昼食 at ドッコス=ナモ婆の総菜屋

「ほわぁぁあ……!!」


 カウンターの上にずらりと並んだ惣菜達を端から端までゆっくりと眺め、お嬢はそんな声を上げた。彼女の可愛らしい唇の端からよだれが垂れ落ちそうになる度、ハンカチでそれを拭ってやる。いくら何でもそれくらいは自分でやれ。


「ねえねえサルサルぅ! これ選べないよねぇ? 選べなくなーいっ?! この黄金色の煮付け美味しそう! こっちは夕焼けのようなスープパスタ! それからそれからまん丸もちもちの肉餅に、鮮やかサラダ! あぁん、デザートも充実のラインナップぅ!!!」

「ちょっと落ち着け、お嬢。他のお客さんが引いてる」


 俺も若干引いてる。


「あっはっは! 魔女子ちゃん、元気良いねぇ!」


 巨体を揺らしながら、出来立ての惣菜を運んで来たのは、この総菜屋の女主人、ドッコス=ナモさんだ。通称『ナモ婆』。婆というほどの年のようには見えないが、御年85歳である。年輪のように年を重ねた分だけ肥大していくのは、この島にのみ住むバウナムコッペン族の特徴なのだとか。


「この料理って、全部ナモ婆が作ったの?」


 かなり広いカウンターにはもうせいぜいあと2、3皿分しかスペースがない。にも拘らず、厨房ではいくつもの鍋やらオーブンやらがフル稼働している。大丈夫か?


「そうよ。バウナムコッペンの女はねぇ、これくらい出来ないと嫁の貰い手がないんだよ。――アタシ? アタシはそりゃもちろん引く手数多あまたさね」


 そんなことを言って、両手を大きく広げてこちらに見せてきた。バウナムコッペン族は手の指の数だけ伴侶を持つことが出来るらしく、彼女の計14本の指にはすべて指輪がはめられていた。


「でもねぇ、バウナムの男は皆短命なんだよ。さすがに最後の夫を看取った時はアタシも堪えたわねぇ」

「それはそれは」

「そしたらホラ、いくらこれだけ料理を作っても食べてくれる人がいないじゃない? だから惣菜屋を始めたのよ」

「正解! 大正解だよ、ナモ婆! 私、モリモリ食べちゃうから! まっかせて!」

「……ナモ婆、何品か隠してくれないか。あればあるだけ食べるんだ、この魔女は」


 それなら望むところさね、とナモ婆は笑った。



「げぇふぅ……。ちょっと休憩……」


 お嬢はまん丸に膨らんだ腹を擦りながら壁にもたれ、足を投げ出して座っている。


「あんだけ食えばそりゃそうなるだろ。休憩っつーか、もう終わりにしろよ」

「いやぁ、素晴らしい食べっぷりだねぇ。どんどん食べてくれるから、どんどん振る舞いたくなっちまうよ」

「勘弁してくれナモ婆。お嬢の腹が破裂したら大変だ。それに昼食で破産したくない」


 一応、上限だけは伝えてある。これ以上は出せない(出さない)から、と二度ほど釘を刺した。それはどちらかといえばナモ婆にというよりは、お嬢に、だったが。


「安心おし、金は最初にアナタ様が言った額以上にゃとらないよ」

「それは助かる。だからってサービスとかも止めてくれよ。本当に破裂一歩手前まで食べかねないんだ、お嬢は」


 ため息まじりにそう言うも、ナモ婆の方は信じているのかいないのか、けらけらと笑っているだけだった。


「しかし……、本当に見たことのない食材ばかりだ」


 そのどれもが半分以上減ってしまっている料理達を眺める。

 

『んじゃ今度浮島に行こう。わからないことだらけでおろおろしてるサルちゃんをからかってやるんだぁ』


 ということは、明日か、明後日かな。

 という俺の予想を遙かに超え、それはあっという間に実現した。何せその会話の2時間後にはここに向けて飛び立っていたのだから。


 ここは南南西の大洋にぽっかりと浮かぶ島、ヨスルガ島である。

 ぷかぷかと船のように浮かんでおり、その時の風の向き、波の強さによって西へ東へと移動する。とはいえもちろん、それなりの大きさの島であるため、移動距離は年間数センチ程度だが。


 この島は海の上に完全に浮かんでいるため、植物の根は樹人の森と繋がっていない。彼ら――植物の種子は、鳥や虫、あるいは風、または波によって運ばれて根付き、この島の中で独自に進化していくのである。だから、現在の彼らについては全くの無知であるわけだが、元となる植物自体は知っている。つまり、完全にわからないことだらけというわけではない。お嬢よ、樹人をなめるなよ。


「だから昔っからこの島には樹人様がよくいらっしゃるのさね」

「そうか」

「そうさ。やっぱり知らない世界を見たいんじゃないか? いや、アタシが会った樹人様はアナタ様だけだけどね。アタシのひいひい爺さんの代に1人、そのひいひい爺さんのひいひいひい爺さんの代には3人もいらしたって話だね」

「ほぉ」


 どうやらここは樹人の人気スポットらしい。

 それくらいの昔ならば、恐らくその樹人達は人の形でやって来たのだろう。主である魔女と共に。


「とりあえずその『アナタ様』ってのは止めてくれないか。俺は『様』を付けてもらえるような大木でもないからな」

「へぇ、そうなのかい。いや、しかしアレだね。言われてみるとアナタ様……いや、お兄さんは随分と若いもんねぇ」

「若いだけじゃないのよ、ナモ婆? ウチのサルちゃんってば、本当に良い男なわけよ」

「……ちょ、お嬢? あ! 飲んだな!」

 

