ジャックオーランタンの殺人 ④
午後一時。須藤涼風と三浦良夫は虎倉学習会を訪れる。虎倉学習会は三階建てのビル。
二人はエレベーターに乗り込み、最上階にある虎倉学習会の事務所に向かう。
事務所のドアの前に立った三浦はドアをノックして、事務所の中に入る。部屋の中には後ろ髪が寝ぐせで立っている黒縁眼鏡の痩せた男がいた。
須藤涼風は警察手帳を見せながら男に話しかける。
「大分県警捜査一課の須藤涼風です。あなたが降石蘭さんを殺害した犯人ですね? 虎倉銀三さん」
虎倉は突然の訪問客の言葉に驚く。
「刑事さん。初対面でいきなり殺人犯扱いですか。証拠がないでしょう?」
「凶器からあなたの指紋が検出されましたが」
「あのナイフなら指紋が付着していてもおかしくありませんよ。あのナイフを一度見せてもらった時に素手で触ったことがありますから」
三浦は虎倉の発言を聞き、首を傾げる。
「なぜ凶器がナイフだと分かったのですか。その情報はマスコミ発表されていませんよ」
三浦の指摘を受け、虎倉は弁明する。
「蘭が護身用にナイフを持ち歩いていることは知っています。一度そのナイフに素手で触ったことは事実で目撃者もいる。だからナイフに私の指紋が付着していてもおかしくない」
「あなたの毛髪が被害者の遺留品に付着していたとしたらどうですか?」
須藤が聞くと虎倉は笑う。
「ジャック・オー・ランタンの被り物にだって私の毛髪は付着しています」
「被害者の遺留品と言っただけでジャック・オー・ランタンの被り物を連想するのはおかしいと思いますよ?」
「彼女が私の家からジャック・オー・ランタンの服装を持ち出したとしたら、何もおかしくない。犯人はストーカーだった大神士でしょう。彼女の靴底から煙草の吸殻が発見されたようですし」
虎倉の発言を聞き、三浦が苦笑いする。
「靴底から吸い殻ですか。それもおかしいですね。その情報もマスコミ発表していないのですが」
「捜査員から聞いた」
「それもおかしいですね。大神士はホームレスになったからお金がありません。彼が使用する煙草は一箱五千円する高級品。つまり煙草を買いたくても買えないんですよ」
三浦の推理に須藤が言葉を続ける。
「おそらくあなたは、あなたの自宅で被害者を殺害。それから予め拉致しておいた大神士に凶器を握らせて指紋を付着させる。そして彼が愛用する煙草の吸殻を彼女の靴底に付着させる。これでストーカー疑惑のあった大神士に殺害の濡れ衣を着せました」
須藤涼風の推理が図星だったかのように、虎倉の顔が曇っていく。三浦は須藤の推理に続くように口を開く。
「あなたは二重の保険を使うために、被害者の夫降石健を遺体遺棄現場に呼び出し、目撃者に仕立て上げました。あなたは物的証拠を偽装することで自分の容疑から目を反らさせようとしましたね」
須藤の言葉が虎倉を追い詰める。
「それでも犯行を否定するのであれば、任意の家宅捜索をしましょうか? 我々の推理では犯行現場は、あなたの自宅ということになっています」
完全に追い詰められた虎倉は肩を落とす。
「あいつが悪いんだ。あいつは私を捨ててどうでもいい男と付き合った。それが許せなくて三年前私は別府市で彼女を襲ったんだよ!」
「つまり三年前のストーカーはあなただったということですね?」
三浦が確認すると虎倉は首を縦に振る。
「そうですよ。私は降石健とあいつが付き合い始めてからあいつのストーカーになった。私はあいつを見守る義務があると思ったからね。それでも彼女は振り向かなかった。だから三年前私は彼女を襲った。その時は馬鹿な警察のおかげで捕まらなかったのでラッキーでした」
「犯行動機も彼女が振り向いてくれなかったからでしょうか?」
須藤が聞くと虎倉銀三は笑いながら答える。
