第44衝 小倉の鑑連

 花尾城奪還を目指す戸次隊、筑前小倉の浜を通過する。ここで鑑連は部隊を分け、主力を由布に任せ、自身は少数部隊のみを率いる。無論、備中も付いているが、侍大将は隊長安東である。


「どうか」

「はっ、敵の増援があるとすれば、この辺りでしょう。そろそろ姿が……いたぞ。あれにございます」

「よーし、まだ動くなよ。上陸と同時に襲い掛かるのだ」


 無言で頷いた安東が隊の先頭に立ち、静かな合図とともに、そっと戦いが始まった。小倉の浜に上陸した安芸勢の動きを見事に的中させた鑑連を森下備中、素晴らしい当て感の主、と心中賞賛を惜しまない。


 そんな備中が思うに鑑連の指揮統率は流石の一言。愛刀千鳥を支えに一歩も動かない不動の姿勢で臨む督戦。この雄姿を見れば、家来も安心して戦えるというもの。それでも批判的な備中こっそりと思うに、


「特に撤退を否定するところが美点……いや、本当なら欠点だな」


 この日の安芸勢との戦いも、戸次分隊の側が少数であったが、


「数の差は強襲で埋める。敵だって強襲するつもりで来ているのだから、効果は倍ではない、四倍なのだ。こちらが敵の四分の一という事はあるまい」


 不安そうな戸次弟曰く、


「もしも敵が四倍以上であれば……」


 と縋る。この弟君は本当に主人鑑連の血を分けたご舎弟なのだろうか、と疑いたくなる程に慎重だが、鑑連は軽蔑を込めて断言する。


「そこから先は勇気胆力が決める」


 この精神力こそが武士の武士所以たる理なのだろう。もっとも、備中自身はこの手の魂をまるで備えていないので、敵が四倍もいてはならない、と願っていた。結果、戸次分隊よりは多少多いものの、十分に対処可能な数であったから心から神仏に感謝する森下備中であった。


「砂浜の戦いは攻める側が有利だな、備中、そうだろう」

「えっ?……はっ、そのようにございます」


 久々の世間話でびっくりする備中。この手の安寧の中でも、注意を怠ってはならない。無論、敵の矢玉ではなく、主人鑑連の雷への。


「フン、敵将もよくやっているがまだまだ若い」

「はっ、あれは三十そこそこの武士でしょうか」

「馬鹿者。戦の腕の話だよ」

「はっ」


 知っています、殿。知った上での台詞なのです。これが我ら下々の処世術なのです。倒れゆく敵の巴の旗を見ながら備中はぼんやり思う。先の陣中会議での主人鑑連の強気な姿勢、上司たちへも一歩も引かないその姿勢を。


「やはり戸次という名門の当主だからこそ、あのような振る舞いができるのだろうなあ」


 森下備中は、豊かでこそないが殊更貧しいという武士ではない。言わば中流の武士だが、主人鑑連の引き立てがなければ他の主君を探すしかない。


 砂浜で多くの兵らが打ち合っている。幾人かは血を流し倒れ、そのまま死ぬのだろう。なんという虚しい一生か。それに比べれば、長生きできているだけ幸福な事だ。戦場に小さく響く波音に心を寄せて、主人鑑連と越えて来た戦いを思い出す備中。確かに、死と隣り合わせではあるが、陣中に矢玉が飛んでくる事はあまりなかったからか、本当に死にそうな危地というのは無かったのかもしれない。その時、隊長小野が鉄砲の弾丸を頭に受けて吹き飛んだ風景が突如浮かび、急ぎその記憶を振りほどく備中。


 目を開けてみると、安芸勢が撤退を開始していた。


「安東、追撃は無用だ。このまま由布に追いつき、花尾城を取り返すぞ」

「はっ!」


 安東の合図で奏者に命令が飛ぶ。砂浜に走り出て、奏者が陽気に法螺貝を鳴らすと、戸次分隊は素早く集合した。


 戦えば勝ったとしても幾人かは死者も出るもので、怪我人も同様だ。鑑連は陣僧に簡易的な弔いを命じると、分隊の全てを安東に委ねて、先行する戸次本隊を追い、馬を駆けていった。

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