2-1

窓の外を見ると、雨が降っていた。

家がやけに静かだ。


今日は好きなアニメの放送日じゃないし、いつも見てるお笑い番組も野球が延長されて中止になっているため、テレビも付けていない。


そして何より、家に若葉しかいない。

翔也は北海道に帰ったのだ。


帰って欲しいと思っていたが、いざいなくなると静かすぎて、たった3ヶ月でも彼がいた生活に慣れていたことに気付く。



しかし1ヶ月後、ドラマの撮影が近くなって翔也に仕事が増えたため、また東京に泊まり込むことになった。

その知らせを聞いた時、また寂しくなくなると思ったのか心が自然と喜んだのを自覚して少し照れた。


別に惚れているわけではないけれど、いないと寂しいのだ。



その時、お父さんは私1人で空港まで迎えに行くように言った。


「お父さん、無茶言わないでよ!ファンに見つかったらどうすんの!?」

「大丈夫だよ。彼、イメチェンは完璧だから。」

「えぇ?」

「きっと、若葉が翔也くんを探すんじゃなくて、翔也くんが若葉を見つけるかもね。」

「.....え?」


翔也が来る日は日曜日で、若葉は当然のように予定ガラ空きだった。

気が乗らない役ではあったが、お父さんに言われた以上逆らえない。


電車を乗り継ぎ、空港まで行った。

待ち合わせはバス乗り場目の前の出入口前。


待合のソファに腰掛ける。


外は秋も終わりかけで寒い。茶色のコートを着て待っていたが、中が暖かくて暑くなってきた。


でも翔也に、茶色いコートを目印にするよう言ったため、脱げない。

周りにはたくさんの人がいて、どんどん目の前を通り去っていく。


到着予定の飛行機のリスト画面を見ると、札幌からの飛行機があと少しで到着時刻だった。


あれに翔也が乗っているのかな?と思いつつ....


「うぅ...暑い...。」


と文句をこぼす。


「到着するまで脱いでていいよね?」


上着を脱ぎ、膝に置く。


それからただ人の流れを眺めながら、時間が経つのを待っていると携帯が鳴った。


着信先は醤油....


翔也の事だ。ほかの人の前で彼から電話が掛かってきたりした場合に、見られたりしたら大変な為、醤油で登録している。


つまり翔也から電話がかかってきているということだ。


「...もしもし?」

「もしもし、着いたよ。まだ飛行機の中だけど。」

「...分かった。待ってるよ。」


それからどれくらいか経ったか。目の前の柱のそばに地味なコートをおしゃれに着こなし、マスクを付けた男がおり、若葉の方を見ていた。


まさかと思って立ち上がり、近寄って「...翔也?」と話しかけるとマスクの下で笑顔になり


「お待たせ。」


本当に分からなかった。近付いたのは自分だが、先に見つけたのは向こうなのだ。

そして周りは多くの人が通っているが、ここにあの人気俳優がいることに誰一人気付いていない。


「あんた、大変だね。徹底してイメージ変えなきゃいけないの。」

「いや、別に自然体だけど。まあ、分かる人は後ろ姿だけで分かるかなって。」

「あんたと三ヶ月一緒にいたけど分かりませんでした。」


翔也は、ははっと笑って持っていたカバンからなにか箱を取り出した。


「はい、白い恋人。」

「やったー!」


名産品のお菓子一つで、めんどくさい気持ちすべて吹っ飛んだ。

若葉は自分でも引くくらいちょろいと思った。

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