第3話|廃棄処分にして下さい。

 私は、欠陥品だった。

 欠陥品というと聞こえは悪いが、ある一定の水準までは達しているが、まだ改善の余地ありと判断されるレベルのものだ。

 私は、人との触れ合いが激減し、その感覚や感情を認識させることを目的として造られたロボットだった。

 私は、ロボットのくせに一日の終わりに必ず眠らなければならなかった。そうしなければ『学習』しないのだと。ここが、欠陥品とされる部分なのだろう。

 そして私は、改善データをとるためにその製造会社に勤める男性と暮らすことになった。


 男性は私に『アイ』という名をつけ、私は男性を『先生』と呼んだ。

 先に生きる人だから先生だと理由を述べたら、先生は声に出して笑っていた。


 先生は私に色々なことを教えてくれた。

 なぜ人は感覚や感情を把握しなければならないのか?なぜ私のようなロボットが造られたのか?ロボットが造られたことによる未来など、時に先生を困らせることも聞いた。

 先生は、唸りながらも最後はきちんと答えてくれた。


「アイ、質問だよ。外は雨。冷蔵庫の中には何もない。お腹は空いた。さて、俺ならどうする?」

「料理の配達を頼む」

「当たり!……って、こんなことばかり教えてちゃダメか」


 先生は、いつも笑って楽しそうだった。


「アイ、笑ってごらん」


 先生と暮らし始めた当初、私はこんなことをよく言われていた。私が笑うと、先生も嬉しそうだった。

 次第に、先生が笑う時は私も笑みを返すようになり、顔を合わせると私から笑うようになった。

 先生は、とても嬉しそうだった。


 ある日、その日常は一変した。

 家に帰ってきた先生は、私を見るなり怯えた仕草をとった。笑いかけなくなった。声をかけなくなった。『アイ』と呼ぶこともなくなった。

 そして、先生は何かに追い詰められたように、毎日テーブルに肘をつき、頭を抱えていた。私が先生を呼ぶと怒鳴るようになった。突き飛ばすようになった。

 でも、最後は私を抱きしめて謝った。

 私にはわからなかった。どうすればいいかも、何をしなければいいのかもわからなかった。

 だけど、先生の記憶はどんどんと険しい顔に変換されていく。学習ができないのかもしれない。もしかしたら、私の欠陥部分に何か重大なことが隠されていたのかもしれない。そして、先生はそれを知ってしまったのかもしれない。


 ある日から、先生はとうとう家に帰らなくなってしまう。数名の男性が家に入り、先生の部屋の中をあさっていた。そして私は製造会社に連れ戻される。先生がどうなったのかは誰も教えてくれない。だけど、皆一様に黒い服を着ている。

 どこかの部屋に閉じ込められる直前、私は『私』を見ることになる。人間の私を。培養器のような入れ物の中で痩せ細りながらも生きている私。その子を見た瞬間、頭の回線がつながる。


 ああ、そうか。先生はこれを見たんだ。

 私はこの子の代わりだったのだ。一日の終わりに眠るのは、この子に記憶を送るため。私が先に笑えるようになったのも、この子のおかげ。私とこの子は今もつながっている。

 この子が誰なのかもわからない。なぜ、私が造られたのかもわからない。

 ただ、自分自身と対面した今、涙が溢れて止まらなかった。


 私は言う。


「お願いがあります。私を……」


 そう言いながらも、私は私とこの子の生命維持装置と記憶のデータを消し始める。


「廃棄処分にしてください」


 そして私は二度と戻ることはない深い闇に堕ちた。


     END

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