夕食 at ホットサンドスタンド・ツェッダプフェン

「――はっ! 私は一体いままで何を」

 

 もぐもぐと3つめのホットサンドを食べていたお嬢が、手にしていたそれを皿の上に置いた。


「何を、って。ホットサンド食べてるだろ」

「そうじゃないわよ! そもそもいつの間にこんなところに?」


 まぁ、お嬢がそう言うのも無理はない。

 

 お嬢にが発動し、とりあえず飛び込んだのが、ここだったのである。いつもであれば、さっさと名前を呼んで解呪するのだが、情けないことに、俺も相当パニクっていたのだろう、名前を呼ぶなんて簡単なことに気付かなかったのだ。

 それで、お嬢を担いだままおろおろしていたところ、この移動式ホットサンドスタンドが見えた、というわけである。


 お嬢を折り畳み式の椅子に座らせて適当に注文を済ませ、それらが運ばれて冷水を一口飲んだところでやっと落ち着いたのだった。で、お嬢の呪いを解こうと彼女を見てみれば、けけけ、けけけ、と言いながらもしっかりホットサンドにかぶりついていた、と。何ともシュールな絵である。


「……というわけだ」

「嘘。まさかそんなことってある?」


 そう言いつつ、皿の上のホットサンドを再び食べ始めた。


「あったんだよ、実際に。目の前の包み紙を見てみろ」

「あら、ほんとだわ」


 まったく。

 そういや昨日も呪いが発動したもんなぁ。やっぱり呪術師のところには行った方が良いかもしれない。それとも思い切ってお嬢のお師様のところに行ってみるとか。確か、いまは世界の裏こっちにいたはずだ。しかし果たしてお嬢が良いと言うだろうか。そこが問題である。


 お嬢は無意識のうちに食べてしまったホットサンドの包み紙を丁寧に丁寧に伸ばし、「味も覚えてないなんて……」と肩を落としている。そして、三角形のその包み紙をきれいに伸ばした後で、ちらりとこちらを見るのだ。


「……覚えてないんだもの、ノーカンよね?」


 などと意味不明なことを供述しており――。

 まぁ、良いけどさ。


「同じやつで良いか? って言っても、ここは移動式の屋台スタンドだからあまり種類がないんだ。全部で3種類しかない」

「つまり、ここにあるのが全種類ってことね。もちろん、3種類いただくわよ」

「だよなぁ。――おおい、店主! もう1セット頼む!」


 そうカウンターに向かって叫ぶと、屋台の店主には少々不釣り合いな恰好――というのは失礼かもしれないが、パリッとした燕尾服を着たドラキュラが「畏まりました」と返事をした。しっかり固めた艶やかなオールバックの黒髪が月夜にきらりと光る。


 ここのホットサンドは、細かく砕いた暖温糖を表面にまぶした甘いパンを使っているのがウリなのだが、中の具も甘いものしかないのかというとそういうわけではない。


 まずひとつめは、塩漬けのモンゴリアマロンのスライスと、ピリリと辛いトルネイダペパーの種を使ったサワーソース入りのピリ辛(レベルの辛さではなかったが)サンド。

 完全に熟したモンゴリアマロンは殻が柔らかくなるので、その実を狙って虫が侵入しやすい。そこで、殻が硬いうちに収穫し、塩漬けにするのである。二月ほど漬けておけば、殻は手で剥けるほどに柔らかくなり、渋味も抜けて、熟していなくても食べられるようになるのだ。


 それから、二角ふたつの飛び魚のフライと手乗り羽牛はねうし(この『手』は巨人のものだ)のカツにシャキシャキのリリーレタスを挟み、24種類の香味野菜で作ったグルヅックソースをかけたフライ&カツサンド。