「その通りですよ。私は自宅でジャック・オー・ランタンのコスプレをする彼女を彼女が護身用で持っていたナイフを使って刺し殺しました。遺体にジャック・オー・ランタンの被り物を取り付けた理由は不完全だから。黒マントだけだと奇妙に思えて疑われると思いました。犯行動機は今回の事件と三年前の傷害事件は同じ。三年前も明確な殺意があったから、殺人未遂事件の方が正確かもしれませんが。兎に角今回の殺人事件のスケープゴートとして大神を利用したのも、彼の犯行にした方が都合がよいと思ったから。彼は一度警察に捕まりかけているんですよ。最高のスケープゴートではありませんか。そんな奴が身近にいて、ラッキーで」
虎倉の発言を聞き、三浦が彼の胸倉を掴む。
「何がラッキーですか! あなたの所為で彼の人生は地獄に変わったんですよ。それが分かっていますか!」
「それでも彼があいつを付け回していたのは事実でしょう。だから遅かれ早かれ彼は地獄に落ちる。だから罪悪感はなかったですね」
三浦は虎倉を殴ろうとするが、それを須藤が止める。
「虎倉銀三、檻の中で全ての罪を数えなさい」
「何だと!」
犯人は女刑事を睨み付ける。それから女刑事は淡々とした口調で、殺人犯の耳元で囁く。
「殺人罪、遺体遺棄罪、三年前の傷害罪、ストーカー規制法違反、拉致監禁罪など償うべき罪は多いですよ」
虎倉銀三の身柄は竹田署に連行される。それから虎倉銀三の自宅から被害者の血液が発見され、自宅の倉庫から監禁された大神士が発見された。大神士は命に別状がないらしく、竹田中央病院に搬送された。
数日後の黄昏時、大分県警本部長室に須藤涼風が呼び出された。須藤は目の前に座る白髪混じりの右の頬に黒子のある初老の男性の顔を見る。その席には鳴滝大分県警本部長が座っていた。
「どうだった。竹田署の三浦良夫巡査部長は?」
鳴滝大分県警本部長に聞かれた須藤は淡々と答える。
「私と互角の発想力を持つ熱血刑事でした。情に流されるタイプですが、大分県警本部の刑事としては合格点です」
「コンビを組んでみてやりやすかったのかな?」
「それもありますが、彼は私が持っていないものを持っています。それを評価しての合格点です。彼を大分県警捜査一課の刑事として推薦してもよろしいですか?」
「君が太鼓判を押すのだから、拒む理由はない」
「ありがとうございます。それでは十二月一日付で彼を異動させます」
鳴滝刑事部長は最後に須藤涼風に聞く。
「そういえば三浦良夫巡査部長の自宅は竹田市だったな。住居はどうするつもりだ?」
「その心配は必要ありません」
須藤涼風は一言告げ、本部長室を出ていく。
その足で彼女はある日本家屋を訪れる。彼女は顔を赤くしてインターフォンを押す。
それから三十秒後、玄関の扉が開き、一人の男が現れた。
「修ちゃん、遅い。いつまで待たせるつもり!」
須藤涼風の目の前にいるのは、両頬の雀斑がある顔に黒縁眼鏡をかけたデブ男。その男、黒川に対して、涼風はいきなりハグした。
いつもの行動に慣れない男は、赤面してしまう。
「涼風、いきなり何だ?」
「だって、事件続きで中々会えなかったんだもん」
「だから、こんな玄関先でハグする理由が分からない。どこで誰が見ているか分からないんだ」
汗臭いデブ男から離れながら、涼風はクスっと笑う。
「県警のキャリア警部の私のこと心配? それと、別にあなたに会いにきたわけじゃないんだから。入居希望者を紹介しにきただけ」
そう言いながら、涼風は黒川荘の大家に書類を渡した。
「入居希望者の紹介か? 五年前みたいなことにならなかったらいいんだがな」
ボソっと涼風の目の前の男が呟く。それを聞き、涼風の顔が曇る。
「……修ちゃんのイジワル。五年前の事は忘れようと思ってたのに」
「その発言はウソだな? どうせ今日もあの部屋に泊まるつもりだろう?」
涼風は首を縦に振る。
「勘違いしないで。あの部屋の窓から差し込んでくる朝日が気持ちいいだけだから」
須藤涼風は日本家屋の中に入っていく。あの忌まわしい部屋へ向かう彼女の後ろ姿を見て黒川は思う。須藤涼風という刑事は、五年前の事件の真相を今でも追っているのだろうと。
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