夕食 at ビストロトッヘルラン
「あ! 魔女だ、魔女だ!」
「人型の
「吉兆のサインだわ。縁起が良いわね」
俺がお嬢を抱えて空を飛ぶと、地上から聞こえてくるのはまぁだいたいこんな会話だ。大人も子どもも皆一様に俺達を指差し、キャッキャと騒ぎ出す。
最近の若いやつらは『魔女=箒で空を飛ぶもの』と思っているから、俺がレアキャラ扱いになるのはまぁ仕方がないのだが。
さて、前の食事からそう間をあけずにもう夕食である。
地上の人々の注目を集めながら移動した先は、シュテンフタムから20kmほど離れた小さな島、トッヘルラン島だ。この『トッヘルラン』というのは、シュテンフタムの古語の『トーヘッルラ=年の離れた妹』という言葉からきており、500年ほど前の大地震により突如出現した若い島である。
ここに住んでいるのは、大昔、犯した罪によってに流されてきた罪人の子孫達で、いまはもう流刑の地としては使用されていないものの、ベースがベースなものだから、新規移住者も大抵訳ありのやつらばかりだ。
お嬢は何でまたここを指定したのだろう、と首を傾げたが、どうやらここには『ある王朝の元宮廷料理人』が開いているビストロがあるらしい。
何でも、かなりの偏食家だった当時の王を気遣って、苦手な食材を彼に気付かれないように調理して出していたのがバレ、ここに流されて来たのだとか。
彼の作る絶品料理を目当てにこの島を訪れる者は多い。さぞかしトラブルに見回れているのだろうと思うのだが、これが案外そうでもないらしい。不思議なものだ。
「おやおや、樹人を連れた魔女っ子が来たぞ」
島に降り立つやいなや、腰の曲がった老人が声をかけてきた。
「こんばんは、おじいさん。私達、ビストロに行きたいんだけど」
「ふむ。ビストロ、ねぇ。あいにく今日は予約がいっぱいでねぇ」
「えぇ~、そんなぁ」
「お嬢、仕方ない。予約してない俺らが悪いんだ。また日を改めて――」
俺がお嬢の背中に触れ、そう言った時だった。その老人が、ごぉっほ、とわざとらしい咳をした。
「しかし、まぁ、ちぃとばかしチップをもらえりゃ席を都合せんこともない、が」
成る程。
このジジイ――いや、ジジイのように見えるが、こいつはルーボッケルン族の小僧だ。こいつらはしわしわの老人の姿で産まれ、年を取るにつれて若返っていく。年の頃は恐らく10歳かそこらだろう。こんなに若いのにこうして金を稼がなくてはならないとは、ここの生活というのはやはり楽ではないようだ。
「チップかぁ……。ねぇ、サルメロ……?」
そんな甘えた声を出すんじゃない。
確かに俺は『
お嬢にもその辺はきっちり言い聞かせてきたから、これまでのおねだりもまだ常識の範囲内だった。今回はそれを少々……はみ出るかもしれないけど。
「食べたいなぁ、離島のビストロ……」
「肉はホロホロ……」
「ほっ、ホロホロ……?!」
「舌の上でとろけちまうんだ。それに魚介も新鮮でプリプリ。口の中で踊り出すぜぇ?」
「ぷっ、プリプリ!!」
「確か今日はスペシャルなスープの日だったなぁ。この島でしか採れない果実を使ったとびきりフルーティーなスープさ」
「ふふふフルーティー!!!!」
「島野菜のサラダはもちろんシャキシャキ。だが、それだけじゃないんだぜ、お嬢さん。シャキシャキの中にサクサクとホクホク、そしてパリパリにカリカリ……」
「シャキシャキにサクサクホクホクパリパリカリカリ!!!!」
「デザートはなんだったかな。――あぁ、そうそう、アイスケーキだったな。ミルクは島の牛から絞った新鮮なもの、卵だって産み立てさ。それにハーブと果実をふんだんに混ぜ込むんだ。濃厚なのにさっぱり。天にも上る後引く美味さと評判なんだこれが」
「上りたい!!! ねぇ~え、サルぅ~?」
「早く決めてくれねぇかな。さすがにあまり時間がない。別に俺はどっちでも良いんだ。さっさと次の客を見つけるだけだからな」
「えぇっ!! そんなぁ! ちょっ、ちょっと、サルメロ! お願い!!! 一生の! いーっしょうの、お願いっ!!」
あぁもうだから、そんな目で見るなよ。俺は結構それに弱いんだよ。
「食べたい食べたい食べたいよぉ~!」
ちょ、腕をつかむな!
