間食 at ハラキリゲイシャ山

「海の次はやっぱり山だよね」


 フジシロが次に案内してくれたのはこの島の中心にある唯一の山『ハラキリゲイシャ山』である。休火山で、最後に噴火したのは約1000年前だ。


「ここには何があるの?」

「ここで採れるのは、オオテングダケとニュウドウキノコと、コハクカンっていう木の実だよ。もちろんそれ以外も食べられるヤツはあるけど、あんまりお勧めしないかな。どこででも食べられるし。もう少ししたら休憩所があるから、キノコは食べる分だけ採ったら、そこで焼いて食べよう。コハクカンは探しながらちょいちょい摘まむ感じで」

「良いわね!」


 山といっても、そう大して高いわけでも傾斜がきついわけでもない。緩やかな坂道という印象で、登山客のためだろう、きちんと整備もされている。

 フジシロは辺りをキョロキョロと見渡しながらお目当てのキノコをひょいひょいと採っては籠の中に入れていく。俺も手伝おうかと言ったのだが、「いやいや、これは素人には難しいんだよね」等とあしらわれて拒否されてしまったのである。えぇと、一応、俺は『素人』ではないんだが。


 オオテングダケは東方の一部地域に存在するテングなる生物に似たキノコで、俺の手のひらくらいの大きさの真っ赤な傘と、『ハナ』と呼ばれる太めの柄が特徴である。ちなみに、この『ハナ』だが、内部に強い毒があるので、食べられるのは傘の部分のみだ。

 そして、ニュウドウキノコだが、これはもうひたすらにデカい。とはいえ、1mにも満たないのだが。食用キノコとしてはかなりの大きさである。


 しかしそんなキノコ達よりもお嬢の興味を引いたのは――、


「すごい! 何これ?!」

「これがコハクカンの実だよ」


 細い枝にたわわに実る、無色透明の実だった。

 水をそのまま固めてぶら下げたような、といえば伝わるだろうか。まんまるの水が一本の枝に行儀良く3つずつ並んでいるのである。

 中にはその体内に昆虫を閉じ込めているものも多々ある。まぁ、つまりは食虫果実ってやつだ。


「食べれるの? これ、食べちゃって良いの?」

「もちろん。これがビイトロ達の好物なんだ」

「へぇ~、中に入ってる虫ごとイケるのね?」

「そうだよ。蝶が入ってるのがいっちばん美味いやつ。その次は蜂。でも、蛾には気を付けて。あれが入っちゃうと、ちょっとパサパサするんだよね」

「成る程成る程。それじゃぜひとも蝶が入ったやつをいただきたいわねぇ」

「ああそうだ、あとさ、例えば蝶は蝶でも種類によって味が違ったりするから、同じのばっかり食べると飽きるよ」

「オッケー」


 じゅるり、とよだれを啜る音が聞こえる。

 ようし、任せろ。お嬢のために俺が蝶入りの実を探してやる。


 この辺一帯はコハクカンの林らしく、右を見ても左を見ても透明の果実が風に吹かれてゆらゆらしている。これは蜂、これは……蛾か。これ……は蜘蛛か。やはり蝶はレアなのかなかなか見つけられない。あった、と思い近付いてみれば蛾だったりする。


「リービちゃんっ、ほら、これはゲイコミナライが入ったコハクカンだよ。食べて食べて!」

「むむっ……! 優しい甘さにピリリとスパイシー! 美味しい~っ!」


 くそっ……! やはり地元民は強い……!!

 もう少し奥に行ってみるか。

 


