file 2. 殺人オルゴール 前編~涼風VS因縁の素人探偵。砂浜の銃撃事件~
殺人オルゴール①
三浦良夫巡査部長はおかしいと思った。最初の違和感は大分県警捜査一課の須藤涼風警部の行動。
「……分かりました。すぐ臨場します」
彼女の右耳にはスマートフォンが当てられていることから、誰かと電話をしているということは誰にでも分かる。
次に須藤涼風警部の周りにいる刑事たちは彼女の周りを囲み、聞き耳を立てていた。そして、臨場という言葉を聞いた彼らのテンションは爆発する。
「キタ! ジャンケン大会開催だ!」
大分県警捜査一課に配属されてから二週間ほどが経過した三浦は、異常だと思う。これまで彼らは真面目に事件を解決するために捜査していたのだが、今の彼らは別人のよう。
妙にハイテンションで、中には赤面する者や手帳を取り出しニヤニヤと笑う者までいる。
一体何が起きているのかと新人刑事は困惑した。そんな状況下で須藤涼風は、いつも通りに冷静な態度で咳払いする。
「落ち着いてください。真玉海岸で女性の遺体が発見されたそうです。所轄の応援という形で捜査員を派遣します。行くのは私と三浦巡査部長。残りの8名は……」
「ジャンケン大会!」
何名かの刑事が同時に叫び、須藤涼風はため息を吐く。
「私たちは県警の刑事です。捜査員をジャンケンで決めないでください。最初に言いますが、通報者の対応は私と三浦巡査部長がやります。他の8名は所轄の捜査のサポートです」
「須藤警部。たまには僕たちにも対応をさせてください。ズルいです」
「ダメです。彼女はあなたたちがどうこうできる相手ではありません。ここは、彼女に興味なさそうな刑事から選びます」
正直な刑事たちは、散らばり興味ないアピールを始め、それを見た須藤警部は頭を抱える。
「厄介ね」
そう呟いた彼女は、スマートフォンでどこかに電話をかけた。
覆面パトカーの中でも警部は頭を抱えていた。時々夜の景色を車窓越し見て、ため息を吐く。その行動が何度か繰り返され、運転をする三浦巡査部長は助手席の警部に尋ねた。
「須藤警部。あなたの行動はおかしいです。いつもなら、通信指令室を経由して捜査一課に備え付けられた電話に通報が届くシステムになっています。しかし、今回に限って須藤涼風警部の私物のスマートフォンに通報がありました。さらに、他のみんなのテンションも変です。おそらく、彼女という人物に関係があると思います。これは、どういうことなんですか?」
「今回は特殊な案件です。通報者に問題がある。大分県警捜査一課に在籍する八割を虜にした厄介な通報者。所轄に頼んで、通報者を豊後高田署に移送してもらったから、現場検証は小野警部補たちに任せて、私たちはそっちに行きます」
「今日の須藤警部はおかしいです。本来なら、通報者を現場に待機させて事情を聴くのに、今回に限って通報者を所轄に呼ぶなんて……」
「正攻法では現場を荒らされます。それを避けるためです。今頃彼女は目を輝かせていることでしょう」
そうして、須藤警部を乗せた覆面パトカーが辿り着いたのは、現場ではなく豊後高田署だった。署内の会議室に出向き、女警部はドアをノックする。ドアが開き、三浦の目に金髪が映り込む。その先にいたのは金髪碧眼の女性。歳は須藤涼風と同じに見える。短くキレイな金色の髪をした彼女は、須藤涼風を見て、頬を膨らませる。
「スズカ。酷いよ。折角自前の靴カバーや白手袋買ったのに、現場から所轄に連行するなんて! 車はただの覆面パトカーだし。パンダカーの方が良かった。会議室じゃなくて、取調室の方が良かった」
いかにも外国人な彼女の口から流暢な日本語が飛び出し、三浦は驚きを隠せない。
「部外者を捜査に参加させるわけにはいきません」
「相変わらずお堅いキャリア刑事ね。そこが好き♪」
謎の外国人女性は、席を立ちあがり、須藤涼風の元に笑顔で歩み寄る。
「何回言ったら分かるのですか? 通報は110番。遺体を見つけたからって刑事の私に直接連絡しないでください」
「だって、マンガで読んだもん。こっちでは知り合いの刑事がいたら、その刑事に直接事件発生を知らせるんでしょう?」
「それはマンガの話です」