 あんなに膨れていた腹はいつの間にかぺたんこになっており、その傍らには空っぽになった小さい酒瓶が転がっている。


「あっはっは。確かにねぇ、魔女子ちゃんが箒の代わりに色男連れてきたからびっくりしたのよ。ホラ、アタシらなんかは、魔女といえば箒だから」

「昔はこっちの方がスタンダードだったのよ。いまは断然箒派の方が多いみたいだけど」

「1人旅も良いけど、こんな色男とだったら、2人旅の方が楽しいわよねぇ」

「そうなの!」

「昔を思い出すわぁ、いや、アタシもねぇ……」


 2人はすっかり意気投合し、キャッキャと色恋話に花を咲かせている。

 

 こうなれば長いぞ。


 そう思い、代金をテーブルの上に置いて、俺だけ店を出た。


「ちょっとその辺をぶらついてくる」


 とりあえずお嬢にそう言うと、彼女は「あぁい」と気の抜けた返事をした。

 



「おじちゃん、観光の人?」


 後ろから声をかけられ、振り向く。バウナムコッペンの男の子だった。俺の腰くらいの身長で、ひょろりとしている。この細さならば、まぁ良いとこ6歳くらいだろうか。


「そうだ」

「おじちゃんの頭、オオコガネクラゲが乗っかってるみたい」

「オオコガネクラゲ?」

「これだよ」


 そう言って、手に持っている小さなバケツを差し出した。中を覗いてみれば、金塊でも入っているのかと思うほどにまばゆく光るぬめぬめとした生き物で満ちている。まぁ言われてみれば、確かに俺の髪もこんな色かもしれないが。


「これ、生きてるのか?」

「ううん。死んでる。オオコガネクラゲは死なないとこの色にならないんだ」

「へぇ。それで? どうするんだ、これは」

「ナモ婆にあげるんだよ。そしたらね、これで良いもの作ってくれるんだ」

「良いものかぁ……。どんな良いものなんだ?」


 それが食べるものだとすれば、確実にあのお嬢が食べたいと騒ぎ出すだろう。

 だとすれば、どうか、加工に数日かかるタイプでありますように。


「つるつるの麺だよ。蜜をつけて食べるんだ」

「これが麺に、ねぇ」

「甘いのが好きなら蜜だし、出汁だけでさっぱり食べる人もいるんだ。これ自体は味がないんだよ」

「成る程、つけるものによって甘味にも食事にもなるわけだ」

「そうそう。これだけならいくら食べても太らないから、よく観光客が買っていくんだ」

「太らないのか?」

「そうだよ。栄養も何もないんだ。水と一緒。でもお腹はいっぱいになるからね」

「不思議な生き物がいるんだな」

「僕らには不思議でもないけどね」


 不思議なもので、浮島というのは、回りの海洋生物の情報というのも、なかなか入ってこない。

 植物というのは案外おしゃべりなもので、それが陸であれ水中であれ、自分達に関わりのある動物についてはこちらが聞いてもいないのにぺらぺらと伝えてくるのである。

 最初は自分達の仲間が食われたとか、体内に毒を仕込んでいなかったせいでこれからも食われ続けることが確定してしまったとか、そんな恨み節だけだった。


 しかしそれが次第に、


「俺はこんな珍しいやつを知っている」

「いやいやそれくらいなら俺だって知ってる」

「ただ存在を知ってるというだけでふんぞり返るな。俺はアイツの産卵も知っているのだぞ。いいか、アイツらはな、メガネシソの枝の一番太いところでな――」


 などと如何にレアな動物の生態をより詳しく知っているか、といった知識合戦になったのである。こうなれば多少かじられたことも武勇伝の一種だ。


 こうなると俺達樹人にとっては騒音以外の何ものでもない。

 けれども、それがこと浮島付近となると、自分達がどれだけかじられようが嬲られようがまったくの知らんぷりを決め込むのだ。何なら、その浮島の存在さえも。

 ここまでくると、植物達が共謀して隠そうとしているとしか思えない。まぁ、それくらいの謎がないとこちらとしてもつまらないので、それはそれで良いのだが。


「クラゲ頭のおじちゃんはどこに行くの?」

「特に。連れのお嬢がナモ婆と盛り上がってるから、ちょっと散歩でもと思ってな」

「散歩かぁ。それならさ、あっちに面白い洞窟があるよ」

「面白い洞窟? 何がどう面白いんだ?」

「あのね、入ってすぐは真っ暗でつまらないんだけど、奥に行くと、キラキラ光るのがいっぱいあるんだ。それに、そこでしか食べれない苔とかキノコとか野菜も生えてるよ」

「ほぉ。それは面白そうだ」

「勝手に食べても怒られないから、たくさん食べると良いよ。でも、洞窟の外に出すのは駄目だよ」

「ふぅん。だったらお嬢も連れて行かないとな」


 ついついそんな言葉が漏れる。


 結局俺はお嬢と美味いものを食べたいのだった。




【昼食:ドッコス=ナモ婆の惣菜屋】

 コルニエサザエとゴランゴランエビのピラフ

 アシナガイモとモモネコンドルの煮付け

 ナンキョホッキョのソイオイエ和え

 コッパノコギリオオマグロのカルパッチョ

 ボルボネルントマトとグソグガニの冷製スープパスタ

 ファコヒエウレシのさっぱり揚げ

 ナモ婆特製ゴルドランブタの角煮入りもちもち団子

 島野菜25種のカラフルサラダ~ナモ婆手作りドレッシング・辛口~

 ふわとろゴヤゴヤベリームース

 ヨスルガブドウのなめらかプディング~チョコランショコラソースがけ~

 ふくふくほっぺ饅頭(銀糸餡子・絹糸水飴)

 

 

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