対 再び安芸勢

第52衝 豊前の鑑連

「もう初夏だなあ。豊前の気候は豊後よりも心地よい。風が抜けるぜ」

「我々と同じく、蒸し暑さになれた安芸勢が相手だぞ。気合いを入れろよ」

「まあ、秋には豊後に帰れるだろ」


 門司城へ向けて街道を進軍する戸次隊。臼杵の急死により危機に陥ると思われた大友方であったが、その弟が見事に後を襲った為、当座の危機は乗り切られたかに見えた。これは鑑連にとって計算違いであったが、


「ま、そろそろよかろう」


と主人にしては妙に妥協的だ、と心配になる森下備中。


 戸次隊の精鋭が進む。由布、安東、十時、内田、そして一門衆。義鎮公擁立よりこれまで負け知らずの猛者達だ、と備中は彼らを眺めて感心し、心配事も吹き飛んでいく気がした。


「今回、ワシの進軍に合わせて、田原常陸が海岸を進水する。水軍と呼応して、門司城を奪取する、これが目標だ」

「しかし、陸の田原隊を率いる方が交代になると……いささか心配です。豊前戦線を支えてきた田原常陸様がいなくなるとは……」


 戸次弟の弱気を唾棄する鑑連。


「阿呆。ワシらがいるから、常陸が海へ出られるのだ。忘れるな。常勝無敗の我が戸次隊が進むのだ」

「そうでした、兄上は無敗の方でした」

「クックックッ!」


 このような鑑連の自信にはもちろん根拠があるのだろうが、敵は安芸勢である。心中懸念を抑え込むしかない幹部連。一同を安心させようと、情報を告げる森下備中。


「田北様の戦線に、援軍が到着したそうです。前線を支える臼杵勢、田北勢、田原勢も、我らを心待ちにしていることでしょう」

「まあそうだろうな。クックックッ!」

「そうですな……これで今回は海からの攻撃もある。これは……勝ちましたかな。ハッハッハ!」


 ご機嫌に笑う戸次弟。戸次家の幹部連も上機嫌な主人鑑連を見て、戦争だというのに誰もが朗らかな気分であった。



 道中、同じく門司に派兵されていた田北家の援軍と合流する戸次隊。指揮官は田北の弟で、彼が鑑連に街道の先の情報を伝える。


「香春岳城の謀反勢が街道に出没して、田北隊、田原隊へ迷惑をかけています。まずはこちらの処理を致しませんか」


 おおっぴらにはしないが、戸次隊幹部連も香春岳城については懸念を持っていた。背後から攻められる事ほど敗北につながることはないからだ。よって、幹部を代表して、由布が鑑連に言上する。


「背後の安全確保は必要かと存じます」

「よしワカった。速攻で攻め落とすぞ」


 だが、手間取った。戸次隊も勇猛に戦ったが、謀反勢が敗北は必死、と死に物狂いで抵抗した為で、攻略に半月もかかってしまった。結局、謀反勢の将が本丸で自害している姿が確認され、攻城は完了する。自ら死ぬぐらいなら何故謀反したのだろう?と、恐らく自害とは無縁の備中は強い疑問をもつのだ。


 いつの間にか近づいてしまっていた由布に、思わず呟いていた備中の疑問が聞こえたようだ。武人は低声で述べる。


「……何か彼らの生き方に反する事をしてしまったからではないかな」

「それは……はい」


 心当たりは、やはりあった。大内家を継いだ義鎮公の御舎弟を、見殺しにした事。これに尽きる。いくら名目だけのお飾りでも、豊前筑前の衆にとっては主君。さらに義鎮公はその兄である。国人領主らは二重に裏切られた気になったとしたら……


 安芸勢の調略があるにせよ、騒動が多すぎるのではないか。義鎮公が御舎弟を見殺しにする事すら予見していたとしたら、安芸勢の棟梁は、恐ろしく冷徹な戦略家だ。これから戸次家はそのような敵を相手にせねばならないのだろうか。しかも、恐らく鑑連が望む以上、矢面に立たざるを得ないだろう。


「チッ、田北の弟め。早く門司に行かねば、お前の兄貴は死ぬかもしれんのにな。余計な進言をしてくれたものだ。門司へ急ぐぞ」


 鑑連のご機嫌に少し雲がかかっている様子。ビビる森下備中に、内田が心配そうに尋ねる。


「殿の天気はいかがか聞いてこいと皆に言われてきた。どうだ?」

「晴天ですよ。城を落とせましたし」

「そうか良かった」


 笑顔を作って去っていく内田に、真実だけを言えば良い世ならどんなに楽だろう、と備中、自らの立場の困難さを悟らざるを得ない。戸次隊は進軍を開始した。



 次いで、松山城に接近する。ここも安芸勢に寝返っていた城だが、


「小さな半島のキツイ山の城か」

「攻め難いなあ。水軍が来れば包囲はしやすそうだが」

「門司攻めが優先だろう」


 同行する田北弟はここでも鑑連に攻撃を主張するが、早く門司へ向かいたい鑑連としては、これを却下した上で、備中を呼び命令をする。


「城主の意向を聞いてこい。人質を差し出すつもりがあるかどうかもな」

「はっ!?」

「ン?今のは返事だよな?元気がいいな、気合いが入っているじゃないか備中」


 鑑連がニヤニヤしているところを見ると、その心中は問うまでもなく明らかであった。殺されない事を祈りながら城へ向かう中、


「私もついていこう」


と田北弟が付いて来た。身分は田北弟が上だが、使者の役割としては備中が中心、というやり難い形だ。道中、ほとんど無言のこの人物に対して、備中は良い印象は抱かなかった。

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