2日目 メジアナ高原から浮島を経て南の国へ

大食い魔女、間食が当たり前になる!

朝食 at メジアナ高原キャンプ場

「沁みるなぁ……」


 ずずず、と湯気の上がる茶を啜る。

 眼前に広がるのはオレンジと紺色に分断された2色の空と、なだらかな深緑色の丘陵である。


「……うぇぇ、サル、早ぃ~……」


 寝ぼけ眼のお嬢がテントの入り口からひょこりと顔だけを出した。


「お嬢はまだ寝てれば良いだろ。俺はこの時間が一番好きなんだ」


 自然が好きなのは、俺が樹人みきじんだからというわけではない。仲間の中にも森に捨てられる鉄屑に異様な執着を見せるヤツもいたし、特定の沼の水しか飲めないとかでいつまでもその死んだ水ばかり啜っていたヤツもいる。趣味嗜好なんて木々の数だけある。十人十色なんて人間だけの言葉じゃない。


 夜を追い出すように朝のオレンジ色が紺色の空を持ち上げ、徐々にその領土を拡大していく。そんな中でも地上の緑は我関せずとばかりに涼しい顔で傍観している。夜と朝、どちらの恩恵も受けているにも関わらず、だ。


 その光景を、淹れ立ての茶を飲みながら見るのが、俺は好きなのだ。


「私にもお茶ちょうだいな」


 珍しく、お嬢も見学することにしたらしい。モビラコビラガの絹糸で編んだブランケットにくるまれた状態で俺の隣にすとんと座った。その姿はまんまモビラコビラガのサナギである。


「熱いぞ」

「……ウス」


 茶を注いだマグカップを渡すと、立ち上る湯気を鼻から吸い込み、ふはぁ、と息を吐いた。


「うん、やっぱり起きたら鼻の中を湿らせないと」


 お嬢はどんなに暑い日でも目覚めの一杯はホットドリンクと決めている。そして必ず湯気を鼻で吸い込み、鼻腔内を湿らせるのだ。それにどんな意味があるのか、俺にはわからない。


 鼻の中が満足のいく湿り気になったところでお嬢はやっとカップに口をつけた。その中身は、昨日、ここに来る前に立ち寄った夜店で買ったもので『ダンダン=ズランバ=ナッサール茶』といい、地元民は『ダン茶』と呼ぶ。

 ちなみに『ダンダン=ズランバ=ナッサール』は、『ダンダン=素敵なお兄さん』、『ズランバ=老いた馬』、『ナッサール=新しい牝馬』という古メジアナ族の言葉で、つまり、


『ヘイ、そこのイカした兄ちゃん、そんなくたびれた馬に乗ってないで、ウチで新しい牝馬を買っていかないかい?』


 という意味らしい。なので『ダン茶』とは、さしずめ、『兄茶』とでもいったところか。


 何でこんな名前を付けられたのかと疑問なのだが、店主に尋ねたところによると、どうやら、その新しい牝馬の購入手続き中に出されたのが始まりらしい。

 茶葉自体はそう珍しい品種ではないのだが、乾燥させて砕いたナッツや果実が大量に混ぜ込まれているというのが最大の特徴で、メジアナ族はこの茶から一日に必要な糖分を摂取しているのである。乾燥ナッツや果実の種類や量は店によってばらつきがあり、オリジナルブレンドを作れるところもあるのだとか。


「これ美味しい」


 ずずず、と啜った後でポツリと言う。


「お砂糖とか入れた? 結構甘いけど」

「いや? 何も入れてないぞ」


 お嬢は「本当~?」と疑いつつ、茶袋の中を覗いている。さすが魔女は見ただけでわかるのかと感心していると、「うぇー、わからん」と言って、袋を俺に寄越してきた。

 最初から俺に聞けば良いのにと思いながら、それを受けとる。


「シュブルバットンナッツ、コービガンアーモンド、ドブバナナンヤギクルミ、サナルナヤシ、メコテルメウリ、コンヒネヒルベリー……。甘味はシュブルバットンナッツだ。サナルナヤシの癖のある酸味を上手く中和させてる」

