夕食 at 灼熱鍋専門店ヤァ=ケドゥットィ

「……はふ。ほぉひへははぁ」

「何だ?」

「あっふ!! あっふあっふ!!」 

「飲み込んでからしゃべれ、お嬢」


 真っ赤な顔をしてはふはふと口から湯気を吐きながら、お嬢は当初の目的であった『鍋料理』を食べている。


 そう、ここを目指していたはずだったのだ。昨日の時点では。

 それなのに、樹人おれが浮島のことは知らないと口を滑らせたばかりに、急遽目的地を変更したのである。そんな寄り道をしたせいで、ここ、『灼熱鍋専門店ヤァ=ケドゥットィ』に辿り着いたのは最も店が混むのだという22時半のことだ。


 専門店、と謳うだけあって、2人で座るにはかなりゆとりのあるテーブルも特注らしく、ちょっと変わった作りになっている。

 テーブルの中心には大きな穴が開いており、熱さに耐えられるよう、中の壁は石で作られている。そしてその穴は、ナナイロトカゲの鱗とコンジキヤツメグモの糸で編んだ網が乗せられているのだった。


 分厚いメニューを開くと、お嬢は目を輝かせて「全部頼もう!」とのたまったが、何とかそれを説得し、とりあえず3品で我慢してもらう。


「はいはい、こちらお熱いですよォー。決して触らないでくださいねェー」


 立派なたてがみのある爬虫類顔の店員が恭しく銀色のツボを乗せたトレイを運んでくる。南の大国ドドコンガトンガの中にあるウルベラスタ自治区に住むコゥーナンダン族のようである。

 コゥーナンダン族は体格や顔付きなどに性別の差はなく、たてがみが顎の下の方に長く伸びるのが男、両耳の下の方に長く伸びるのが女だ。この店員は男らしく、顎の下のたてがみは配膳の邪魔にならないよう、きっちりと三つ編みにしてその先端を胸ポケットの中に入れている。


 『トットッコ=ピラナ』というネームプレートを付けた店員は、トレイをテーブルの上に置き、トングを使って壺の中から赤黒い溶岩の塊を取り出すと、それをゆっくりとテーブルの中の穴に入れ、再び網を乗せた。


「ここに鍋を乗せますからねェー。良いですかァー? 鍋が噴きこぼれるまで我慢ですよォー?」

「成る程、ここで調理するわけだ」

「えぇ~? すぐ食べられないの~?」

「そうですよォー。でも、ご安心くださいねェー、待った分だけ、鍋は美味しくなるのですからねェー」

「うぅ……。そう言われると、待たざるを得ないわね……」


 そんなわけで。

 よだれをだらだら垂らしながら(垂らしていたのは主にお嬢だが)鍋が噴きこぼれるその時をいまかいまかと待つ。

 

 がぽ、という音と共に、鍋の蓋が持ち上がって汁が溢れ出し、その雫が、じゅ、と網の上に着地を決めた瞬間、お嬢は嬉々として姿勢を正した。はいはい、開けるのは俺ね。わかってますって。


 蓋を開けると、ほわぁ、と視界が真っ白になった。鍋はぐらぐらと煮えている。


 そのままお玉と箸を突っ込もうとしたところで、トットッコのストップがかかった。


「さすがにそのまま食べたら、口の中が大火傷しますんでねェー」


 そう言って、取り箸と取り皿を差し出す。


 成る程、確かに。


 そう納得した俺達は、それでも口の中をさんざんに焼きながら鍋を食べているというわけだ。


「ふわぁっ! あっつかったぁ!!!」


 鍋の具をごくんと飲み込んだお嬢は、キンキンに冷えた『トッペコッツビア』というトープ麦の発泡酒で口の中を冷ました。グラスは持つところと口を付けるところ以外が氷竜の鱗で作られていて、中には凍らせたビアの塊が氷山のように浮かんでいる。


「そんなに急いで食うからだ。ちゃんとフーフーしないと」

「そうなんだけどさぁ。目の前に美味しいものがあるとね、早く口に入れないと! って思っちゃうのよね。何ていうの……使命感?」

「使命感……? それは違うんじゃないか?」


 俺に何やら話したいことがあるらしいのだが、その『使命感』とやらが彼女をとらえて離さないらしく、視線は鍋に注がれたままだ。



 直径30cmくらいの浅めの鍋に大量の野菜を敷き詰め、その中にだし汁を半分くらいの高さまで入れる。さらに海産物や肉、キノコ、乳加工品を加え終始強火で煮込むのがこの辺りの郷土料理である『灼熱鍋』だ。

