第53衝 到着の鑑連
備中と田北弟の前に出てきた城主はあまりに幼く、その家老と名乗った武士が話し始める。
「松山城は義鎮公に従います。安芸勢に従うと言っていた連中は、城から逃げ出しました」
「逃げ出した?何故?」
「豊後からの大軍を見て、門司へ向かうと」
「城を放置してか」
「何もかも捨て。当城の主君は幼く、残った我らは小さな殿を見捨てることは出来なかった者共です」
「ご当主は今年で何歳かね」
「数え八つに」
顔を見合わせる備中と田北弟。ところで、ここまで喋っていたのは、全て田北弟だ。彼の積極性の後ろで、さっぱり対談の主導を握れず、焦り始めた備中。よし、人質について聞いてやるぞ、と意を決して口を開いた。
「人」
「人質を出すつもりはあるか」
不意に発言が被り、足踏みした備中に対して、そんなことはお構いなく喋り続ける田北弟。備中は隣の貴人が一気に嫌いになった。
「無論です。これもまだ幼いのですが、姉と妹、そして母親で如何でしょうか」
ここで備中を見る田北弟。その目は、回答せよ、と告げていた。思わず、
「そ、それで結構です」
と告げてしまった森下備中。田北弟の姿勢が厳しかった為、笑う者など誰もいないこの会談で、始めてその家老が笑みを浮かべた。嘲笑ではなく、責任のみ押し付けられてお気の毒様、というような類の。
「では、義鎮公並びに戸次伯耆守様にどうぞよろしくお願いします」
「承知した。特に義鎮公について、私は接見する機会が多いから、必ずそうしよう」
備中の顎がカコと鳴った。若造、良いところだけ持って行きやがって……
未亡人と少女と童女を連れて戻った備中を見た鑑連、呆れ顔で曰く、
「備中、言い訳があれば聞いてやる」
「ま、松山城主の御母堂と姉君と妹君です、こちら」
それを聞き、人質の余りの若さにちょっと驚いた顔になった鑑連は、
「ほう、そうか。道中話を聞こう」
と返し、人質三名へ挨拶を始め、ホッとする備中。人質に取った以上、先方が裏切ることが無ければ丁重に扱うのが習いである。
そして、さらに進軍。
門司城が見えてくると、戸次隊の兵士たちが歓声をあげる。これはそう命じてあったためで、苦戦する田北隊の兵士たちを力づける為のものであった。安東も備中に曰く、
「決戦の地であるしな」
「きっと、そうですね」
田北の陣幕に、鑑連が由布と備中を連れて入った。そこには、疲れ果てた顔で老中筆頭田北が座っていた。
「遠路ご苦労」
田北のその声から、備中はやや険を感じた。対する鑑連は余裕の表情だ。イラついている田北はいきなり敵の状況を伝えようとする。
「門司城の敵勢及び関門海峡に展開する敵水軍についてだが……」
それを抑える事もせず、鑑連は大きく、抑揚が効いた声でいきなり喋り出した。この発声は兵に対して命令をする時の調子であった。
「田北殿。臼杵殿はお気の毒な事であった。共に冥福を祈ろう」
先手を取られた田北だが、鑑連に続いて同僚臼杵の魂のために祈り始めた。田北の祈りが終わらぬうちに、鑑連は目をパチリと開けると、力強く任務交代を述べた。
「これよりこの戦線はワシに任せなさい。そなたは後背の丘まで兵を下げ、休みを与えてるといい」
鑑連の視線には色々な感情が含まれていた。安芸勢との和睦への非難、敵を押し戻す事もできぬ不甲斐なさへの詰問、感謝しろよ、という恩着せ。全てを敏感に感じとった田北から老中の纏う気が失せたようだった。自分より若い鑑連に敗北を突きつけられた田北は告げた。
「承知した。後は頼んだ」
俯いた田北へ、鑑連は間髪を入れずに追加の要求をする。
「援軍として先に到着したそなたの御舎弟の隊は残しておいてくれ。ワシとともに来た末弟殿とともに、ワシの傘下にて大いに働いてもらうつもりだ」
備中は驚く。どこまでも強気な鑑連の態度に加えて、あの押しの強い人物は末弟で、まだ兄弟がいたのか、と。
「……というワケで、御二方とも大いに働いて貰いたい。よろしいかな」
「はっ、承知いたしました」
「はっ……」
承知したと述べたのが上の弟で、息を吐いただけなのが強気な末弟である。二人が退出した後、鑑連は由布に尋ねる。
「どうだ?」
「大和様はご異存無いようでしたが、刑部殿は先走りをされるかもしれません」
「出し抜かれないよう、ワシらも汗を流さねばな」
「御意……備中はどう感じたか。兄上の大和様、末弟の刑部殿、殿の指揮命令に従って動くと思うかね」
二人の話に全くついていけていなかった森下備中。由布のさり気無い解説と心遣いに心の中で滂沱しながら、所存を述べる。
「大和様についてはわかりかねますが、刑部殿は積極的な上に義鎮公に近く、名誉を重んずる方だと思います」
鑑連驚いて曰く、
「ほう。田北刑部が義鎮公に近いことを知っていたか。話が早い。つまりワシとしては、末弟の刑部より兄貴の大和守に活躍をしてもらいたい。ワカるな」
「……はっ!」
鑑連としては、義鎮公の力が強くなる事を避けたいのだろう。かねてより、国家大友は老中が統治している、と考えている鑑連だ。ここで功績を上げれば、老中筆頭の地位すら見えてくる。それは両豊、両筑、両肥の真の支配者といっても過言ではない地位だ。鑑連の野心の高さに驚いてしまう備中だが、主人の目指すものがどこにあるかは、しっかりと見定めておかねばならないと、己の肝に銘じるのであった。
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