「ほぇー、サルはすごいなぁ。何でも知ってるのね」

「根を張るものならな。大地が繋がってさえいれば、根から情報はすべて樹人の森に集まる。だから逆に、浮島の植物に関しては……よくわからん」

「ほほぉ。良いこと聞いた。んじゃ今度浮島に行こう。わからないことだらけでおろおろしてるサルちゃんをからかってやるんだぁ。うひひ」

「言わなきゃ良かった」


 これはきっと近いうちに浮島観光が加わるな。まぁ、完全に何もわからないというわけではないのだが、それは黙っておこう。


「でも、良いなぁ」

「何が」

「何でも知ってるって羨ましいなぁ、って」


 一口茶を啜り、ふはぁ、と甘い息を吐く。そして俺達が座っているシートの上をぐるりと見渡した。まるで何かを探しているかのような。

 まぁ、お嬢が探すものなんて一つしかないわけだが。


「お嬢が探してるものはこれだろ」


 革袋を持ち上げながら言う。中に入っているのは朝食の材料――といっても大したものは作れないが――だ。


「うひひ。わかった? あー、お腹空いた、私」

「いま準備するから待ってろ」


 俺は革袋からパンと葉野菜、それから果実と大小様々の瓶を取り出した。それを折り畳み式のテーブルの上に一つ一つ並べていく。お嬢は期待に満ちた目でそれをじっと見つめている。


「……根を張るものは大体何でも知ってるけどさ」

「んー?」


 薄めにスライスしてもらったアリュフネコレーズンのパンにハルスベリバターをたっぷりと塗る。かなり硬いが、軽くあぶるととろりと滑らかになって塗りやすくなるのだ。


「でも、それはただただ勝手に流れ込んでくるだけなんだ。こっちが知りたい知りたくないに関わらず」

「ほぉ」


 バターを塗ったパンに昨日買ったナヤマホユカハチノコのジャムをこれまたたっぷりと乗せる。

 その上にモンキチレタス、ブーコストマト、ハバナナバナハーブ、最後にもう一枚パンを乗せてサンドイッチにする。その上に読みかけの本を置いてしばし放置。


「お嬢だったら嫌じゃないか? 例えば、聞きたくない音楽が絶えず聞こえてくるとしたら」

「それは確かに嫌かも」


 スープは先に作ってある。

 ノテホメヌエビーンズをマンマカンカンウシのミルクで煮て、味付けはシンプルにハンブラエビの粉末と塩コショウだ。


「そのくせ、こっちが知りたい情報は何一つ入ってこない」

「知りたい情報? サルが? それとも樹人が?」


 そろそろ良い頃かとサンドイッチの上に乗せていた本をどけ、慎重にナイフを入れる。

 バターとジャムの黄色にレタスの紫、トマトの赤、ハーブの水色が美しい。


「たぶん、俺だけじゃなくて樹人皆が知りたいことだと思う。つまり――」


 温め直したスープを盛り、サンドイッチを皿に乗せて、お嬢の前に置くと、彼女は「わぁい」と言った後で手を合わせ、「いただきます」と同時にサンドイッチにかぶりついた。


「自分を引っこ抜いて、この森から連れ去ってくれる魔女がいつやって来るのか、っていう」

「ふぅん」


 もぐもぐと咀嚼しながら、お嬢は首を傾げた。感想は何もないのだろうか。珍しい。あのお嬢が黙って飯を食うなんて。


「……ううん、成る程。確かに何でもだけじゃ駄目ってことが、よーくわかった」

「――は? 何だ?」


「あんね、サルちゃん、料理へったくそね」

「嘘だろ」

「味がバラバラすぎるのよね。甘酸っぱいのと苦いのと酸っぱ辛いのと、ベタ甘いのが同時に襲ってくる。口の中で味同士が抗争してる。しかも皆相討ちね。同時に襲ってきて、同時に死ぬの」