「仕方ないなぁ、特別だぞ」
「うわぁい! ありがとう、サルメロ! 大好き!」
畜生、俺だって大好きだ。
ルーボッケルンの小僧に金を握らせると、そいつはしわしわの顔をさらにくしゃくしゃにして笑い、「さぁさぁお客様をご案内~」と歩き出した。
案内されたのは海沿いにある――まぁ小さな島だからだいたいが海沿いにあるんたが――小さな店だった。入れるのは5組までで、そのうちの4席が要予約、そして残る1席があの小僧との交渉によって埋まる。先程のチップがこの『交渉席』の席料というわけだ。料理そのものの代金は変わらないらしい。
そんな説明を受けながら席に着く。
まぁお世辞にもきれいな店とは言いがたい。それでも、客の9割は観光客なので、この島の建物にしてはまだ手入れが行き届いている方なのだろう。
お嬢は、
「うぅん、こいつはフルーティー!」
スープをあっという間に飲み干し、
「ほんとだ! パリシャキのサクカリ、それでいてホクホク~!!」
満面の笑みでサラダを咀嚼し、
「おっ、踊ってる! 何かよくわからない海の仲間達が口の中でおっどる踊るぅ~!!」
頬いっぱいに魚介を詰め込んで、
「おうふ、これぞホロホロぉ~……」
頬が落ちないようにと両手でそれを押さえ。
「あぁ、天国への階段が見えたわ……」
最後にうっとりと目を閉じて料理を食べ尽くした。
「優に3人前はあったはずだけどな」
俺はまんまるに膨れた腹をさすりながら食後の茶を啜った。
確かにこれはチップを少々握らせてでも食べたい味だと言わざるを得ない。
「あぁもう幸せ、私」
「お嬢が幸せなら俺も嬉しい」
「ね、お酒も飲んで良い?」
「どうぞ。こうなりゃとことんだ」
「やった! お兄さん、この『ドレソンバナールのソーダ割』と……サルも飲も? ね? サルはお茶割の方が好きよね? じゃ、それのお茶割」
「かしこまりました」
ドレソンバナールというのはもったりとした食感の甘い果実で、ここでしか採れない。丁寧に裏ごししてから樽の中で発酵させると、かなり度数の高い酒になるので、割って飲むのだ。
「明日はどこに行こうか」
「うふふ、もう決めてあるんだ」
「いつの間に。どこだ?」
「あのね、うんと南に行こうと思うの。鍋料理が有名な町があるみたいでね。熱々をフーフーしながら食べるんだって!」
「興味深いな、そいつは」
琥珀色の瞳をキラキラさせて、まだ見ぬ鍋料理に思いを馳せるその愛らしい顔をじっと見つめる。
「なぁ、お嬢」
「なぁに?」
酒を飲んだお嬢の頬はほんの少し赤くなっている。もう少しでピアスの花の色と同じになるだろう。
「どうして俺を選んだんだ?」
「どうして、って?」
「ずっと聞いてみたかったんだ。ロッカクラッスラの樹人なら、俺以外にもたくさんいただろ」
ある程度育つと無限に金を産み出すことが出来るようになるロッカクラッスラの樹人は、当然のように人気が高い。だが、能力がそっちに偏っているため、使える魔法に限度がある。俺なんかは空を飛ぶことと、ごく簡単な魔法しかお嬢に与えられない。
同じロッカクラッスラでももう少し樹齢を重ねた樹人ならば、多少ハードな冒険にだって行けるくらいの魔法を扱えるようになるというのに。
魔女には俺達を選ぶ権利がある。俺達に拒否権はないが。
「なぁによサルメロ、酔ってるの? そんなに口を尖らせちゃって」
「俺じゃいざって時に頼りないだろ」
「そんなことないよ」
「俺が出せるのなんて金だけだ」
「空も飛べるじゃない」
「空が飛べて金を出せるだけじゃお嬢を守れない」
「大丈夫だってば」
お嬢はさらりとそう言ってけらけらと笑った。
大丈夫なわけないじゃないか。
この辺はまだ治安が良い方だが、明日行こうとしている南の地区にはガチで危険な地域もあったはずだ。
「もしもの時は私がサルのこと守るから」
そんな頼もしいことを言いながら、テーブルの下で俺の手をぎゅっと握る。
「惚れた男の1人や2人、らっくしょーで守れるんだから、私」
「――は? ほ? 惚れ?」
「箒を探しに行ったはずだったのに、一目惚れなんだもの、私ったら。あの森の樹人の中で、サルメロが一番素敵だったのよ。日の光に透けるハチミツ色のその髪も、新緑のようなその瞳も。サルを繋ぎとめておけるなら、私のワードローブぜーんぶニガトゲ草で染めたって良いって思っちゃったの」
「……そんなの初めて聞いた」
「初めて言ったんだもの。私も相当酔ってるのね、きっと」
「……お嬢の顔、ピアスとおんなじ色になってる」
「あはは、やっぱり? いやぁはっずかし~い。さ、飲も飲も」
ジョッキの底には、小さく切ったドレソンバナールの実が残っている。それをマドラー代わりのパフェ用スプーンで掬いとり、口へと運ぶ。しっかり酒に漬け込んであるらしく、かなり度数の高いアルコールがねっとりした甘味に包まれて喉の奥を通っていく。
「お嬢、明日も美味いものたくさん食べような」
俺がそう言うと、お嬢は半分落ちかかっていた瞼を必死に持ち上げて、
「おうよ」
とだけ言い、もう限界、とばかりにテーブルに突っ伏した。
【夕食:ビストロトッヘルラン】
ディデュランブルベリーのグレナダンスープ
5種の島野菜の贅沢サラダ
トルルガンオオエビ、ハッパーサナムール貝、ナバタクサジョオウイカのカルパッチョ
デルコンドララージビーフのステーキ
リジーパイナプルとコレナンダ草のアイスケーキ~特製ミルネージュソースをかけて~
ドレソンバナールのソーダ割とユーガンティー割
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