 だったら、強火なだけで言うほど『灼熱』じゃないって? まぁ、ここみたいな専門店なら溶岩の塊で煮込めるけど、一般家庭の火力じゃあなぁ。


 でも、大丈夫。そのための知恵ってのももちろんある。

 一般家庭では、軽く沸騰したら蓋を開けて、こってり系ならイゴオイウッスブタのラードの塊を、あっさり系ならキンキンアカグログロマグロの脂臓を鍋に浮かべて火をつけるのだ。どちらもかなり激しく燃える割に燃焼時間が長い。そうして鍋の外、そして中から煮込むというわけだ。

 鍋を包み込むように真っ赤に燃え上がる炎と、鍋の中でめらめらと燃える小さな炎。ラードや脂臓をあえて小さくちぎり、鍋の中に模様のように配置する家庭もあるようで、そうすると、見栄えも良いのだとか。


 今回俺らが注文したのは、ウノロノウロ産の昆布だしを使ったシンプルな海鮮鍋、それから、お嬢がやっとカロリーを気にするようになったので(もう手遅れだと思うが)、たっぷりの野菜から出た水分でドッカコッケイを1羽丸々蒸し焼きにする蒸し料理に、最後はデザートというかなり控えめなラインナップ。

 いや、これが控えめに見えてしまうなんて、俺もちょっと麻痺しているのかもしれない。


「そういえばさ」


 お嬢がやっとその続きをまともな滑舌で話し始めたのは、2品をあっという間に平らげ、食後のデザートを残すのみ、という段である。日付はあとわずかで変わろうとしている。


「サル、ヨスルガの洞窟でさぁ、樹人だってこと秘密にしたがってたけど、あれ、何で?」

「ん? あぁ、あ――……まぁ」


 ゴロロウメ酒のトープ麦茶割を飲む。氷を多めに入れてくれるのは、やはりどれだけ気を付けても口の中を火傷するものが多いからだろう。その気遣いが有難い。


「いや、ナモ婆が『樹人』なんて言うから。他の仲間達はそうでも、俺はそんな大層な大木じゃないしさ」

「そうかしら。サルも結構立派なもんだと思うけど」

「たかだか樹齢2500年だ。まだまだだよ。それにもう引っこ抜かれたしな」


 遠くでトットッコが何やらデカいものをトレイに乗せているのが見える。おいまさか、デザートってあれじゃないだろうな。


「……ねぇ、後悔してる? 森を出たこと」


 樹人は森の中で根を張っている間は、永遠に生きることが出来る。しかし、一度そこから出てしまえば、後は緩やかに死んでいくだけだ。他の生き物のように自分自身で糧を得なければならない。

 だから、箒になるのが一番短命だ。魔女の手入れにもよるが、良いとこ350年だろうか。

 かといって、人型の樹人が長寿というわけでもない。何せ俺達は魔女に仕える身。俺はたまたまこの食道楽に目を付けられたが、そうでないものだっているわけで、飲まず食わずで働かせられ、ほんの100年でその生涯を終えたというケースもあるらしい。

 それでも――、


「後悔なんかするもんか」

「本当? 森にいればずーっと生きてられたのよ?」

「生きてるったって、ただ呼吸をして、聞きたくもない植物のおしゃべりを延々と聞かされるだけだぞ?」

「かもしれないけどさー」

「だったら俺は、自分の足で色んなところに行って、色んなものを見て、自分が聞きたいものを選んで聞きたい」

「そういうものかしら」

「俺だけじゃない。森にいる樹人は皆そう思ってる。だから俺達は魔女に声をかけられる日をずっと待ってるんだ。例え、箒になって、あと350年も生きられなくなっても」

「350年なんて……短すぎじゃない」

「でも、俺のパートナーはこの変わり者の魔女様だからな。美味いもんたらふく食って、良いとこあと800年は生きれるだろ」

「甘い。あと2000年は生きてもらうわ。私を一人にするなんて許さないんだから」

「はいはい了解。――ほら、デザート来たぞ。って、やっぱりこれかよ!」


 トットッコが「はいはいィー」と言いながら運んできたのは、遠目にもかなりデカいとわかる鍋だった。


「……なぁ、えっと、俺らが注文したのは『ヴァーツェッププディング』だったと思うんだけど」

「はい。これがその『ヴァーツェッププディング』ですねェー」

「え? あそこの写真だともっと小さくないか? ほら、あの赤い爪の女性が持ってて」


 壁に貼ってあるポスターを指差す。左端の方にサインが書かれており、俺は良く知らないが映画スターか何かなのかもしれない。


「あァー、あれは、ナラダイ族のトップ女優さんですねェー」

「何! ナラダイ族だと! あの平均身長50mの巨人じゃないか!」

「そうですそうですゥー。それでもかなり小さい方でしたけど。身長20mくらいでしたかねェー。ンもうお顔がこんっなに小さくってねェー。やっぱり女優さんは違いますよねェー」

