ジャックオーランタンの殺人 ③
竹田市内にある住宅街に建設された青い屋根の一軒家の前に、一台の覆面パトカーが止まっている。三浦が運転する覆面パトカーが、最初から駐車していた自動車の隣に停めた。
須藤涼風は三浦が運転する自動車の助手席から降り、別の覆面パトカーの運転席側の窓ガラスを叩く。窓ガラスが下がっていき、彼女は仲間の刑事に声をかける。
「状況は?」
「特に動きがありません」
「そうですか。これから彼に話を伺いに行くのですが、張り込みに支障はありませんよね」
「構いません」
部下への確認を済ませると、二人は降石健の玄関まで歩く。三浦がインターフォンを押すと、降石健がドアを開け、顔を覗かせた。
「また警察か? 何か用か?」
降石健が二人に聞くと、須藤涼風は冷徹な事実を降石健に伝える。
「あなたは午前五時頃、武井緑地公園に行っていますね。防犯カメラにあなたの姿が映っていましたし、目撃者もいます。あなたは現場に星形のペンダントを落としました。それからあなたと被害者の指紋が検出されました。あなたが現場にいたという証拠が揃っています」
「だから俺が殺したと言いたいのか?」
「そうですね」
須藤涼風は完全に降石健犯人説を信じている。だが三浦は降石健が犯人ではないと信じている。三浦は須藤涼風と降石健の間に入り、両手を広げる。
「待ってください。まだ彼が犯人と決まったわけではないでしょう。あの事件には不可解なことが多いではありませんか。その謎がまだ解き明かされていないのに、犯人扱いしないでください」
須藤涼風は三浦の言葉に呆れ、溜息を吐いた。降石健は三浦の言葉に賛同する。
「そうだ。そっちの刑事さんの言う通りだ。現場に行ったことを隠さなければ疑われる。刑事さん。俺は悔しいよ。実は昨晩、俺と蘭は夫婦喧嘩をした。喧嘩が始まったのは、虎倉銀三が主催するハロウィンパーティーの打ち合わせに行く直前のこと。喧嘩の原因は他愛もないすれ違いだよ。帰りが遅いから浮気しているとか何とか。それから彼女は俺の家を出ていった。あの時喧嘩しなければこんななことにならなかったと思うと悔しい」
降石健の頬を涙が伝う。その表情を見ると三浦は彼が殺したとは思えなくなった。三浦は彼に声をかける。
「もしかして武井緑地公園に行った理由は、喧嘩した彼女に呼び出されたからではありませんか」
「そうだよ。午前四時三十分頃だったな。寝室で寝ていたら蘭からメールが届いたんだ」
降石健はポケットからスマートフォンを取り出し、三浦にメールを見せる。
『今すぐ武井緑地公園に来て。ハッピーハロウィン♪』
三浦たちがメールに目を通していると降石健は話を続けた。
「このメールの指示に従って武井緑地公園に行ったら、ジャック・オー・ランタンの被り物を頭に付けて胸にナイフが刺さった遺体を見つけて、怖くなって逃げ出した。星形のペンダントはその時に落としたんだと思う」
「そうですか。もう一つだけお聞きします。大神士は今も武田運輸で働いていますか?」
「いいえ。あの事件以来リストラされて、消息不明だ」
「大神士の愛用する煙草の銘柄はジャッコ・フライデーですね?」
「その通りだ」
「もう一度確認します。虎倉銀三は煙草を吸わない?」
「吸わないよ」
「ありがとうございます」
須藤涼風が御礼を述べ、後ろを振り返る。三浦はスマートフォンを降石健に返し、須藤の後ろ姿を追う。
それから二人は覆面パトカーに乗り込む。助手席に座った須藤涼風は運転席に座った三浦良夫に話しかける。
「あのメールは偽装かもしれません」
三浦は須藤の言葉から、まだ降石健が犯人であると疑っていると思った。三浦はその考えを否定するため、首を横に振る。
「だからあの表情は演技ではありません」
「何か勘違いしていますね。真犯人の偽装メールによって降石健が呼び出された可能性もあります。まさかあなたは、私が降石健犯人説しか信じていないとでも思っているのですか。それは間違いです。私はあらゆる可能性から真実を導き出す。あなたのように情に流されて、真実を見失うようなことはありません」
「なるほど」
三浦が自動車を走らせると、赤信号に捕まった。停止線の前で停まった自動車の車内で須藤涼風が腕時計を見ながら呟く。
「ところであなたは犯人が誰か分かりましたか?」
「分かりません。須藤警部。あなたは犯人が誰か分かったのですか?」
「大体は分かりました。しかしまだ情報が足りません。ということで一時間後、第二回捜査会議を開催します」
この発言を聞き、三浦が驚く。
「早過ぎませんか。午前十一時ですよ。まだ三時間程度しか経過していませんよ。こんな短時間で捜査員を捜査本部に収集して、捜査会議を開催することにメリットはあるのですか?」
「三時間もあれば十分ですよ。三時間もあれば、この事件の謎を解き明かすパズルのピースが出揃います。もしパズルのピースが足りないようなことがあるならば、それは所轄署の捜査力が不足しているということになりますね」
三浦は侮辱されたような気分になり、自動車を竹田署に走らせる。
正午。捜査本部で第二回捜査会議が始まる。
異例の早さに多くの捜査員たちは戸惑っている。
須藤涼風がマイクを握り、席から立ち上がる。
「これから第二回捜査会議を始めます。とは言っても私から皆様に一方的な質問を行うだけです。私の質問に答えることができる人は手を挙げてください。まずは、三年前のストーカー事件の容疑者だった大神士が今どこで何をやっているのか分かった人はいますか?」
二人の刑事が手を挙げ、立ち上がる。
「大神士はホームレスになって、竹田市内で暮らしているそうです。現場の緑地公園で暮らすホームレスたちに聞き込みをした結果なので間違いありません」
所轄刑事の言葉を聞き、須藤涼風は頬を緩ませ、三浦の顔を見る。須藤は三浦も同じ顔をしていることを知り安心する。
「次に虎倉銀三と被害者は何かしらのトラブルがあったのか?」
須藤涼風の質問を聞き、二組の刑事が手を挙げ、起立する。
「虎倉銀三と被害者は、高校時代付き合っていて、突然現れた降石健と被害者が交際しているそうです」
「降石蘭は虎倉学習会の脱税を暴こうとしていたという証言があります」
二つの証言を聞き、須藤が呟く。
「これで謎は解けました。皆様は捜査で収集した情報を捜査報告書にまとめてください」
すると鑑識の西田が捜査本部に顔を出し、涼風警部に鑑識結果を渡した。
「皆さん。ジャック・オー・ランタンの被り物に付着した毛髪のDNA型と虎倉銀三のDNA型が一致しました。もちろん凶器から彼の指紋が検出されました。そして大神士の指紋も凶器から検出されました」
西田の報告を聞き、二人の推理は確信に変わる。
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