 二角飛び魚の骨は柔らかいが、角と羽が硬いので食べる際には注意が必要である。


 そして唯一甘いのが、凍らせてから砕いたフロリエールという果実を、ごくごく薄い板状に加工した2枚の寒温糖かんおんとうで挟んだスイーツサンド。

 これは最後に鉄板でプレスすることにより凍っていたフロリエールがわずかに溶ける。とろりとした果汁とシャリシャリの果実に、パリッとした冷たい寒温糖の食感が良い。


「美味しい~! 私この果実サンド好き! シャリシャリにパリパリで、たまにとろりん~」


 パリパリと小気味良い音を立てながら、お嬢が目を細める。

 さっきまでうつろな目で「けけけけ」言いながら食べていたお嬢が美味しい美味しいと上機嫌なのを見て、店主のドラキュラも安堵している様子だ。


 空を見上げると、その色は、あの紫色の王様が纏っていたマントよりも少し明るいように見えた。その夜空に、きらきらと控えめに瞬く星が張り付いている。それはまるで王妃のドレスのようにも見え、一緒にいたのはほんの数時間だし、それにほとんど振り回されていたというのに、何だかちょっと寂しかったりする。


「楽しかったわね、今日も」

「そうだな」

「良い王妃様だったわね」

「ちっとも王妃っぽくなかったけどな」

「確かに。うふふ」


 王妃としての教育なんて受けているはずもない、元勇者の、そして多分田舎出身のノーマンの少女。魔王は世襲制だから、彼は生粋の王族のはずなのに、それが不思議と上手くいくんだから、わからないものだ。


「なぁ、お嬢、明日はどこに行こうか」


 蜜冷水という、寒温糖の塊に沢の水を注いだものをごくりと飲む。時間が経つにつれ、その寒温糖がじわじわと溶け、水は一層冷え、甘みを増していくのだ。ちなみに暖温糖を入れれば、その逆で、水は甘みを強めながらどんどん熱くなって蜜温水となる。基本的には冬季の飲み物なのだが、注文すれば飲むことが出来るらしい。ただし、その場合は有料だ。


 お嬢も蜜冷水をぐびりと飲んで「あんまーい」と頬を緩めると、「そうねぇ」と呟いてから空を見上げた。そして――、


「ばあちゃん、元気かしら」


 と、呟く。


 ばあちゃん、というのは、つまり、彼女の師匠、お師様だ。


「せっかくだし、挨拶くらいしていくか?」

「そう……ねぇ……。ま、挨拶だけ、挨拶だけならね」


 

 お嬢のお師さんのサヨコ・ダダ・ユランティ・ヨランカ・グズムンラナガン・ノーヴァ・レーニヒ……(以下略)は短命と言われている北北西出身の魔女にしてはかなりの長命で、俺の記憶が確かならば、御年9853歳だったはずである。

 お嬢の師匠であるわけだから、当然彼女よりも優秀な魔女である。火加減も、差し水のタイミングも、すべてが完璧で、薬を作らせれば彼女の右に出るものはいないと言われたほどらしい。


 そんなサヨコ師匠は、お嬢が一人前になるや、


「それじゃ、あたしは何か美味しいものでも食べに行こうかしらね」


 なんて言って、出て行ってしまったのだ。

 てっきり数日で戻ってくると思ったのだが、1年経っても2年経っても帰ってこない。そのかわりに、彼女の使いらしい小さな鳥やら虫やらが手紙を運んでくるのである。そこには上手いのか下手なのか判別しかねる絶妙なタッチのイラストと共に、どこで何を食べたとか、こんな景色を見た、なんてことが書かれていた。


 そしてその、数ヶ月ごとに定期的に送られてくるその絵手紙を見て、お嬢はとうとう決心したのである。


「ばあちゃんばかり美味しそうなものたくさん食べて、私は毎日毎日シリアルバー片手に薬作り……。たった一度の長い人生なんだもの。ちょっとくらい寄り道したって良いはずだわ」


 そして、るんるんと鼻歌混じりに俺の腕を掴んでこう言ったのだ。

 

「ねぇ、サールちゃん。何か美味しいもの食べに行かない?」


 と。



 つまり、この旅は、サヨコ師匠に感化されて始まったようなものなのである。

 

 旅に出る前に届いた絵手紙には、『いまは世界の裏でシャリシャリのサクじゅわ~を堪能中~♪』と書いてあった。だいたいひとつの土地に5年はいるので、まだここにいるはずだ。


