昼食 at メナランダ食堂

「まったく、お嬢は……」


『3時間後に広場の花時計前で待ち合わせね』


 そう言ったのはお嬢のはずだ。なのに――、


「何でいないんだ!」


 さまざまなが行き来するゴロンナバタ広場の花時計を背にして、俺は辺りをキョロキョロと見渡している。時折花の香りが鼻腔をくすぐり、何ともいえない恍惚に包まれるが、ぶんぶんと頭を振ってお嬢の姿を探す。


 身の丈は158センチ、体重は……一応秘密、ということになっている。

 髪の色は夕焼け空で染め上げたような美しい赤。その長さは尻に到達するかどうかってくらいで、一本の三つ編みにし、右肩から垂らしている。

 深緑色のロングワンピースに、桃色の花びらが揺れるピアス。首から下げているのは木彫り細工のトップが付いたペンダントだ。



 お嬢の故郷、北北西の森の魔女は、魔法の力がかなり弱い。

 それを補うのが俺達『樹人みきじん』だ。北北西の森の魔女は俺達を媒介させることによって魔力を増幅させて空を飛び、魔法を使う。

 昔は俺のように人型のままで帯同させるのが一般的だったが、最近じゃ樹人を連れて歩く魔女の数はだいぶ減った。下手に感情なんていうものがあってやいやいと口を出すのが邪魔なんだそうだ。昔はそうやって交流を図りながら己の力を研鑽していくことが重要とされてきたのだが、いまはそうでもないらしい。魔女にスカウトされた同胞達は、軒並み箒へとその姿を変えた。


 だからまぁ、お嬢というのは、若い魔女の割には考え方が少々古いのかもしれない。それかもしくは単純に変わり者か、だ。


 人型の樹人と生活を共にするに辺り、最低限の礼儀とされるのは、緑色のものを身につけることである。さらにいえば、装飾品の類も植物を加工したものが好ましい。


 お嬢は俺のために、ニガトゲ草をたくさん集めて真っ白のワンピースを深緑色に染めてくれた。最近の若い女なら、かぶれや手荒れを気にして絶対に触れたりなんかしない、あのニガトゲ草を、だ。何やらるんるんと歌いながら、しかも素手でそれをむんずと掴み、大鍋にぶちこんだのである。


 ピアスは俺が一番好きなスノウピオニーの花弁を加工したものだ。

 スノウピオニーは、昼間は白い花が咲き、月の光を浴びるとふわりと頬を染めるように桃色へと変わる珍しい花である。しかし、その色は安定しない。月が雲に隠れれば途端に元の色に戻ってしまう。

 それを素早く摘み取り、トドロハロルドカタツムリの粘液に一晩浸してから日光を当てると硬化するので、それから装飾品に加工する。桃色が一番濃く鮮やかな時を逃さずにこの作業を行うのはかなりの難易度なのだが、お嬢はそれをさらりとやってのけた。運が良かったというのもあるのだろうが、まぁ、そこそこ優秀な魔女様なのである。


 ちなみに、木彫りのペンダントトップは俺が作った。だって、俺のためにここまでしてくれたんだ、何か礼をしたいじゃないか。

 そう申し出ると、「じゃ、ペンダントトップを作ってよ」と返された。

 木を扱うことに関して、俺達樹人の右に出るものなどいない。俺は本物かと見紛うようなダイアナアザミの花をあっという間に彫り上げて、お嬢にプレゼントした。

 彼女はそれをいたく気に入り、それからずっと肌身離さず身に付けてくれている。


「――おい、あんた。樹人かい?」


 何だ何だ、今日はよく声をかけられるなぁ。

 俺に声をかけてきたのはナサラコムという種族の若い男だった。

 ナサラコム族は、嘘か真か先祖がキノコと交わったとかで、絶えず耳の後ろから胞子を放出する種族だ。

 ただもちろんそれで繁殖するだとかそういうことはなく、その胞子は数千種に上るキノコの栽培のために使われたり、採取したキノコの加工の際に使われたりする。彼らはキノコのスペシャリストなのである。


 その胞子のせいで少々粉っぽいところを除けば、これといって特徴のない種族、それがナサラコム族なのだ。


 ただただキノコと共に暮らしていければ良いという考えのため気性も穏やかで、金についても最低限の生活を維持出来れば良いらしく、基本的に欲がない。にも拘らず俺に声をかけてきたのは一体どういうつもりだろうか。


『森の外にいる樹人は珍しいから』


 お嬢の言葉を思い出す。

 確かに俺達は基本的に森の中から出ない。というか、出られない。何せ土中にしっかり根を張っているからな。北北西の森の魔女の個体数を考えれば、相棒として選ばれることだってかなりの倍率だし、さらに人の形で歩き回ってるなんて、いま現在、ひょっとしたら俺くらいしかいないんじゃないだろうか。