「リビちゃんリビちゃん、こっちのはどう? オイランアゲハっていうんだ」

「どれどれ……まぁこれはまたほど良い酸味! それに良い香り~!」

「でしょ~! この蝶はね、香りの強い花の蜜だけを吸うんだ。だから、身体中から花の香りがするんだよ」  

「そうなのねぇ。食べた後も花の香りが残ってる!」

「うふふ、これはね、愛の告白をする前に食べると成功率が上がるって言われてるんだ」

「そうなの?」

「そうさ。試してみるかい?」

「何を?」

「愛の告白だよ」

「誰に?」

「俺に」

「何でよ」

「いまなら成功率100%だよ?」

「だとしてもよ! もぉ~、フジシロ冗談キッツいわぁ。――ねぇ、サル? あれ? サル? サルちゃーん?」



 お嬢とフジシロがよくわからないやり取りをしていたその頃、俺はというと――、


「これは……また見事な」


 一瞬、目が眩んで、おかしくなったのかと思った。

 目の前には、キラキラと光る木々。視線を少し下にずらせば、やはりキラキラと光る花に、キノコ。視界に映るものすべてが、日の光を四方八方に反射させている。


「話には聞いていたが、やっぱり実物は違うな。神々しいというか……まぶしい」


 その場にしゃがんでガラスの花の花弁を撫でる。表面はツルツルしていて、柔らかさはまるでない。


 これを摘み取ったら、俺もビイトロのようになるのだろうか。


 そんなことを考える、が――。


「あぁもういたいた! サル! どうして勝手に行っちゃうのよぉ!」

「あ、お嬢。すまんすまん。お嬢のために蝶が入ったコハクカンを探してたんだが――ほら」

「あらら、見事な『キリコ』ね」


 お嬢はさらりとそう言った。

 そう、くだんの禁じられた木々や花、キノコというのは、恐らく、この『キリコ』という菌に汚染されてガラス化したものなのだ。


「どうなの、サル? この森ごと駄目そう? かなり感染力が強い菌だしねぇ」

「いや、大丈夫だろ。ほら、ぐるっと回りにエンマカミツレが植えられてる。キリコに強い植物だ。誰かが植えたんだな」

「誰かって……誰?」

「さすがにそこまでわかるわけないだろ。ただ、エンマカミツレはどこででも育つけど、基本的には低地を好む植物だから、人の手を加えないとここには生えない」


 そんな話をしていると、フジシロが遅れてやって来た。


「はー、見つけた見つけた。リビちゃんってばどんどん行っちゃうんだもんなぁ」

「おう、フジシロ」

「あっ……、サル君、見つけちゃったかぁ。触ったりしてない? 絶対に摘んだら駄目だよ」

「表面を撫でただけだ、問題ない」


 そう言いながら、ガラスの花に視線を落とす。花びら一枚、あるいはその細い茎をぽきりと折ると、そこから飛び出したキリコ菌が風に乗って次の獲物へと襲いかかる。

 それでも、さすがに人への感染というのは滅多にないケースだった。確かに感染力の強い菌ではあるが、それは非力な植物などに対してであって、動物の免疫やら胃酸に勝てるほどではない。つまり、よほど大量の菌に汚染されない限りは、多少摂取しても問題はないはずなのだ。


 だからきっと、彼らは大量に伐採し、採取し、そして、食べたのだろう。


 見た目は美しいから装飾品の類にも加工しただろうし、祭祀の際には粉末を肌に塗ったりしたかもしれない。


 遺伝子の深く深くまで染み込み、子孫にまでその害がのこるほどに。日常的に。生活の中に溶け込むほどに。


「きれいだよね、本当に」

「見た目はな」

「きれいなものには、トゲがあるんだ」

「そういうものよ」

「ここのエンマカミツレを世話してるのはフジシロか?」

「世話っていうほど大層なことはしてないけど、一応ね」


 赤と黒の花弁が交互に並ぶエンマカミツレは、境界線のように、結界のように、キリコに汚染されたもの達を囲んでいる。これはこれで摘み取って乾燥させると香りの良い茶になる。かなり深いところまで根を伸ばす植物だが、地下には潜るものの、横へ広がっていくことはない。


「ちょっとなら食べても良いかしら」


 透き通る花をじっと見つめていたお嬢がぽつりと言う。俺にしか聞こえないくらいの小さな声で。


「……とりあえず、止めとけ」


 とりあえず、それだけ言っておく。

 お嬢は一瞬不満そうな表情をしたが、「そうね」と呟いて小さく頷いた。

 