「紛らわしいものを載せるな! あと、それは決して小さい顔じゃない!」


 トットッコは両手で大きな丸を作りニコニコ笑っているが、恐らくその円にだって彼女の顔は収まらないだろう。


「良いじゃん良いじゃん、何だっけ、? 早く食べようよ食べようよ」

「ノンノン、お客さァーん、『』ですねェー。では、ごゆっくりィー」 


 ホニャハホニャハと笑いながら、トットッコは去って行った。くそ、何か腹立つなアイツ。


「……お嬢、知ってただろ」


 テーブルの約半分を占める大きさの鍋いっぱいのプリンに、専用のお玉を、す、と入れたお嬢は、俺の顔を見てすぐに視線を逸らした。


「何のことかしら」

「このプディングがここまでデカいってことだ」

「え~? 私、知らないよぉ~?」

「嘘だね。じゃなきゃお嬢がたったの3品で満足するわけない」

「うへへ。でもさ、知らないサルが悪いのよ? 何であそこのポスターの女性が『ミス・シノガネイルラ』だって気付かないかなぁ」

「知るか、ナラダイ族の女優のことなんて」

「えぇ~? 樹人様は何でも知ってるんじゃないの~?」

「ナラダイ族には根っこなんて生えてないだろ! それにあいつらは徹底した肉食だし、基本草木の生えない岩場に住んでる。植物達は自分らの脅威にならない生き物については案外無関心なんだ!」


 そう、ナラダイ族は完全に肉類しか食わないのだ。だからまさか、乳加工品であるプディングを食べるなんて夢にも思わなかったというわけである。


「宣伝用の小道具じゃない? ほら、私達みたいにみたいな?」

「……お嬢は知ってただろ」

「え~? えへへ~」


 そんな風に笑った後で、お嬢は少しだけ視線を外し、俺でも、プディングでもない方を見て、ぽつり、と言った。


「……見たかったのになぁ」


 そう不満そうに口を尖らせながら、お玉を持ち上げる。まぁ『お玉』と呼ぶには小さいのだが、それを『スプーン』と呼ぶのにもいささか無理がある。そんなスプーン以上お玉未満の道具を使って掬い上げたプディングは、その大きさはさておいて、とりあえずは美味そうだ。


「見たかった? 何を?」


 言いかけたのはお嬢の癖に、もう気持ちは完全にプディングの方に行ってしまっている。恐らくこの続きが語られるのは、少なくとも、プディングを半分ほど胃袋に収めた後だろう。


 この大きさを食べるとなると、問題になってくるのは『飽きる』ことだ。しかし、そこはさすが専門店、俺らが食べ始めたのを見計らって、トットッコは4つのソースを持ってきてくれた。


 ウルベラスタ高原の朝焼け色ソースはシンシアベリーとツンガツンハーブで、ピリリと辛酸っぱく。

 3つの海流が混ざった海の色ソースはトポコルグレープをひたすら煮詰めたもので、甘さの中のほろ苦さを楽しむ大人の味。

 おおっとこちらはポッポッポタンポッポの花畑をそのまま切り取ったようなまばゆい黄金色ソース。味はというと、ポッポッポタンポッポ蜜100%使用で優しい酸味と柔らかな甘み。

 それから、ヨハンナサクラの若芽を使った薄緑色ソースは、向こうの景色が見えるほどに透き通っていて、鼻を近付けてみれば、スースーとした清涼感で脳がキリッと冷える。これをもっと煮詰めて濃くすれば、飲んでよし、塗ってよしの強力眠気覚ましになるのだ。




「ふぅ~、うふふぅ~。私、満足~」

「お嬢が満足なら、俺も満足だ」


 4種のソースが効いたのか、プディングはあっという間にお嬢の腹へと吸い込まれていった。いや、もちろん俺も食ったけど。


 今日も今日で食い過ぎの感は否めない。

 でもまぁ、お嬢が満足ならそれで良いか。

 その満点の笑顔を見れば、さっきの続きなんてどこかに飛んで行くのだ。

 そんなことを考えると自然と頬が緩んでしまう。


 そんな俺を満足げに見つめていたお嬢はずずいと身を乗り出し、「うん」と言って大きく頷いた。


「まぁ、その顔で手打ちにしてあげる」

「――は? 何のことだ?」


 そこではたと気付く。

 もしかしてこれがさっきの続きなのかもしれない、と。

 お嬢はやっぱり、俺が初めての浮島で驚いたり慌てたりする顔を見たかったのだろう。

 それに気付いた俺は、少しくらい見せてやれば良かったと後悔した。




【夕食:灼熱鍋専門店ヤァ=ケドゥットィ】

 海鮮鍋(ウノロノウロ昆布だし)

 ドッカコッケイの蒸し焼き

 ヴァーツェッププディング(ヤァ=ケドゥットィ特製4種のオリジナルソース)

 トッペコッツビア(週末限定氷竜鱗グラス)

 ゴロロウメ酒のトープ麦茶割

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る