「サヨコ師匠ならこの辺の美味いもの知ってるんじゃないのか?」


 そう言うと。


「そうね! 確かに!!」


 宝石のような瞳をきらきらと輝かせてお嬢はパンと両手を打った。


「明日、朝ご飯を食べたら、ちょこっと挨拶しに行きましょ。それで、一緒にお昼ご飯食べるの」

「おお、良いんじゃないか。そうと決まれば今日の宿を――、ううん?」


 探さなくちゃな、とテーブルに手をついて立ち上がると、その手をぐい、と掴まれた。


「何だ?」

「そんなに急がなくたって良いじゃない」

「でも、あんまり遅くなると野宿になるぞ?」

「私は構わないわよ? だって見てよ、この空」


 俺を再び座らせると、腕を掴んだままよいしょよいしょと自分の椅子を移動させ、ぴったりと隣に並んだ。そして、星空を指差す。


「王様のマントとローラのドレスみたいね」


 さっき俺が考えていたことをそのまま口に出し、お嬢はうふふと笑っている。そして、俺の肩にそっともたれてきた。


「今日はありがとね」

「ん? 何かしたか?」

「私のこと、守ってくれたでしょ」

「え? あ、あ――……、まぁ、一応。結局王様に助けてもらったけど」

「そうだけど」

「切り札も役に立たなかったし」

「そうだったわね」


 いや、そりゃとっておきのがまだあるけどさ。だけど、あれは即効性がないから。


「でも、嬉しいのよ。サルがいつだって私のこと守ってくれるのが」

「守るさ、そりゃ――」


 そりゃ……、とその続きをためらった。何て言えば良いのだろう。


 と、言い淀んでいる俺の胸の中に、お嬢が飛び込んできた。思わずその背中に腕を回す。彼女はいつも背筋をぴんと伸ばしていて、自信満々に胸を張っている。だから、何だかとても大きく見えるのだが、実際は、俺の腕の中にすっぽりと収まってしまうくらいに、とても小さく、華奢だ。


 その小さな身体が少し震えている。

 本当は怖かったのだろう。

 私に任せなさい、なんて強がっていたけれども。


「……お嬢。俺は、ああいう時にちっとも頼りにならないし、切り札っていう切り札も大したことないけど、だけど、お嬢のことは絶対に守るから」

「でも、サルが危なくなるのも怪我をするのも絶対に駄目よ」

「俺はちょっとくらい平気だ。もともと木なんだから」

「でも傷付けられたら痛いでしょ」

「お嬢を傷付けられる方が痛い。だから良いんだ。だって――」


 腕に少し力を込める。

 お嬢が苦しくないように優しく。

 でも、彼女が俺から離れていかないほどの強さで。


「お嬢は俺の大切な人だから」


 今度はするりとその言葉が出て来た。

 

 すると、胸の中のお嬢は、小さくこくりと頷いた。


「私もあなたが大切よ」


 俺の胸にごしごしと顔をこすりつけながら、もごもごとそう言う。

 そして、もぞ、と顔を上げ、視線を合わせてから、真っ赤な顔でちょっと眠たそうに「ほわぁぁ」と大きなあくびをした。


「サルのここ、暖かくって、眠たくなっちゃうわね。ここで寝て良い?」

「……良いわけないだろ。とっとと勘定して、宿を探すぞ」


 何だよ、ちょっといい雰囲気だと思ったらこれだもんなぁ。


 まぁでも、お嬢らしいといえばお嬢らしいけどさ。


 


【夕食:ホットサンドスタンド・ツェッダプフェン】

・塩漬けのモンゴリアマロンのスライスと、ピリリと辛いトルネイダペパーの種を使ったサワーソース入りのピリ辛サンド

・二角飛び魚のフライと手乗り羽牛のカツにシャキシャキのリリーレタスを挟み、24種類の香味野菜で作ったグルヅックソースをかけたフライ&カツサンド

・凍らせてから砕いたフロリエールを、ごくごく薄い板状に加工した2枚の寒温糖で挟んだスイーツサンド

・蜜冷水



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