「ねぇ、いつまでもここにいたって仕方ないでしょ? あっちでコハクカンとキノコ食べようよ。この後も予定詰まってるんだから」

「予定?」

「そうさ! あんなにチップ弾んでもらっちゃったからさ、出発ギリギリまで美味いもん食わせちゃうよ、俺!」

「……頼むから、出発1時間くらい前には何も与えないでくれ」

「えぇ~、私、ギリギリまで食べたぁい!」


 お嬢がだんだんと足を踏み鳴らす。

 その衝撃は、エンマカミツレの地中深くに檻のように伸びた根によって吸収され、境界の内側へは伝わらない。もちろん彼女の足踏み程度の振動ならば直に届いたとしてもさすがに何も影響はないのだが、中規模程度の地震なら、彼らはすぐに割れて粉々になってしまうだろう。

 だから、『キリコに強い』というだけではなく、根をまっすぐに伸ばすエンマカミツレが最適なのである。これならそこそこ大きめの地震でも耐えられる。

 これを植えた人物はそういう知識を持っていたのだろうか。それとも、たまたまか。



「ん~? んんん~? ほっふ、ほふっ!」

「お嬢、もうちょっとゆっくり食えよ」

「はふっ! あっふ! ……サル、焼いて食べる物が一番美味しいのは、焼けた直後なのよ?」

「だとしても、あまり熱すぎれば味も何もあったもんじゃないだろ」

「ふふん! 私にはわかるのよーっだ」

「あっそう……」

「どんどん焼くぞ~!」


 フジシロは手際よくどんどんキノコを焼いていく。食べやすいようにと薄く切ったため、どちらもあっという間に火が通る。それを見越して焼き上がったものを入れるための皿も準備したのだが、そこに乗せるそばからお嬢がかっさらっていくのだった。


「ただ焼いて……あふっ! だけなのに、はふはふっ! こっ、こんなに美味しいなんて、あっふ! 反則よねぇ」

「まぁ、それは確かに」


 あふあふ、はふはふと言いながら、それでもお嬢は食べるのを止めなかった。フジシロの焼くペースが落ちると、テーブルの端にこんもりと積み上げられているコハクカンに手を伸ばす。

 俺とお嬢を探している間に見つけたらしいそのコハクカンにはすべて異なる蝶がとり込まれていた。結局俺は蜂入りのやつしか見つけられなかった。やはり地元民には敵わないのである。


「ねぇ、フジシロ」

「何だい、リビちゃん」

「このコハクカンっていうのは食虫果実なのよね?」

「そうだよ」

「でも、しっかり虫の形が残ってるじゃない? この子達はいつどうやって中の虫を食べるの?」


 ……そんなこと、俺に聞けば良いのに。何でフジシロに聞くんだ。

 そんな思いでちらりとお嬢を見る。彼女は「んお?」と小さな声を上げたが、どうやら俺の心の声なんて届いちゃいないらしい。またすぐにフジシロの方を見る。


 くそ。

 

 むんずと蜂入りのコハクカンを掴み、がぶりとかぶりつく。皮は柔らかく、もっちりとした食感である。

 中に入っているのはトクガワブンブンという大型の蜂で、黒と黄緑色の斑模様が美しい。この蜂は肉食でナカヌナラという名の小鳥ばかりを狙うのだ。そのためか、このコハクカンも花の蜜の味はせず、濃厚なチーズのような味がする。これだって結構美味いのに、お嬢はフジシロが採った蝶のコハクカンしか食わない。


「コハクカンはね、夜に食べるんだ。明るいうちに狩りをして、夜が更けてからゆっくり食べるってわけ。じわじわ溶かしながらね。見ていてあんまり気持ちの良いもんじゃないし、消化しきっちゃうと味もなくなっちゃうから、夜のコハクカンはお勧めしないなぁ、俺」

「成る程ねぇ。ねぇ、キノコはまだかしら」

「……えっ? まだ食べるの?」

「フジシロ、お嬢の腹を舐めるな。つべこべ言わずに焼くんだ。俺も手伝うから」

「……ありがと、サル君」


 その後、フジシロはしばらくの間「え?」「まだ?」「本当に?」の3語しかしゃべらなかった。




【間食:ハラキリゲイシャ山】

 焼きオオテングダケ

 焼きニュウドウキノコ

 コハクカンの実

  蝶入り(ゲイコミナライ、オイランアゲハ、オボコノオシロイ、ベニニョウボ)

  蜂入り(トクガワブンブン、ヨロイバチ、タイショウバチ)

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