……


「攻め続けるべきです」


 だから自然と言葉が出てきた自分を、備中は訝しく思ったものだ。


「何……」

「田北隊、田原隊に総攻撃を仕掛けさせ、敵勢の意識がそちらに集中している隙に、内田隊を撤退させる、これが最上です」

「は、同胞を犠牲にしろと言うのか!」

「森下備中貴様!」


 備中を非難する戸次一門衆。無理もない。田北も田原も、とどのつまりは大友血筋の家柄。無論戸次家もだから、下々にはワカりえぬ同胞意識に繋がれているのだろう。しかしそれでも、備中は続けて述べる。


「こ、この戦いに勝利するためにはですね、殿の配下が残っている事。これが絶対の条件になるはずと。由布隊、十時隊、安東隊はこちら側の城を攻めています。今、えー今、この兵を裏に回す事は、その意図を敵に悟られる結果にしかなりません。そ、そうすれば敵の反撃追撃は強烈になり、下手をすれば戦線そのものが瓦解する恐れがあります。といって内田隊を見殺しにすれば、他の兵らも萎縮してしまいます」


 一近習の戦略を激昂せず一人傾聴してくれた主人鑑連、曰く、


「では備中。そのように田北田原に伝えてこい」

「は、はっ」

「殿!田北殿にご無礼があっては、後日が危険です!」

「兄上、私も同感にございます」

「いや、待て待て」


 鑑連にしては珍しく目を瞑って思考している。だが、主人らしく、結論はすぐ出た。


「田北田原への連絡は叔父上にお願いする。備中、お前は内田に連絡を入れてこい」


 相手は鑑連だ。戸次叔父も戸次弟もこうなっては片膝ついて賛同しないワケにはいかない。備中への指示は、そのまま決死行となる可能性もあったためだ。が、これは殿による自分への配慮に違いない、珍しくも……と備中は考え、


「御意!必ず内田隊を無事に救い出してきます!」


と景気良く宣言してみせた。ゴマスリにも時宜があるのだ、と篤信する文系武士、馬に乗り戦場へ。

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