第45衝 遠賀の鑑連

 鑑連が由布率いる本隊に合流した時、すでに戸次隊は花尾城包囲陣を完成させていた。かつて、大内家による筑前統治の重要拠点であったこの空に連なるが如き城。今は安芸勢側に就いた旧大内家臣が集結している。


「残党、雑兵、三下、ああ、まだあるかな。ともかくこんな連中には似合わん」

「はっ」


 何の事かワカらなくとも取り敢えず肯定しておくのがこの場合は正しいと判断した森下備中。


「うむ。言ってみればこの城は蒼穹なる美。醜悪で恥ずべき無能力なクズどもには相応しからぬ。掃き捨てるぞ。安芸の援軍が去った今、尚更無価値な連中だ」


 主人が頑張って豊かな語彙を連ねている。それほどその日の空は青かった。浮き立つ気持ちにも共感できる。


「かかれ」


 小倉の戦いを大した損害無く突破した後の鑑連は、大変上機嫌なように備中には見えた。そんな兄の様子を戸次弟も感じ取ったようで、珍しくも気安い調子で話しかける。


「謀反勢に押されて逃げ出した麻生殿。あの意気地なしの競争者が指揮を執っているようですが、こちらは勇敢なようです。多少はてこずるかもしれませんぞ」


 しかし、あくまでご機嫌な鑑連。


「クックックッ、後悔のないように始末してやれ。そうすれば逃げた麻生も喜ぶだろうよ。麻生……なんだったかな。えーと、あー、……備中」


 鑑連の急なご指名に対して、回答を持ち合わせていない備中。それでも、何か言葉を捧げる事こそ鑑連との正しい付き合い方であったし、今後もそうであろうとするならば、方針を変えてはならない。鑑連のやり方に疑問は持ちつつも、確固たる思想を持つとは言えない備中は、頭脳を急回転させ、近習としての答えを導き出す。


「はっ……麻生、あ、そう……しげ。麻生鎮……」

「クックックッ!備中、お前にしては機知に富んだ回答だ。麻生鎮なんとか。麻生鎮でよろしい。実際、麻生鎮までは正解なのだろうから」

「し、しかし不敬にあたりは……」

「せん」


 断言されてはどうしようもない備中。話題を修正する。


「謀反勢の側は麻生隆実という者です。隆の一字から、その心は明らかですね」

「フン、大内家が滅んで大友家の統治下に入った以上、麻生鎮なんとかに名前を変えるべきであったのだ。心がけがなっとらん」

「ぎょ、御意」


 この城攻めは、何事もなく終わりそうだ。備中のそんな予感通り、数日後、城はあっけなく陥落した。統制するのが困難な謀反勢に比べて、戸次隊では前線に立つ由布の指揮力が輝いていた。そんな戸次隊の強さに貢献すべく、備中も情報将校として走り回っていたある時、鑑連から指示があった。


「おい備中」

「はっ」

「お前は今から急ぎ亀山城の立花隊に情報を持っていけ。あの陰気な見栄っ張りせむし野郎に会って、ワシの偉大なる戦果について余す所なく伝えてこい。雄弁にだぞ」

「はっ、では直ちに」



「おや備中。無事に帰って来れたか。戸次殿の戦果、すでにこちらまで届いているよ、噂でだがね」

「はい。主人鑑連は謀反勢を追い散らした以上、一刻も早く正確な情報を立花様へお伝えせねば、との事でしたので急ぎ参上いたしました」


 これは意訳だが、これ位、自分の好きにしても差し支えはないはず。ただでさえ、相性があまり良くない様子の戸次立花なのだから。


「亀山城の宗像勢も降伏を申し入れてきた。どうやら門司城から安芸勢が撤退したらしいのでな。真偽は未確認だが、和睦がなったという話もある。彼らもこれ以上の抵抗は諦めたというワケだ」

「本当にございますか!ああ、それでは今回の戦いはこれで」

「そうだな、これで終わりと言うことになるが……」


 顔色が優れない立花殿。いつも悪い顔色が特に悪いという事でもないが、もう少し喜んでも良さそうなものだ。片膝ついて立花殿の言葉を待つ備中。


「備中。そなたはどう思うかね。古処山に復帰した秋月勢、どこかに姿を消した宗像殿、筑前豊前で頻発した謀反……どう思うかね」

「はっ……」


 どう思うか。自分のような大友家の陪臣に諮問するとは、どういうつもりだろう。困惑した備中だが、立花殿の口調が沈んでいた事もあり、その調子に合わせる回答をした。


「……実は何も解決しておらず、門司で対峙したそれぞれの当事者同士で和睦を少々強引に作り上げた。その上での安芸勢の撤退、というような」


 途端に立花殿の声の調子が高くなる。


「そなたもそう思うか。私もだ」


 何だか嬉しそうな立花殿。礼を失しないよう、相手の目に視線を当てない高さまで、少し顔を上げる備中。視界の隅に嬉しそうな立花殿の顔が入った。


「そなたの主君は今回の和睦、残念がるだろうな」

「はい!」


 思わず力強く答えてしまい、己の軽さを恥じた備中だが、立花殿も同じ軽さで小さく笑ってくれた。


「戸次殿にはよしなに」

「はっ」


 話し方でワカるものだ。この立花殿とは相性が悪くない、むしろ通じるものがある、と。



 急ぎ花尾城方面へ戻る備中。奪回後の城では由布が指揮を取っており、恥を忍んで戻ってきた麻生鎮へ後事を引き継いでいた。


「……備中良く戻った」

「はっ、殿はこちらにはいらっしゃらないようですね」

「……お前も既に知っていると思うが、安芸勢と和睦が成立した件で、殿は門司城へ向かわれた」

「はっ、では私もこれより殿を追って門司へ向かいます」

「……備中、あれを見よ」


 由布が指差した方向には歪にひしゃげた柱があった。物言わぬ悲哀さを伝えるその残骸。


「これは……茶の間の飾りでしょうか」


 由布は沈んだ調子で伝えるに、


「……和睦を聞いた殿が出した答えがこれだ」   

「え」

「……十分に気をつけてな」


 どうやれば柱がこのようになるのだろうか。久々に目の当たりにした主人鑑連の恐ろしさに、備中は震え上がるのであった。

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