妙に距離感の近い二人の会話を聞き、三浦は思わず目を点にする。
「須藤警部。彼女は誰ですか?」
「そういえば、紹介していませんでしたね。彼女は……」
「テレサ・テリー。気軽にテレサって呼んでもいいよ。そう、スズカ。彼はスズカの新しい相棒?」
笑顔がよく似合うテレサは初対面の男性刑事に対し右手を指し出しながら尋ねた。
「はい。二週間前から県警本部に配属された三浦良夫です」
「階級、当てようか? ズバリ巡査部長!」
握手を交わしながらテレサは楽しそうに首を傾げてみせた。
「正解です」
「やった。私は名探偵だね♪」
須藤警部は咳払いした後、ジド目になる。
「テレサ、調子に乗らない。そんなことより、事件のことを話してください」
「現役の巡査部長くんともう少しおしゃべりしたい」
「警察は暇ではありません」
「相変わらずセッカチだね。いろいろと考えながら真玉海岸の砂浜を歩いてたら、突然、目の前でフラフラ歩いてた若い女性が倒れたの。その時、ピンときたんだよ。これは殺人事件だって。胸に穴が開いてたし、撃たれたような跡もあったから、多分銃殺されたんだと思う。でも、少しだけアーモンド臭もしたから、ホントの殺害方法は毒殺かも。銃殺だったら犯人は拳銃にサイレンサーを装着して撃ったんじゃないかな? それと、もう一つだけ。事件とは関係ないかもって、これは事件と関係あるパターンの奴だね。現場の砂浜に……」
「ストップ。つまり、テレサは警察が来るまで勝手に捜査をしていたということですか?」
怒りにより頭に血を登らせた須藤警部に対し、テレサは天真爛漫な態度で笑みをこぼす。
「そう。だって、目の前で殺人事件があったら、気になるじゃん。あっ、現場検証に付き合いたいな。ちょっとどこから撃ったのか確かめたい。スズカ、お願い♪」
「却下です。ここからは警察の仕事です」
一体目の前にいる謎の外国人は何者なのだろうかと三浦は眉を顰める。明らかに素人ではないと思った彼は、須藤警部に耳打ちする。
「須藤警部、彼女は何者なんですか?」
地獄耳のテレサは机から身を乗り出す。
「もしかして、私のこと知らないの? 全国的に有名だと思ってたのに、ショックだわ。三浦くん、科捜研のオカマって知ってる?」
「確か、そんなタイトルの刑事ドラマがあったかと……」
「そうそう、実は私、そのドラマのメインライターなんだよ」
「えっ」
涼風の相棒は驚きの声を出す。
「ウソだと思ったら、公式サイト見てね。そこに私の名前が書いてあるから」
「へぇ。そんな人と須藤警部が知り合いだったんですね」
「そう、私とスズカが出会ったのは高校に入学した時……」
「雑談をしている暇はありません。私たちはこれから現場に臨場させた部下たちと合流して、事件の情報を整理しなければなりません」
咳払いした警部は、テレサの話を中断させた。そして、続けて彼女はジッと金髪碧眼の美女の顔を見る。
「あなたはお帰りください。あなたも暇ではないのでしょう」
「検挙率99パーセントだっけ? 5年前の事件を解決できていたら今頃……」
「それ以上言ったら、軽蔑します!」
須藤涼風の目は怒りに満ちている。だが、テレサは怯むことなく、明るい口調で尋ねた。
「もしかして、5年前の事件は終わってないって思ってる?」
その女警部は顔を暗くして、無言で会議室から出ていく。三浦はテレサと名乗る外国人に会釈をしてから、彼女を追いかけた。
会議室のドアが閉まる直前、テレサは不敵な笑みを浮かべ、頬を緩めた。そんな彼女が手にしたスマートフォンに、正方形のラッピング紙で包まれた何かの写真が表示される。
「待ってください。須藤警部。5年前の事件って何ですか?」
同じ頃、三浦は警部の後ろ姿を追いかけながら尋ねる。しかし、彼女は答えようとしなかった。
「……今は目の前の殺人事件の犯人を捕まえることに集中しなさい。それと、テレサ・テリー。彼女は危険です。絶対に一人で会いにいかないでください」
須藤涼風の横顔から悲憤を感じ取った部下は、反論できなかった。
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