第46衝 逆上の鑑連
主人鑑連を追って門司に到着した備中。城にはすでに大友の旗が靡いている。これならもう城外に戸次の陣幕は無いだろう、と思い入城するや、鑑連は外に陣を張ってそこにいる、という話を聞き驚く備中。しかもその説明をしてくれた侍たちの態度が異様であった。
「この腫れ物を扱うような空気、目を合わせてくれない嫌な感じ……これは間違いないな」
備中兇変を予感する。田北と臼杵の両将が敵の大将と談合した件について、鑑連が憤激の余り悪鬼面を大公開しているのだろう事を。鑑連の陣幕を探し当て、ようやく復命を果たした備中が目の当たりにしたものは、果たしてその通りであった。
「……」
「……」
「と、殿。森下備中只今復命いたしました。た、立花様より」
「……」
「立花様より、その、戸次殿大勝利誠に大慶、お慶び申し上げます。また困難な状況の中で的確な情報をご提供頂き痛み入ります、とのお言葉を」
「亀山城は落ちていたか」
「……はっ…はっはっ?」
「ほお、亀山城は落ちていたのか」
「い、いえ!正確に申せば、こ、降伏!そう、降伏をいたしておりましたです、はい!」
「だろうなあ。そうだろうなあ、クックックッ」
これはいつもの笑い声である。ちょっと安心した備中は、離れて侍る内田の顔を見やった。が、内田は目を合わせてくれない。同じ近習として付き合いが長いのに、これだからお高く留まった野郎はイヤなんだ、と少し膝の力を抜いた瞬間、
「皆揃って」
見れば鑑連の手には鉄扇が握られていた。備中避難を決断するが、すでに鑑連はゆっくりと、しかし確かな足取りで乱舞し始めていた。
「誰も彼も、皆が皆、右も左も」
鉄扇が弧閃を描いた瞬間、陣の梁がへし折れた。何事ならん、という備中を他所に、鑑連の舞は加速を増していく。
「どいつもこいつも……猫も杓子も……!
宙を飛び交う鉄扇は、弧を描いて鑑連の手元に戻っていく。が、またすぐに放たれる。恐怖のあまり地に伏せる備中の頭上を、幾度もすっ飛んでいく鉄の塊は、当たれば必死の代物だ。
「揃いも揃って!誰もが皆!全員一様に!一人残らず!あれもこれも!誰もが皆!」
踊りも佳境に至ったかという時、鑑連の無想乱舞は陣幕を木っ端微塵に破壊していた。傍から見れば、内側から崩れ落ちたように見えた事だろう。
派手な崩壊の中、内田は立ったまま気絶していた。どうやら備中が入る既に前に気を失っていたようだった。
鑑連、落ち着きを取り戻したのか、瓦礫を放置して歩み去る。鬼の闊歩を誰も目で見やるだけだ。内田も気絶から覚めない。備中には主人の後を追う他なかった。
「と、殿!お気を確かに!」
追いすがる近習を振り向きもしない主人。だが、聞く耳は残っていたようで、
「ワシに意見するか。申せ」
とのお下知が。備中、懸命の言葉を紡ぎ出す。
「こ、こ、今回の戦いの結果、宗像郡から謀反勢を追い出す事には、結果的には成功したではありませんか。全ては殿のお働きに拠るものです。義鎮公とて、殿への一層の思いを深められた事でしょう」
「若造など者の数に入らん!」
ビクッとしてしまった備中だが、主人の言う若造が、果たして自分のことなのか、義鎮公の事を指すのか、よくワカらなかった。が、文脈および主人の性格から考察するにまず後者でなければいけない。つまりは、大友家の家督はお飾りであり、今の豊後は老中衆らの合議によって、運営されているという事か。
「ワシの働きで宗像郡は落ち着いた、備中、貴様はそうヌカしたが、謀反人の氏貞の行方は未だ掴めていないのだぞ。秋月の件も同様だ。今回の和平は、秋月の倅が復帰することを確認している。ワシの働きが無駄になってしまったというわけだ!そうであろう!つまりは、宗像郡もいつそうなるやもしれぬ。今の腰抜け老中衆が国の指揮を執っている以上はな!」
常に無く饒舌な鑑連である。その顔には怒りの他、不安の影も差しているように、備中には見えた。考えて見れば無理もないのかもしれない、と森下備中思考する。
元々、血筋と家格は高くとも、戸次家はかつての勢力を維持できていた家ではなかった。それは、自分のような戸次領に生まれただけの下級武士が近習として侍っている、という事からもワカる。全ては戸次先代が病弱かつ前面に出る性格では無かったからなのだが、それを一代で覆してきたのが、主人鑑連なのである。
無理な横車も押しただろう。権謀術数を尽くす事もあっただろう。そして、今の地位にある鑑連にとって、よほど環境に恵まれていた田北や臼杵の今回の処置、許せぬものに映ったのだ。だが、立場の壁があり、如何ともしがたい。ならば……
「吉岡様は今回の件、如何にお考えでしょうか」
鑑連、鉄扇を握る手の痙攣が止まる。吉岡様も同じ苦労人、と備中が考えた事による質問だが、
「……この和平に乗り気では無かったらしいが、結局は臆病者どもの意見に従っている」
「きっと、吉岡様はこの戦いはこれで終わらない、とお考えなのではありませんか。だからこそ、ある意味で中途半端な形での和睦に気が乗らなかったのでは……」
「貴様、何が言いたい」
「今回、安芸勢は国家大友との密約を破り攻めて参りました。密約すら破る相手です。公式な約束など、平然と踏みにじるに決まっています。安芸勢はまた、攻めてきます」
「……」
「ですが、田北様、臼杵様らはこの和睦の効果を殿よりはお信じのはず。当然かもしれません。自分達で斡旋した平和なのですから。そしてそれが破られた時、斡旋者は責任を感じずにはいられないでしょう」
「……なるほど」
門司の岩浜を、沈黙が支配する。ややあって、鑑連は鉄扇を数回素振り、備中に背を向けて言った。
「備中」
「はい」
「田北、臼杵に詫びを入れにいくため、書を認めておけ。日暮れには門司城に戻る」
「はっ!」
備中の考えでは今回の和睦は田北、臼杵両殿にとって致命的な失策であったが、そんな危険な見解を、あの主人鑑連が容れてくれた。それだけでなく、謝罪に行く、という。つまり、この考えに乗ってくれたのだ。佐伯紀伊守、吉岡長増、立花殿と会話をした時に感じた以上の喜びを、備中は噛み締めていた。
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