昼食 at オリヴィエの自宅の庭

「ぱんぱかぱーん! ぃよいしょぉっ!」


 そんな奇声を発し、お嬢は革袋に手を突っ込み、中のものをむんずと掴んで、ふぁさり、と新郎新婦の頭へと振りかけた。


 革袋の中身が何なのか、この近くに住むコボトル族が知ったら憤死するだろう。


 それは、満月切手と呼ばれるもので、切手、と名が付くものの、郵便物に貼るようなものではない。まぁ、価値を知らないものが見ればただの薄黄色のひらひらした紙切れである。

 これは月の光でしか成長が出来ない千年月樹の樹皮と樹液で作った紙で、満月を神と崇め、千年月樹を御神木として祀っているコボトル族にとっては金銀宝石よりも価値のあるものなのである。

 そりゃ短命なコボトル族にしてみれば千年月樹は祀るに値する神の木なのかもしれないが、軽く5,000年は生きる魔女からすればただの庭木と変わらない。


 だからその満月切手にしても、


「ちょっと試しに作ってみない?」


 という軽い気持ちで――コボトル族の幼児が金と銀のビーズでネックレスを作るくらいの軽い気持ちで作ったものなのだ。


 だから、つまり、お嬢にとってはただの紙吹雪――何ならちょっとべたつくわねぇ、くらいの気持ちしかないはずだ。


 角小人つのこびとのフィアンもビッテもその紙の価値を知らないのか、あるいは知らない振りをしているのか、とにかく黙って笑っていた。


 フィアンはその傷だらけの角にフロージリアローズの花弁で着色した薄い水色の砂を擦り込ませるようにして付けている。片やビッテの丁寧に磨かれた角はというと、こちらも使用しているのはフロージリアローズの花弁なのだが、じっくり煮出したその汁をたっぷり含ませた布を巻き付けて染色した状態だ。この色は数日で自然と落ちるらしい。


 それぞれの角を揃いの薄水色に染めた新婚夫婦は、紅色の頬を幸せでぱんぱんに膨らませている。


「ありがとう、おリビ殿、おサル殿。とても素敵な式だわ」

「まさかこんなに盛大に祝ってもらえるとは。俺からも礼を言う。ありがとう、おリビ殿、おサル殿」

「ううん、良いのよ。我ながら短時間でよくぞここまでと思ったわ」

「まぁ、飾り付けもほとんど俺がやったんだけどな」

「そうだったかしら」


 お嬢はつんと澄まし顔だ。


「それに鍋も……そろそろ良いんじゃないか? さっきからものすごく美味そうな匂いがするんだが」

「そうねぇ……。そろそろ良いかも! フィアン、ビッテ! 食べましょ食べましょ。おリビ特製植物鍋よ! 味付けはシンプルにカギハナオオバチのハチミツだけ。できたてほかほかアツアツがサイコーなの!」


 そう言うや、お嬢は小人夫婦をそっと手の平に乗せると、ぐつぐつと煮えている鍋へと向かった。俺も慌ててその後を追う。


 待ち切れないといった様子で覗き込むと、透き通ったルビー色の汁に浮かぶのは軽く煮えてから取り出して小さく切った野菜や果実達だ。


「さぁ、最後の仕上げぇ~。おサルちゃん、火を消したら、そこにあるフルベラの花びらをどどーんと入れちゃって!」


 竈の横に置いた折り畳み式の調理台の上には、仕上げ用にちぎっておいたフルベラの花びらがかごにこんもりと盛られている。雪のように真っ白な花弁だ。

 それを一掴みして鍋にふわりと振りかけると、鍋の中はたちまち雪景色となった。それが少しずつ少しずつ鍋の中の水分を吸って沈んでいく。真っ赤だったはずの鍋はじわじわとピンク色へと変化していった。


「素敵ねぇ」


 と、お嬢が呟くと、


「君の方が素敵だ、ダーリン」

「まぁ、お上手ね、ハニー」


 小人夫婦は恐れ多くもお嬢の手の平の上で、もじもじしながらイチャついている。全く、目の毒だな、これは。


 軽く鍋をかき混ぜてから、良く洗ったペッコチクルミの殻に鍋を盛り付けてやり、さっき机代わりに使った魔法書の上に置いてやる。少しでも結婚式らしくするために、レースで編んだコースターをクロス代わりに敷いて。ペッコチクルミは彼らの椅子になったり、食器になったりといままでにない活躍ぶりだ。