「そんな馬鹿な!」

「食べてみなよぉ、ほんとだから」


 そんなことを言いながら差し出されたサンドイッチ(お嬢の歯型付き)を受け取る。


 どこからどう見たって美味そうじゃないか。

 味だって、一種類だけより色々あった方が楽しめるだろう。


 お嬢に疑いの目線を向けつつ、サンドイッチを一口かじる。もちろん、お嬢が口を付けたところは避けて、だ。


「――ん?」

「んふ」


 お嬢がにんまりと悪い笑みを浮かべてこちらを見つめている。


「ううん。うーん」

「んふふ。でしょ?」

「まぁ、ちょっと想定外の感はあるかな」

「ふっふふー! だよねだよねー!」


 くそ、お嬢め……。ここぞとばかりに楽しそうな顔しやがって……。


「でも、だぁーいじょうぶよ。サル、そのトランツェドシトラスの皮、もらって良い? それからスープで使ったマンマカンカウシのミルク」

「……? 良いけど。どうするんだ?」

「はっはー、とくとご覧あれ。トランツェドシトラスの皮をすりおろして、コップ一杯のマンマカンカウシのミルクに入れまーす。よーく混ぜ混ぜ、よーく混ぜ混ぜ。すると、あーら不思議、目にも鮮やかな黄緑色のとろーりソースの出来上がり!」

「ほぉ。ミルクと混ぜただけでこんなにとろみがつくのか?」

「いんや。それはこの組み合わせだからよね。トランツェドシトラスの皮に含まれているプンペクチンがマンマカンカウシ特有のスゲカルシウムに反応して固まるの」

「お嬢、詳しいな」

「ふっふふー! 魔女をなめたらアカンのよ」


 お嬢は得意気に胸を張ってから、2種類の歯型が並んでいるサンドイッチにたらりとそのソースをかけた。そして、ナイフで半分に切る。それぞれの歯型付きの小さな三角形が2つになった。


「食べてみて」


 それに大人しく従う。

 黄色、紫、赤、水色だったサンドイッチに、黄緑が加わった。かぶりつく瞬間にふわりと鼻腔をくすぐったのはトランツェドシトラスである。ミルクでだいぶ緩和されているのだろうが、こいつはもともとかなり酸味がキツいのだ。その上、皮は苦味もある。


 こんなソースをかけたら悪化するだけじゃないのか。


 そう思っていたのだが。


「――――!!?? う、美味い!!?」


 それぞれの味は損なわれていないのに、なぜかしっかりとまとまっているのである。さっきまで己が己がと主張していた味達が、お互いを尊重し、お先にどうぞと譲り合っている。譲られた側も決して強く出たりせず、次の味へと控えめにそのバトンを渡しているのだった。何だよお前達、やれば出来るんじゃないか。


「何で!?? 何で美味いんだ、これ?!」


 クエスチョンマークにまみれながらサンドイッチを咀嚼する俺を満足そうに見つめつつ、お嬢もまた頬をパンパンにしながらもぐもぐと食べている。


「あ、ほんとだ。美味しい! うっはぁ、大成功~! にゃはは~、良かった良かったぁ」

「良かった、って。お嬢、もしかして、これ適当に作ったのか?」

「そうだよ~」

「そうだよ~って、マジか!」

「ぐふ。私ったら料理の才能ある感じ」

「くっそ……!」


 知識だけでは越えられない壁がある。特にこの食い道楽の魔女に関しては。

 それを思い知った朝だった。



【朝食:メジアナ高原キャンプ場】

 アリュフネコレーズンパンのHLTHハチノコ・レタス・トマト・ハーブサンドwithシトラスミルクソース

 ノテホメヌエビーンズのマンマカンカンウシミルクスープ

 ダンダン=ズランバ=ナッサール茶


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