第43衝 弾劾の鑑連

「ああクソ、攻め切れん。敵増援が多すぎる」

「やはり力攻めでは無理だ。関門海峡にあれだけ援兵がいるのでは」

「まずいな。門司を失えば、豊前筑前の守備は滅茶滅茶になるぞ」

「海峡を奪取しましょう。安芸勢の退路を塞げば袋の鼠です」


 強気で積極的な鑑連と田原常陸は四十代、慎重かつ悲観的な五十代以上と、攻める大友側の姿勢は定まらない。田北・臼杵両将はつまりは外交で解決を図りたいのだが、もはやその段階は過ぎている。悲観的にもならざるを得ないのだろう、と備中分析すると同時に、老中衆の近くで事象を見物している事を幸運と捉えていた。


「殿ならどうするだろう。田原常陸様とは相性が良いようだから、協力して事に当たるか……いや、悪鬼に限ってそれは無いか」


 老中らの討議は、まだ続く。


「海峡を封鎖すると言って、船はどうする?宗像衆は敵に回り、佐伯家は追放、誰がそれを担当するのだ」


 ほう、とため息をつく備中。佐伯紀伊守は水軍で高名だったとは初耳であったからだ。会話が止まる。なにやら牽制し合う様子の老中衆。宗像はともかく、佐伯追放に積極的だった鑑連を詰るような視線が飛び交っている。鑑連も不愉快さを隠さないが、この嫌な空気を田原常陸が率先を持って流し去る。


「もう過ぎた事です。私が急ぎ、豊前の船乗り供を集めましょう。しかし、安芸勢にも水軍はいる。これも大問題でしょう」

「厳島で陶勢を破ったとびきりのがいるはずだ」

「間に合わないかもしれません。つまり、先に海峡を奪取される危険性です」

「より門司攻めが困難になるという事だ」


 静かに首を振る田原常陸。


「もっと危ない。小倉の辺りにでも上陸されれば、我らは豊前方面からの筑前を失う事になります」


 一気に深刻な表情になる田北・臼杵両将。


「この危険を急ぎ義鎮公へお伝えし、援軍を求めましょう」

「すぐには難しいぞ。安芸勢が門司に到達した事で、領国が騒がしくなっている」

「というと?」


 ここでは身を乗り出す鑑連。


「まず肥後の北で騒動が起こった。主導権争いなのだが、これ以上の混乱を防ぐためにも志賀殿は動かせない」

「隈部衆と赤星衆だな。あいつら仲が悪いからな」


 せせら嗤う鑑連。監視者の志賀を嗤ったのか、それとも相も変わらずの肥後衆の様をか、備中には定かでは無い。


「加えて肥前で佐嘉勢が暴れまわっている」

「それは前からでは?」

「安芸勢到来を好機と、早速活発に動き回っている。我らが動けない事を見越してな。その通りで、こちらも高橋殿率いる筑後勢は動かせない」

「八方塞がりですな」


 それでも、靉靆たる田北殿と臼杵殿に比べて、前向きな主人鑑連と田原常陸だった。



 ここに急報が入る。飛び込んで来たのは宗像郡に残った立花殿からの使者で、大汗をかきながら叫ぶ。


「申し上げます!筑前で謀反が起こりました!主人鑑載からの急報です!」


 鑑載とは立花殿の諱だろうか、等と妙に鈍感な備中は、老中たちの狼狽をしかと見る事になる。


「謀反とは誰だ……」

「まず遠賀郡花尾城、田川郡香春岳城、かつて大内家の家人だった者供がそれぞれ乱入し、これを占拠いたしました!大友方のご城主ご代官は殺されたり逃げ出したりしているとのこと!」

「花尾城が!そなたは見てきたのか!」

「はい!近寄っても矢をかけてくるばかりにて、入城はできませんでした!その後、謀反人らが街道に展開を開始しておりますので、宗像方面とは容易に連絡がとれません!」


 座して目を瞑りじっと聞いている主人鑑連。この様子だけでも田北・臼杵両将とは異なりさすがというべきか、と備中が考えていると、視線を感じた。田原常陸が備中を見ており、視線が合わさった折ニコリと笑ったのだ。礼を失せぬよう、目を伏せる備中だが、その笑みの優しさに思わずドギマギしてしまう。立花殿からの使者は続ける。


「そして、上座郡古処山城に秋月文種が子が謀反勢の手引きにより入城、本領復帰を宣言したとの報告です!」

「これで筑後勢も動けぬし、豊後の残留部隊はそちらに出動しなければならない……」


 事態の深刻さに思わずそう呟いて、座り込んでしまった田北殿に無言の臼杵殿。両名を横目で眺めていた鑑連だが、堂々と喋り出す。


「これが安芸勢の首領、毛利元就の手際か。相手にとって不足はないな」


 そして田北殿に向き直って、もはや明確な非難の言葉をぶつける。。


「宗像、秋月、そして花尾城。騒動の種は全て、筑前においての事ですな。どうなさるのか、伺っておきたいものです」

「……鎮圧するしかない」


 上司のその決意を、鑑連はせせら嗤う。


「どのように?眼前に門司の敵勢、西は花尾城の謀反勢、南は香春岳城の謀反勢、我らは包囲されているのですぞ」


 備中はしかと見た。主人鑑連は喜んでいる……!老中筆頭たる田北様を失脚させる快感に、酔いしれている。確かにこれは大いなる苦境であるはず。しかし、自分が置かれている状況も、競合者にとって一層重ければ、喜びを感じずにはいられない。それが主人鑑連なのだ。鑑連、鼻を墳ッ、と鳴らすと戦略を述べ始める。


「……敵はあちこちで火の手を放っている。肥前と肥後の騒動にも安芸勢は絡んでいるかも知れんが、これはそれぞれの担当者が何とかすると期待しよう。遠すぎるからな。秋月も同様、ここ企救郡からは距離がありすぎるから高橋隊に任せる。我らが対処するべきは、花尾城、香春岳城、門司城この三点。補給がなければ戦えんから、花尾城は絶対に取り戻さねばならない。山深い香春岳城は今は無視だ。田北殿、臼杵殿、田原殿には門司城をお願いする。よろしいかな」


 主導権を発揮し始めた鑑連を前に頷かざるを得ない田北殿臼杵殿だが、田原常陸だけ、懸念を伝えてくる。


「安芸勢の謀略全てが成功したわけではありますまい。よって花尾城の件は、敵にとって価値が重いはず。奪い返されることを防ぐために、敵増援があるでしょう。私も同行します」


 鑑連は、またしてもせせら嗤った。


「田北殿と臼杵殿のみでは門司を落とせまい。田原殿も門司攻めに同行されよ。敵増援についても想定の上で花尾城を攻めに行くのだ」


 ここまで言われては引き下がるしかない田原常陸であった。が、始終落ち込まない田原常陸とは異なり、田北殿と臼杵殿の蕭殺たる表情。老中衆の中でも傲岸さが変わらない鑑連は恐るべし、と悪鬼の活躍に胸躍らせる備中。座席を蹴って出発した鑑連に付いて退出した。

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