「お花と果実の甘い香りがするわ」

「んっふふ。でしょ? これはね、私のおばあちゃん直伝なの。植物の水分だけで煮るお鍋よ。果実だけのお鍋っていうのをどこかの国で食べたらしいんだけど、野菜や薬草も加えちゃうのがおばあちゃん流なのよねぇ」

「果実だけの鍋は、南南西の諸島の……どっかの島だな、確か」

「そそそ。確かその辺。あーでも、これはこれで最高の味よね。あっつあつぅ~の甘酸っぱぁ~。たまらんっ!!」


 新郎新婦のための料理なのに完食されてはたまらんと、器に盛り付けたのだが、一応彼女の方でもその辺はわきまえていたらしい。とはいえ、2人の身体の大きさを考えれば最終的には9割9分が彼女の腹に収められると思うが。気持ちの問題なのだ。


 俺もお相伴にあずかり、スプーンで汁を一口いただく。まず最初に舌が感じるのは爽やかな甘酸っぱさだ。それをごくんと飲むと、ふわりとフルベラの香りが鼻から抜ける。

 身体がぽかぽかと温かくなるのは、ただただこの鍋が熱々だからというわけではない。一昨日行った北の島で食べたようなスパイスもどっさりと入っているのだ。



「何だかじんわりしちゃうわねぇ」


 むしゃむしゃと具をみ、ずずず、と汁を啜る。


 俺達の視線の先には、切り株を加工して作ったテーブルの上で、仲睦まじくくるくると回っている新婚夫婦がいる。角小人というのは、良く歌い、良く踊るものらしい。


「幸せそうだな」

「絶対幸せよね」


 危うく、羨ましい、となんて思いそうになる。


 いや、俺だって充分幸せなのだ。

 お嬢とはずっと一緒にいられるし、毎日色んなところに行って、色んなものを見られるし、色んなものを食べられる。


 だけど、心のどこかで、何かがちょっと欠けているような気がしないでもない。

 まだ一歩踏み出せていない、というような。


 問題はそれがあまりに漠然とし過ぎていて、何が欠けているのかが全くわからない、という点だ。


「なぁお嬢、この後はどこに行こうか」


 お嬢は彼らの口ずさむ歌に合わせて身体を前後左右に揺すっている。

 お腹も膨れて機嫌が良いのだろう。


「次? 次は……そうねぇ……。そうだ! 朝に行ったデリ市場! 私あそこゆっくり見てないのよね。あそこでおやつ食べて~、それから~」

「それから?」

「そうねぇ……。それはおやつを食べながら考えましょ」


 そう言いながら、さすさすと腹を撫でる。残った汁は様々な果汁を垂らして味を変えながら飲むのである。まずはストトユズの果汁を絞って酸味を強くし、次にカギハナオオバチのハチミツを足してふわりと甘くし、最後はポポトコレモンの皮を削りちょっぴりほろ苦く。


 あれだけあった鍋の中身がきれいになくなると、式は終了だ。


 あまり長居もしていられない、と立ち上がる。

 式が終わるとなれば、もう俺達はここにいてもいなくても良いのである。

 家人がいようがいまいが、彼らの生活に大きな変化はない。


 ずっとくるくる回りながら歌っていた角小人の夫婦は、俺達が出発することに気が付いたらしく、歌と踊りを止めて上気した頬をほころばせながらこちらへと走って来た。フィアンは自分よりもやや小さなビッテの手を取り、ビッテは長いスカートの裾が邪魔にならないようにと、端の方を少し摘んで。


「もう旅に出られるの?」

「そうよ。いつ戻るかは未定なの。例えばだけど、この家にある調味料と保存食のストックが切れたら、あなた達、困る? わよね?」


 そう尋ねると、フィアンとビッテは揃って首を横に振った。


「問題ないわよ」

「そうなの? 別の家を探すってこと?」

「いや、その時には俺が外へ狩りに出るから問題ない。おリビ殿とおサル殿は、俺達の心配などせず、旅を楽しんでくれ」


 フィアンがそんな頼もしいことを言えば、新妻はうっとりとそれを見つめる。


 狩りの上手い夫に巡り会えた妻は幸せである。そして、家のことをしっかり切り盛り出来る節約上手の妻に巡り会えた夫もまた。


 もし、旅を終えるか、あるいは所用によって帰宅した際には、彼らに似た角小人が増えていれば良いな、と思いながら、俺達は、2人に見送られ、森を発った。





【昼食:オリヴィエの自宅の庭】

 オリヴィエ特製(厳密には彼女の祖母が考案したのだが)植物鍋

 

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