大先生、雷撃す。

対 安芸勢

第42衝 企救の鑑連

「急げ急げ！休憩など許さん！全速力で門司まで走るのだ！」

　馬上から兵を叱りつける鑑連。その側に侍る備中、走らずに済むのは幸運だが、いつ雷が飛んで来るかがワカらないというのは不穏なものである。

　そこに、先発した由布隊の早馬が情報を持ってきた。

「門司城の安芸勢を、田北隊が抑えています！」

「田北隊？門司に到着するには早すぎる。何かの間違いだろうが」

「いえ、間違いありません！田北様は全ての兵を宗像郡へ向けていた訳ではなく、備えの隊を豊前へ配置していたとのことです！」

　感心の歓声を上げる戸次幹部連。

「さすがは老中筆頭たる田北様」

「いやいや、これで多少の時間は稼げるかも知れん」

「宗像では立花殿が、門司では田北様が、この鉄壁の体制が国家大友の強みだ！勝てるぞ！」

　武士らの無邪気な喜びを前に備中、あっ、これはまずい、と危惧するも遅かった。あっ、と声を発した時、鑑連は瞬時に暴雷を放っていた。

「貴様ら何が嬉しいか！」

　怒号が轟音とともに炸裂し、一斉に動きが止まる幹部連。衝撃のあまり、彼らは片膝つくことすら忘れてしまっていた。放電の埒外にいた備中、ゆっくりと片膝ついて礼を示す。刹那、既に鑑連が振り回していた鉄扇が備中の頬をかすった。放たれた鉄扇は回転しながら戸次叔父、戸次弟、内田、安東の首元近くを通過し、樹の枝をへし折りながら鑑連の手の中に戻った。

「安芸勢は宗像郡を狙ってきたのだ！つまりこのワシを殺しにきたということ！身の程知らずにも九州の地に足を掛けた奴らを皆殺しにした後でなければ、何も喜べん！何一つだ！貴様ら絶対に忘れるな！逆らう者は皆殺しだ！」

　余りの苛烈さにもはや言葉もない幹部連。引き続き全速での進軍を再開する。この激発で負傷したのは、頬から血を流す備中だけ。理不尽さに首をひねりつつ、仕方なく主人鑑連についていく。

　無理を押しまくった結果、戸次隊は早々に門司城表に到着した。田北隊本隊よりも早く門司に到着できるとは、まさに神業的進軍であったが、余りの強行軍であったため、部隊の六割程しか到着できていない。

「兄上、兵が揃っておりません。士気も乱れている様子……」

　弟から告げられたこの懸念を、

「構わん」

と一蹴する鑑連。おろおろする幹部連をよそに、指揮杖を振り回す。

「城に取り付け！」

「お、お待ちください。城周りだけでなく、海峡の向こうにも数多い安芸勢が控えています。無闇な突撃は危険すぎます！」

「黙れ！失せろ！下がれ！敵を全て関門海峡に突き落としてやるのだ！行け！」

　鑑連の号令が絶対である戸次隊、待ったなしの勢いで突撃していった。城周りにあるわずかな窪地目掛けて、山を駆け下る形となった戸次隊は、出撃してきた安芸勢を押しまくる。だが城の裏、瀬野への回り込みまでは成功せず、そも数が違いすぎる事もあり、城まで到達する事はできずに終わった。突撃の勢いが止む前に、と戸次弟が叫ぶ。

「兄上！か、数が違いすぎます！引けの合図をお願いします！」

「クックックッ」

「お願いです兄上！引けの合図を！」

「クックックッ」

　悪鬼面を同意と見た戸次弟、引けの合図を発すると、哀しげな法螺貝の音が戦場に響き渡る。退却に慣れていない戸次隊だが、それを後退にする応変の腕を、由布は持っている。安芸勢も追撃を控えて引き上げたため、前哨戦は双方大きな被害もなく終わった。

　戸次隊が大友陣地に戻ると、田北隊、臼杵隊の他、豊前における最大の実働部隊たる田原隊も到着していた。

「遅い！何をしているか！戦闘は怒涛なのだ！それでも大友武士か！」

　田北・臼杵両将とも本来外交的解決を得意とする。戦争屋の鑑連にはワカらない苦労もあるだろうが、そのような事情に配慮せず、年長の武将たちを怒鳴りつけるなど、主人は本当に老中衆の中でやっていけるのだろうか、とハラハラしてしまう森下備中。そこに体格の良い人物が現れ、鑑連を嗜める。

「いや戸次殿、私の対応が遅れたのがまずかったのです。面目無い」

「田原常陸殿。門司城失陥はあなたの怠慢か？」

「戸次殿！」

　なんだその言い方は、と顔色を変えた臼杵殿が口を挟む。

「田原殿は宗像討伐の間に、豊前諸城が謀反せぬよう監視をしていたのだ。田北殿が豊前の兵を率いて宗像に向かう以上、やむを得ない措置だ。今回の門司城失陥の責任は、和睦を違約した安芸勢にこそある」

「ふん、そうですかな」

　主人鑑連の大不遜により空気が最悪となる大友陣営。たまたま鑑連の付き人としてこの場に居合わせてしまったことを後悔する備中、諸将の観察を開始。

「田北様は老中筆頭、五十代位か。姿勢の良いお方だ。上に立つ気品がある。臼杵様はもっと年齢が上、六十代かな。先程殿を宥めたように、和を大切にするお考えだな。田原常陸様……殿と同じ位の年齢とすると四十代半ば。豪放で人を引っ張る力がありそうだ。いくらか殿に似ているのかな」

　ぶつぶつそんなことを考えていると、安芸勢の使者が来た。

「安芸勢の総大将毛利隆元よりの書状、という事です」

「隆元？親父の元就ではないのか」

「情報によると、安芸勢は山陰でも戦いを行なっている。元就はそちらに行っているのかもしれん」

　注釈を入れた田北殿に、鑑連は皮肉たっぷりに曰く、

「素晴らしき情報通ですな。安芸勢の門司攻撃の知らせが無かった事が不思議でなりません」

　沈……と静まり返ってしまう陣営を気にも留めず、伝令から書状をひったくった鑑連。勝手に目を流し始める。ああ、こうやって鑑連は主導権確保に腐心して来たのだなあ、とその強引さへ妙に感心してしまう備中であった。苦労も並みではあるまいに。

「方々、書状にはこうある。門司城からも兵を引くこと。さらに宗像郡から手を引くこと。さらにさらに博多からも手を引け。つまり、旧大内領から手を引くこと。それが和平の条件だと」

「馬鹿な！一方的な話だ」

　苦々しく吐き捨てる臼杵殿だが、田原常陸は皮肉に笑い、

「これは戦闘続行ですな」

と鑑連に血気の水を向けてきた。言われずとも主人鑑連はそのつもりである。書状を握りつぶした鑑連は嬉笑欣悦を示すのであった。

「クックックッ、皆殺しだ」