 いくら無欲で温厚な種族だといっても少々警戒した方が良いかもしれない。


 そう思ってぎろりと睨みつけて威嚇すると、ナサラコムの若い男はびくりと身体を震わせて顔の前で両手をぶんぶんと振った。それに合わせて大量の胞子が放出される。


「ち、違うよ。別にあんたをどうこうしようなんて思っていないよ!」

「違うのか?」

「違う違う! アタシはただ、あんたの御主人から伝言を頼まれただけなんだ。ほら、これ」


 男は胞子まみれの外套を軽く払ってから、そのポケットの中に入っていた手紙を取り出した。一応配慮してくれたのだろうが、その手紙が俺のもとに到達する頃には新しい胞子がふわりとかかってしまっていた。それを払うのはさすがに失礼かもしれないと思いながらそれを受け取る。


 二つ折りのその手紙を開くと、そこにあったのは、よく見慣れたかなり癖の強いお嬢の字である。


『お腹空いちゃったから、先にランチ行ってるね。場所は花時計の斜向かいにある【メナランダ食堂】だよ』


「くっそ、お嬢め……」

「大変だね、あんたも。魔女は気まぐれだから」

「まぁ慣れっこだから良いけどさ。疑って悪かったな」

「いや、良いんだ。2本の足で歩いてる樹人は珍しいからね、気を付けないと」


 ナサラコムの男はそう言って、胞子を撒き散らしながらアハハと笑う。屈託のないその笑みに、何だかこっちまで穏やかな気持ちになってしまう。そのせいか、ふと彼の荷物が気になった。背中をすっぽりと隠してしまうほどの大きさの籠の中に、瓶詰やら茎で編んだ小箱やらがぎっしりと詰められているのである。


「売りに行くのか?」

「そうだよ」

「珍しいな。ナサラコムにしちゃあかなりの量だ」

「実は子どもが産まれてね。それも、三つ子なんだ。さすがに物入りでさ」

「3人も一気に産まれりゃそうなるな。――よし、俺も何か買おう」

「良いのかい。何か悪いなぁ」

「さっき脅かしちゃったからな。そうだなぁ、調理不要ですぐに食えるものが良いな。旅行中だから、どっしり腰を据えて調理が出来ない。小腹が空いた時にこう、つまめるような」

「成る程。そういうことなら、これなんかどうかな。ルルバナラキノコの佃煮。炊き立てのライスに乗っけても美味しいけど、これだけでも食べられる。お酒にも合うよ。それと……こっちは燻製。ドクフエフキキノコ。ナサラコムの胞子をまぶしてニョルンダイモスのチップで燻すと毒がきれいに抜けるんだ。見た目は生のとほとんど変わらないから、落としたのを拾って食べたりしないで。たまにそれでうっかり生の方を拾って食べちゃって死ぬ人がいるんだよ」

「ははは。そいつはとんだうっかりさんだな。大丈夫。俺とお嬢はある程度の毒には耐性があるから。そんじゃその佃煮と燻製をもらおうかな」

「どうもありがとう。御主人様によろしくね」


 胞子が派手に飛び散らないようにと控えめに手を振るナサラコムの男に手を振り返し、俺はお嬢の待つ(果たして本当に待っているのだろうか)食堂へと急いだ。



「サルメロ、おそーい」


 窓側の席にいたお嬢は、注文したもののほとんどをその腹の中へと収めてしまってた。


「遅いじゃないよ。勝手に場所変えるなって。たまたまナサラコムみたいな温厚で善良な種族がいたから良いようなものの」

「ごめんごめん」

「俺が攫われたら困るのはお嬢だぞ」

「ごめんって」

「俺がいなきゃ空も飛べないし」

「あ~もぉ~」

「金だって持ってないんだから」

「うひゃひゃ。そうだった。ごめん。本当に、ごめんなさい。だって、すっごぉく美味しそうな匂いがしたからさぁ」


 ちっとも反省していないような顔でお品書きをとんとんと指で差す。


「確かに。美味そうだな。……写真だけだけど。ていうか、記録だって俺がするんだし、料理の原型残しておけよなぁ」

「あははー。待てなかったー」

「……まったく」



【昼食:メナランダ食堂】

 メリルキノコとトンガトンガトマトのクリームパスタ

 セブンカラーチキンのチョコリーサラダ(ハーバルバラランドレッシング)

 フフラフルウベリーのババロア~ドレアンナナッツのハーモニー

 モルガシュニックティーソーダ


【手土産:ルルバナラキノコの佃煮とドクフエフキキノコの燻製】



 

 

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