第51衝 阿漕の鑑連

「筑前で御老中臼杵様、お倒れになりました!」

「臼杵様が?何があった!」

「臼杵様、安芸勢の侵攻以来、軍事、調整に率先してのお働きでしたので、ご過労が祟ったものだとの話です!」

「ふ……」


 颯爽と微笑む鑑連。


「それで、筑前の臼杵隊はどうしている」

「臼杵様御舎弟殿が代わってご統率を!それでも様々な不都合が生じております。急ぎ救援を乞う、との急報です!」


「備中」

「……はっ」

「強い思いとは、形になるものだ」

「……」

「さすがのワシも予想外の事態だが、事態を打開するには良い流れかもしれない」

「そ、それでは、出陣の支度を」

「現在展開している我が方の主たる部隊を書き出せ」

「はっ…?ははっ!」


豊前北部 安芸勢:田北隊、老中筆頭の田北様指揮

豊前沿岸 安芸勢:田原隊、田原常陸様指揮

筑前東部 安芸勢:臼杵隊、臼杵御舎弟殿指揮

筑前西部 宗像勢:立花隊、立花殿指揮

筑前南部 秋月勢:高橋隊、高橋殿指揮


予備兵力:豊後、戸次隊等、肥後、志賀隊等


「ご覧ください」

「……」


 無言の鑑連が何を考えているか、その瞳を探る備中。目の動きからは、倒れた先輩老中への同情や哀悼は一切感じられず、純粋な戦略の構成が主人の頭の中で展開されているようであった。その姿は決して、醜い振る舞いには見えない。


「これはこれで高次だ」


 備中そう独り言ちる。


「吉岡ジジイと申次がワシを戦場へ引き摺り出そうと知恵を絞っている」

「はっ。ですが筑前豊前の状況は悪化しています。謀反勢の勢いが強く、あちこちの要衝が次々に安芸勢へ寝返っております」

「それが、臼杵を殺した一撃になったのだな。あれは主に交渉事で主が去った後の筑前豊前に大友の旗を上げたが、この始末。さぞ無念だったろうよ」

「臼杵様が居ない今、全ての負担が田北様の肩にのしかかっているのでしょう。吉岡様は、この肩代わりを殿に望んでおられるのでは……」

「だとしても、これまでと同じ路線では断固拒否だ」


 上位者が田北様であるのは変わりないのだ。鑑連が出陣を了承するには、老中筆頭に勝る大権が与えられなければ難しいだろう。と言って、出陣を否とし続ければ、義鎮公は不興に思い、その地位すら危うくなるかもしれない。思えば、鑑連は外へは武力を向ける事に躊躇しないが、中に対して交渉を挑んでいるのだ。義鎮公の名の後ろで謀略に暗躍したかつてを懐かしく思う備中。


「松山城だけでなく、香春岳城の謀反も確実になりました!城から謀反勢、徒党を組んで街道へ出没し始めています!」

「田原常陸は孤立したか?」

「いえ、水軍衆を用いて、物資の補給をされています」

「しぶといな」

「豊前は田原常陸様お一人で持っているようなものですね、素晴らしい」

「田北隊は何をしている。田北が下手に門司周辺に布陣しているから、田原常陸は自由な動きがとれんのではないか」


 備中の賞賛に対し、田北批判を展開する鑑連。


「田北隊は?」

「豊前北部で奮闘されていますが、戦果は捗々しくありません」

「当然だ。これでは消耗するばかりだ」


 さすがにイライラしてくる鑑連。本当なら、吉岡邸へ駆け込んで、自身の戦略を披露したいのだろうが、それを我慢している。我慢ほど、鑑連に似合わない精神状態は無いのに。


「これは、出陣が近いな」


 そう確信する備中であった。



 その日、鑑連は吉岡邸へ招かれた。邸内には吉弘の家臣も居たので、老中次席と申次で鑑連を説得するのだろう。


 庭で待つ備中に、吉岡邸の門番が挨拶をしてきた。二人は久しぶりだ。


「やあ、近習殿」

「これは門番殿」

「ついに出陣だな。敵は安芸勢だ」

「まだワカらないよ。今日の話次第ではないかな」

「いや、出陣するさ。もう国家大友は崖っぷちだからな」

「そうなの?……君は吉岡様から何か聞いているの?」

「まさか!俺は只の門番だよ。ただ、吉岡様だってそれほど多くの矢数を持っているワケじゃないからな。吉岡様最大の秘密兵器、それがお宅の殿だと思うのだがね」

「それは当たっているかも」


 そんな話をしていると、鑑連が出てきた。その後ろに、吉岡長増がおり、備中を認めると笑って手を振った。恐れ入って、急ぎ片膝つく備中。それへの反応無く、退出する主人についていく備中。門番は見送ってくれたが、彼は別れ際にはっきりと、胸で手を動かした。あれは南蛮の僧の作法だ、と備中にもすぐにワカった。


 帰り際、無言であった鑑連だが、途中口数少ないがはっきりと備中へ語る。


「出陣が決まった。総大将はワシ、傘下に田北、田原常陸、臼杵など、現在展開中の部隊が加わる事になった」


 そう語る主人の顔を覗いた備中は、自信と誇りに満ち溢れた強い覇気を感じた。吉岡が何と伝えたかはワカらないが、これは吉兆ではないか。吉兆を信じる気になった備中は、姿勢を正して気を吐いた。


「はっ」


 このようにして、ついに戸次隊は出陣に至った。総大将の資格を持って、一路豊前へ発った。

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